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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
18/23

イン・ワンダーランド17

「な、んですか。それは……?!」

 アレスは心からの驚愕を込めてそれを見た。斬り込んだ筈の聖剣がそれの表皮で止まっている。

 淡い光に吉原庸介が包まれた直後に出現した存在。

 それは無骨な金属質の外殻に包まれた人型の何かだ。

 人型は鉛色のインナーを纏い、灰色のプロテクターで身体の各所を武装、防護していた。またプロテクターはまるで爬虫類のような、生物的な雰囲気を宿しており、棘のような突起物も所々生えている。そして最も特徴的なのは頭をすっぽりと覆う竜頭のヘルメットだ。

(これは、吉原庸介が連れていた精霊に似ている。まるで融合でもしたって言うんですか?)

 しかしあの幼竜とは違い、眼前の相手は竜種特有の心を挫く威圧を発していた。まるで成体の竜と遜色のない強力な怖気。

 幸い、アレスは故国にて竜退治に挑戦したこともある猛者でもあった。故に、この未知にすら毅然と立ち向かえる胆力を持っていたが。

(しかし、わからないぞ。なんでこんなことが……)

 こいつは吉原庸介だ。あの炭鉱夫に間違いない。だが、と唸る。なんだこの変化は。

「くッ……」

 アレスは手に持つ聖剣に全力を込めた、無骨な外殻プロテクターに覆われた拳によって受け止められた聖剣はぴくりとも前へ進まない。

 確かに聖銀ホーリーメタルには精霊銀ミスリル黄金銅オリハルコンほどの強度はない。しかし己の聖剣には歴史がある。宿るのは故国を守る為に数多の敵を屠ってきたことによって生まれた悪滅の概念だ。それに、斬鉄の心得を持つ剣聖である鴻ノ巣ほどの技量はないが、自分だって数多の敵を討ち滅ぼしてきた聖騎士だった。

 それが通じていない。先ほどと立場が逆転していた。

「だけど、それがなんだって、言うんですか!!」

 ぶしゅるるるるる、とアレスの聖剣を受け止めた存在の全身から呼気が漏れる。プロテクターの隙間から湯気のようにそれの持つ熱量が溢れる。

 がしゃり、と竜頭の顎が開いた。中から覗くのは生身の肉体だ。

「アレス、俺はお前を打倒するぞッッッ!! うぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 拳に力を込め、聖剣を押し返した庸介が吠えた。アレスに向かって、天に向かって、己の存在を誇示するかのように吠え猛った。

「は、はは、ははは。いいですね! こんな、奇跡みたいな展開認めてたまりますか! 炭鉱夫、お前だけ都合の良い夢想など浸らせない!! 全身全霊を込めて踏みにじってやる! お前はここで惨めに心を折られろぉおおおおお!!」

 そうして、絶望した聖騎士(アレス)何も出来ていない男(吉原庸介)は激突する。



 それを見ていた二人がいる。まるで災害のような暴れぶりを見せる血獣《いたずら子猫》を秘宝《天眼》によって封じるミヤマと、前衛を盾や鎧で武装した他の探索者に任せ、抜刀突撃する機を見ていた鴻ノ巣だ。

「なん、だ。ありゃ……。あれが吉原か?」

「わか、りません。何が起こってあんなことに……」

 種としての存在が違うと言っても良いほどの変化に目を剥く鴻ノ巣とミヤマだったが、前に出ていた戦友の悲鳴に我に返る。

「わからねぇことを気にしてもしょうがねぇ。俺達がやんなきゃなんねぇのはこの化け物をぶっ殺すことだ。いいな、ミヤマ!」

 鴻ノ巣は叫ぶと血獣の前足の一振りで前衛集団が瓦解しかけたところに突き進む。その後ろ姿を見ながらミヤマは頷いた。

 その視線は一度だけ背後の庸介に向けられるものの、喉に引っかかったような、どうしようもなく気にかかる感覚だけをミヤマに残すだけだ。答えは得られず彼女は前へと向き直る。

 どちらにせよ、こちらも死闘だ。あちらに回す戦力はない。今のミヤマにはアレスを信じることしかできない。



(力が漲る。俺は、やっと力を手に入れた!)

 総身に漲るのは事を為すための力だ。敵を倒すための力。己の誇りを守る為の力。願いを叶えるための力。

 そして、受け止めた聖剣を拳で弾き返した俺はアレスを睨み付ける。

 目の前のむかつく少年をぶん殴る力が今の俺にはある。

『って、ちょっとストップストップ! 待って待って兄さん(・・・)!』

 瞬間、脳に響いた声で全身の動きが固まった。

 あ? とどす黒い声で脳に響いた声に返答を向けた。俺の動きを咄嗟に止めたもの、それは強烈な嫌悪だ。

『よかった、呼んだら(・・・・)ちゃんと止まってくれたわねぇ。マスター、相手は歴戦の猛者よ。ちゃんと考えて突っ込まなくちゃ』

 確かに目の前の少年は俺の突撃に対し、咄嗟に剣を鞘に収め、柔術家のように俺へと構えていたが、問題はそんなことじゃない。

『お前、お前、お前! よりにもよって俺を兄さん、と、妹の声色を使って呼びやがったな……!』

『呼べば止まるってわかってたから』

 しれっと、悪びれもせずそれは言う。いや、そもそもだ。

『お前はなんなんだ?』

『レディに名前を訊ねるなら自分からってね、まー知ってるからいいのだけれどぉ。で、私は第三剣アリス、貴方マスターと契約した存在。それより』

 あ? と問えばアリスは『敵を見なくていいのぉ?』と告げた。

 きゅー! とどこか焦ったような感覚が身体を動かし、咄嗟に腕を伸ばす。

「舐められたもんですねぇッ! 力に酔って油断慢心ですか! 傲慢ここに極まれりだ!!」

 接近してきたアレスがは伸ばした腕を交い潜り、俺の懐に入る、と同時に俺の腕に向かって脚を絡め、腕を絡め、極めに来る。

「ぬ、ぬぅううううううう」

 アリスとの会話は切り上げ、アレスの体重がかかり地に落ちようとする腕に力を込め、転倒を防ぐ。ステータスアップと鉱石掘りで鍛えた筋肉に加え、この強化スーツのようなもののおかげだろうか。アレスの身体を支えても姿勢を維持することができていた。

「アレスてめぇ隙だらけだなぁ! 顔面に拳を叩き込んでやる!!」

「ちッ、筋量が以前とは比べものになりませんね。極められても折れはできない、と。なら」

 俺の拳を躱し、するりとアレスはましらのように俺の首へと回り込み、背後から両腕で首を絞めにかかる。

『ちょっとちょっとぉ、まずいんじゃないのぉ?』

『うるせぇ黙ってろ!』

 きゅーきゅーと俺たちの争いを止めるような声が出てくるものの、優先は背後に回っているアレスだ。強化スーツのパワーで姿勢を保つが、アレスの極めは完璧にすぎる。元の俺ならばこの時点で脳への血流を断たれ意識を落とされているほどだ。

 だがこれも得られた力の賜物か、未だ思考は正常に保てている。それでも首が締まっていることに変わりはなく、早々に対処しなければ俺はこの場からの退場を余儀なくさせられてしまう。

 だから、アレスの両腕にしっかりと手を添えた。

「ふ……んッッッ!!」

「ッッッ、馬鹿力、め!!」

 ミシミシとアレスの腕を鎧越しに握りつぶすつもりで全力を出す。ミスリル製の腕鎧が俺の手の形に歪んでいく。この時点で相当の苦痛がアレスの腕を襲っている筈なのに、奴の腕は緩む気配を全く見せない。むしろ圧力が増しているぐらいだ。

「いい……加減に……離れろッ!」

「嫌、ですね。そちらこそ早くおち、て下さい!!」

 苦しい呼吸のままに叫ぶものの、脳に渡る血流が減少してきたのかくらりと視界が暗転しかける。

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……」

 姿勢が維持できない、クソ、と脳内で叫ぶとせめてもの抵抗とばかりに背面から勢いをつけて床に落ちた。しかし、アレスの鎧と床がぶつかり音が鳴るだけだ。奴の力は全く緩まない。立ち上がろうとするもののその力も失いかける。

「セオリー通りの抵抗ありがとうございます! さ、そろそろ落ちてくだッ、さいッ!!」

 ぐぐぐっと首に力がかかる。目の前がちかちかと明滅し、意識に異常が現れる。

『ちょ、ちょっと、何こんな雑魚に負けてるのよぉ! 私のマスターなら圧勝してよね!!』

『う、うるせぇ……。お前に構ってる余裕はねぇんだよッッッ。クソ、クソ、クソ、また、また負けるのか? 俺は負けるのか?!』

 ため息が聞こえた。きゅー、と心配するような声が聞こえた。

『あーあーあー、もうッ、仕方ないわねぇ。もっと派手な場面で出したかったのにぃ』

 アリスは、どうしようもない、駄目な子供に告げるように俺に囁いた。『トランプソードと唱えなさい、と』

「とらんぷ、そーど……」

 締め付けられた喉から切れ切れの声で出た。

 しかし、それはトリガーとなる。脳内で札を切る音と共に空手からてだった手に質量が出現。刃持つ武器の柄の感触。

 アリスの歓喜が脳に響く。

『やりぃ、ビギナーズラックね! カードのスーツはスペード、ナンバーはファイブ! 効果は敵の身体を必ず切断! ぶったぎっちゃえ!!』

「は? 剣ってッ、ま、ず」

 脳中のアリスと、焦ったアレスの声が耳に入るが意識には残らない。俺は朦朧とする意識のままに下敷きにしているアレスの身体に剣を差し込んだ。

 するっとまるで抵抗なく肉に斬り込む感触が腕に伝わり、その感触のまま可動域を限界まで使って滅茶苦茶に腕を上下する。

 鎧を切り裂き(ガリガリ)と、皮や筋を抉り(ざぐざぐ)と、内臓を荒らし回る(ぐちゃぐちゃ)と陰惨な音が耳に届く。

「ぎゃぁああああああああああああああッッッ。うわあぁああああああああああああッッッ」

 耳元で響くのはアレスの絶叫だ。あれほどまでに強固だった腕の力が緩むと同時に新鮮な空気を肺に取り込む。

「よくもやってくれやがったな!」

 俺は立ち上がり、首を絞められていた怒りのままにのたうち回るアレスを蹴りつけて黙らせ、腕を掴み持ち上げる。

 宙づりになったアレスを眺めれば、腹の横から入った剣によってめちゃくちゃに切れ目の入った鎧。そしてそこから滲み出る大量の血液。その上、俺が手を離したためにトランプソードは腹に入ったままだった。

 だが、そんなことは関係がない。こいつは俺を殺そうとしていた。だったら、やってもいいわけだ。

 因果は巡る。応報される。

 怒りに半ば染まった思考で掴んでいたアレスを空中高くに放り、拳を握る。

「炭鉱夫ッ、貴様ぁあああああああああああああ!!」

「うるせぇ! このクソガキがぁあああ!!」

 血を撒き散らし、顔面を憎悪に染めたアレスだが、その身体は空中で力なく腕や脚をばたつかせるだけでろくな抵抗もできていなかった。

 そうして落ちてきたアレスの顔面に向けて、俺は全力の拳を叩き込む。

 ぺきぼきごきばきと骨や肉の砕ける爽快な感触。血反吐を撒き散らすアレスがゴムボールのようにバウンドし、長椅子を粉砕しながら、放物線を描き、壁へとぶつかる。

「はは、ははっはははははッ。ざまぁみろ!!」

『典型的よね、マスターって。完全に力に酔ってるわ』

『お前は黙ってろ』

 首を絞められた影響か、くらりと目眩がするものの、今度は油断をせずに倒れたアレスを注視する。

 暫く待つも奴が起きてくる気配はなく。

 この反逆劇で俺はまず一勝を挙げるのだった。



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