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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
16/23

イン・ワンダーランド15

「おーおー、派手に殺さずやってるもんだ。アレスも中々上手いな。異世界の勇者ってのも嘘じゃないのか」

「といっても世界に定められた勇者ではなく人が授ける称号での勇者でしょうけど」

 そりゃ、どういう意味だ、と決闘にもならない戯れ合いを冷たい目で眺めるアルファに問おうとした鴻ノ巣亘理は、否どうでもよいかと心中で断じた。

 誰が何にどう呼ばれていようと鴻ノ巣にとっては何の意味ももたない。今重要なのは行っている儀式を最後まで終えることだ。

「おら、お前等さっさとやっちまえ。早くエリシアにトドメさしちまえや」

 だから動きの止まっている周囲をどやしつけていく。

 鴻ノ巣の催促に慌てたように探索者たちがエリシアに駆け寄る。そうして決められた言葉を告げる。

 エリシアを裏切る言ノ葉(コトノハ)。見限る宣告。ミヤマに付くことを告げる決断。

 床に貼り付けにされたエリシアが血の涙を流す。見えない目でただただ終わりを聞かされ続ける。

 こんなことをされれば誰もが絶望に犯される。

 こんなことになれば誰でも諦めに身を侵す。

 そう確信できる状況だ。


 だが――。

 ――それでも。


「これだけやってもダメか……」

「強い意志というわけじゃなくて強い信仰、ですかねぇ」

 鴻ノ巣とミヤマが嘆息するように息を吐く。それは、面倒だな、という程度の一息だ。

 ここまで拘束している以上、9割方エリシアは詰んでいる。

 どいつもこいつも今すぐに何もかもを諦めてくれれば面倒がなくていいのにと鴻ノ巣はエリシアから視線を移し、アレスに吹き飛ばされた吉原庸介を見て思った。

 最終的にどうにもならなくなっても吉原あれの心を折り、吉原の口からエリシアに諦めたことを聞かせれば十分だろう。

 だが不安はある。こんな状態だが、エリシアが本気で抵抗する気になれば、状況は変わってしまうかもしれない。

 未だエリシアはこのギルドの支配者で、ダンジョンマスターの権能の全てを持っている。

 物理的に使えなくしたとはいえ、鴻ノ巣もミヤマも正ダンジョンマスターについては未知の部分が多かった。

 何しろ、今まで害した経験など一度もないのだから。

 不安で滲みかけた手汗を誰にもわからないように鴻ノ巣は拭った。

「とりあえず、だ。今いる人間に作業を終わらせて貰う。吉原は最後でいい。作業の終了は俺達の前提条件だ」

 エリシアから片時も注意を外してないミヤマは頷くとそういえばというように鴻ノ巣に問うた。

「私って、なんであの人(よしわらさん)にあんなに嫌われてたんですかねー。ちなみに鴻ノ巣さんって私のこと嫌いですか?」

「あ? なんで俺にそれを聞く?」

「もうッ、私の口からそれを言わせる気ですか?」

 つんつくつーん、と鎧越しに脇腹をつつかれ鴻ノ巣はいいからエリシアから注意を逸らすなというようにそれを振り払った。

「そもそも俺らに好悪の概念はねぇよ。死ねばそういう余計な感情は全部そぎ落とされるからな。死んでから叩き落とされる泥濘は人間的な感情の全てをすり潰していく。だからお前に対して何らかの感情を抱いたとしても、それが原因でどうこうってのはない。

 それに、俺はエリシアの方が好みだよ。ミヤマ、お前はなんか裏切りそうだしな」

 ひどーい! なんでそんなこと言うんですか! とミヤマは腕をぱたぱたと振った。

 相も変わらず媚びるような仕草に、そういう作為的な部分で嫌悪を抱く人間がいるんだよなぁと思ったが言わなかった。

 逆に演技していますとあからさまにしているミヤマに好意を抱いている人間がいることも確かだからだ。

「つーか俺達はそんなこたぁどうでもいいんだ。誰が好きとか誰が嫌いとかそういう大事な感情は全部捨て置ける。エリシアよりミヤマ、お前が有用って時点で俺達はエリシアにどれだけ恩義があろうが裏切れるし、陥れられる。願いっていうのはそういうもんだ。何よりも大事にしなきゃいけないもんだから、それを最優先にできる」

「うーん、やっぱりそういうのは理解できませんねー。でも好きですよ。そういう考え方」

 にっこりと微笑むミヤマの顔を見て、鴻ノ巣はこいつは何も理解できてないし、理解する気はないんだろう、と断じた。

 事実それは正解だった。ミヤマ・α・キリクテクリは探索者のことを理解しようとは思っていないし、ファーストを裏切ることに何の後ろめたさも抱いていない。

 彼女が願っていることはただ一つだった。

 それを誰かに口にしたことはないけれど、ただそれだけあればいいと思っている。

 それさえ叶えば他に何もいらないというほどの願いがある。


 しかし、それこそがまさしく探索者の――。


 ミヤマが見せたことのない、目の強さに鴻ノ巣が声を掛けようとすれば、猫のように身を翻したミヤマが、エリシアの腹に鉄杭を叩き込んでいた。

 ミヤマの両腕が支える太い鉄がエリシアの皮膚を容易く破り、その中身を蹂躙していく。

「お前! なッ、何をしてるんですか!? 鴻ノ巣さん、エリシアさんが――」

「言わなくていい。一旦()ばすぞ。ミヤマ、エリシアの蘇生を頼む」

 鴻ノ巣の全身が撓む。その視線の先にはミヤマが杭を叩き込んだために苦痛に喘ぐエリシアがいる。

 相も変わらず磔にされ、動ける筈もない状態。

 しかし、その手が動いていた。鉄釘に貫かれた手のひらにあるはずのない書物が握られている。

 ダンジョンマスターの証、《神威の書》だ。それが光を放ち、今にもページを開こうとしていた。

 腰を落とし、愛刀に手を掛けた鴻ノ巣が唇を歪める。

「開いたか、《神威の書》を……。お前が何をしようとしているかはわからねぇが」

 ざわめきの始まった教会に鍔鳴りの音が響く。その場にいる者は、ただ音を聞いただけ。

「終わっちまえ。エリシア」

 その場に鴻ノ巣の動きを目で捕らえられた者はいなかった。

 周囲に立っていた英雄達、遠巻きに様子を見ている英雄達。そして、何が起ころうと対応できるように警戒していたミヤマでさえも。

 全員がぽかんとする中、エリシアの首は根本から切断され、宙を飛んでいた。鴻ノ巣亘理の流派、神刀流が最速『虎燕こえんの太刀』による一閃だった。切断された対象すら、斬られたことに気づけない神技。

 ざわめきが収まり、誰かが息を飲む音が聞こえた。

 くるくると、放物線を描き飛ぶ首。遅れて、斬られたことを今更思い出したように残った胴体の切断面から血が勢いよく噴き出した。

「ちッ。当初の計画じゃ殺すつもりまではなかったんだがな。ミヤマ、悪いがエリシアの蘇生を……」

「そんなもの、いらないですよ」

「あ? いや、ぶっ殺しちまったわけだから生き返らせねぇと」

「見ていてください」

 エリシアだった肉の塊をミヤマが指さした。床に貼り付けにされた少女の身体、その断ち斬られた首筋から血が噴き出し続けている。それこそ噴水のごとくに。

 教会内を染め上げるように、その身体に詰まっていたとは思えないほどの量の血が吐き出され続けていた。

「……何が、起こってる?」

 異常に周囲がざわめいた。泰然とした振りをしている鴻ノ巣にすら動揺が顔に表れている。

「話しましたよね。エリシアには防衛機構が存在する、と」

 全員がただ見つめるしかない中、教会を染め上げていた血が意志を持ったように蠢いた。それは意志を持った生物が持つ、確信的な動きで一箇所に集まっていく。

 放射される殺意に全員がそれを見ているしかできない。

 集まり、巨大に膨れあがった血液はまるで繭のような球体を形作ると、内側から変異を起こしていく。

「エリシアさん、貴女、こんなものを身体に仕込んでいたんですか」

 ミヤマの額を汗が流れた。全身が緊張で強張る。死亡したエリシアの亡骸から発せられる、ただびとならば即死するほどの暴威と殺意に曝されながら、彼女は強い意志を瞳に灯した。

 100年に渉る辛酸に比べれば、この一瞬の脅威、何ほどのこともない。

 そして、ミヤマには絶対に叶えなければならない願いがある。

「鴻ノ巣さん。全員に戦闘態勢をとらせてください。」

 頷いた鴻ノ巣が全員に指示を出す前に、繭がぶち割られる。血液のシャワーを振りまきつつ、脅威がその場に着地した。

 脅威はぶるり、と体躯を振るわせると睥睨するようにして探索者達を見下ろす。

 それは獣の姿をしていた。しかし現存するあらゆる生き物と違っていた。

 巨大な牙があった。空を征く翼があった。あらゆる刃を弾く鱗があった。自在に蠢くタテガミがあった。敵を蹂躙する脚が八本あった。太く逞しい尻尾からは火を噴く蛇が生えていた。

 しかし何より巨大であった。

 10メートル近い。鉱晶蟲よりは小さいが、その全身を埋め尽くす目には知性の光が宿っている。

「ば、化け物かよ」

「おいおい、冗談じゃねーぞ」

「だが、やらねばならん!」

 ようやく絞り出したであろう誰かの呟きにミヤマが呼応する。

「管理者の持つ秘宝の一つ、《いたずら仔猫(すてきなものみんな)》。普通なら勝てない筈ですが幸いですね。エリシアの血中魔力は過去に比べれば限りなく弱まっています。本来なら出現した瞬間に全員死んでいる筈ですから」

 そう、本来ならば。本来ならば出現した瞬間に、この場の全員が獣の持つ魔眼によって即死していた。

 しかしそれは使われていない。なぜならば、この場の全員を死に至らしめるには魔力が足りないからだ。

 この獣は本来、ギルド《ゼーレ金貨》から魔力補給を受けつつ、エリシアの補助によって身体能力と特殊能力を強化して貰い、指向性を持った災害として敵対した者を即死させる狂獣。

 だが100年以上の長きに渡り、探索者達がダンジョン《ゼーレ金貨》で何も得られなかったことが獣の身体を弱めていた。

 それに、とミヤマは首を失ったエリシアを見下すようにしてそっと見遣る。

 今、獣の主人は死んでいた。獣には補助も指示も存在しない。指向性のない暴力など恐るるにたりない。

 その上で最大の勝算をミヤマは手にしていた。

 それは探索者たちだ。

 暴虐に相対しても、エリシアに反逆すると決めた時点でこの場の全員は覚悟を決めていた。だから全員武装しているし、産声を上げるように身震いした血の獣に立ち向かおうとしている。

 ミヤマは思う。

(勝てます。意志を持った英雄たちがこれだけ揃っているのなら)

 だからこそそれを伝えることに意味はあった。

「勝てるのか? 俺達は、勝てるのか、あれに」

 震えの混じった鴻ノ巣の声にミヤマは頷く。

「勝てます。私が勝たせます。エリシアに刃向かうと決めた時点でこんな事態も予想していたんですから、さぁ、皆、戦いましょう!」

 じゃらり、とミヤマが手を虚空に突き出し、どこかからか取りだした鎖を宙空に展開した。

「秘宝《天眼》。自在に動き、あらゆる暴力を拘束する神宝。エリシアさんが私に武器庫の掃除までさせてくれたおかげで持って来れた品です。これで、私が奴を抑えます」

 だから、とミヤマは腕を上げた。

「皆さん、勝ちに行きますよ! 私が! 私が貴方たちを勝たせるんですから!」

 応、と皆が勝ち鬨を上げた。獣に向かって歩むミヤマに意気軒昂の探索者集団が続いていく。

 皆が誓っていた。勝つのだ、と。


 そうして、エリシアの首がころころと転がっていき、倒れ伏した青年の傍にまで辿り着いたことなど誰も気付くことはなく。

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