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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド第0章オープニング

 ――叶えたい願いがある。


「来るぞ。全員構えろ」

 リーダー格の探索者が放った警告に、応、と思い思いの装備に身を包んだ六人の仲間たちは応えた。

 反応は即座。隊列を組み、周囲を警戒するようにして盾や武器を掲げる。


 ――叶えなければならない願いがある。


 そんな彼らの目の前に出現したのは巨大な長虫ワームだ。

 岩壁を大口で粉砕し、パーティーに迫るのは災厄。人など軽くひと吞みする巨体。

 全長20メートルを軽く超える巨大な蟲の怪物は勢いのままにダンジョンの宙を征き、探索者たちに躍りかかる。


 ――例え何を犠牲にしようとも


「構えろぉおおおお! シアン、長峰、大盾で防げぇえええええ!」

 リーダーの指示に、勇敢にも前に出た男二人は脅威を押しとどめることすらできない。

 構えた盾など無意味だと言わんばかりの大口が彼らを襲う。

 悲鳴すら上がらない。

 津波のような勢いで降ってきた蟲の顎は、立っていた地面ごと男二人を攫っていく。

 そんな、いつもの(・・・・)光景を見た探索者たちの瓦解は一瞬だった。


 ――例え何が犠牲になろうとも


「う、うわああああああああああああああ、嫌だぁああああああ」

 抵抗は数秒も持たない。そもそも抵抗ですらない。指示を出していたリーダー格は、矢鱈目鱈に暴れる蟲の身震いで壁との間に挟まれ即死する。

 恐慌を起こし、大剣を両手で握って振り下ろした女性剣士は、一撃を与えるものの、直後に蟲の反撃を喰らい、肉片をまき散らして絶命。


 ――己が正気を捧げる


「糞がぁあ! やっぱこうなるんだよ! やってられるかぁああああああ!!」

 盾を床にたたきつけて叫ぶ騎士の男。

 鶴嘴片手に凄惨な光景を見ているだけしかできない青年は、絶望の叫びをあげた騎士が自身を置いて反転、通路の奧へと駆けていくのを呆然と見送るしかなかった。

 嗚呼、とその口から絶望の混じった吐息が漏れる。

 騎士が逃げた通路の先で、岩の砕ける音と共にもう一匹の長虫が出現する。雄々しい抵抗の声と共に剣を抜く音が青年の耳に届くものの全ては無駄だった。

 長虫にとっては警戒にも値しなかったのだろう。通りがかりの駄賃と言わんばかりに男の身体が長虫の移動に巻き込まれる。

 悲鳴すら上がらなかった。新たに出現した長虫はまるでただの災害のように通り過ぎていった。

 残るのは上半身だけを削りとられるように喰われ、重力に引かれるようにして倒れる鎧に包まれた下半身。


 ――武に身を委ねる


 騎士が死んだことを見なくても理解した青年は、眼前に迫る巨大な口へと立ち向かうように鶴嘴を握る。

「糞が! 糞が! くそったれがぁあああ! な、なんだよこれは! なんなんだこれは! だけど、だけどよぉ。俺はやんなきゃいけね……えええええるるるえぇええええ?!」

 言葉は最後まで続かない。迫る口の前で青年は決意を言い切ることもできず、1秒の時も掛けずにその口の中で挽肉ミンチにされた。

 ばらばらのぐしゃぐしゃにされる。痛みとすら認識できない熱さが全身を襲う。刹那の間に味わう苦痛。未だ意識は残っている。

 次に目覚める場所を思い、彼は絶望の中で再起の感情を練った。


 ――与えられたものは不死の身体


 ここは探索者たちの墓場、《ゼーレ金貨》第一層《巨神の廃坑》。

 蟲たちの餌となった彼らは己の願いを叶える為に異世界から召喚された人間、《探索者》。

 そんな彼らに迷宮の創造主が与えたのは、迷宮を闊歩する化け物、致命を与えてくるトラップに対抗するための不死の身体。

 そして、迷宮で得られるEXP(けいけんち)を用いて己を強化する奇跡。


 ――己が肉体を改造する手段


「目が覚めましたか? 吉原庸介」

 声に鶴嘴の青年、吉原庸介は目を覚ました。


 ――そして、迷宮。


 感じるのは廃坑独特の湿り気のある空気やほこりっぽい風ではなく、清潔で優しい風と穏やかな光だ。

 目を覚ませば、死んだ仲間たちは既に復活していた。彼らは立ち上がり、倒れている庸介に向かってまたやっちまったかと苦笑を投げかけてくる。

 そんな諦めの入った瞳から視線を逸らし、自身を申し訳なさげに見下ろすそれと目を合わせた。


 ――何を捧げても願いを叶える。その誓いだけを胸に抱き


 白い少女。この迷宮《ゼーレ金貨》を管理するダンジョンマスター。

 死んだ探索者を蘇生する役割を与えられた少女。

「ああ、目ぇ冷めたよ。ありがとさん」

 そして庸介は目を閉じて、少しだけ倦怠感に身を任せた。

 脳裏に甦るのは、数日前の光景だ。


 ――今日も彼らは迷宮へと潜り続ける。


 自室に現れ、呆然とする庸介へ語りかけてきた男の言葉を思い出す。

 異世界の迷宮の創造主グランドマスターと名乗った男。

 男が用意したダンジョンを最後まで踏破すれば庸介の願いを叶えると誓った男。

 叶わない祈りを抱く庸介はその言葉を聞いたときに誓ったのだ。

 絶対に祈りを届かせるのだと、願いを叶えるのだと。


「俺は、諦めねぇ。絶対に……」


 叶えたい願いがあるのだ。だから彼らは――


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