5話 御墓参り
ショッピングから始まる一連の騒動から一週間が経過した。
俺の学校生活は、大きく変化してしまった。
まず朝。
「おいマコト。起きろ。朝ごはんができている。」
いつもギリギリまで寝ている俺を起こすのは、琴音ではなくアルトに。
「起きたか。今日のご飯はスコッチエッグだ。」
朝ごはんを作るのは母さんからローグへと。
そして、一番の変化は…
「おはよう真琴。よく寝るのはいい事だけど、ギリギリすぎやしないか?」
父さんが家にいる事だった。
「いただきます。」
手を合わせ、目の前の料理を食べながら、隣で同じくご飯を食べているアルトに確認を取る。
「アルト、さすがに学校までは来ないよな?」
「俺たちが学生に見えるか?…ローグなら入らないことはないだろうが、学校にはあのお嬢ちゃんもいるんだろ?顔が割れてる俺たちじゃ、即戦闘になる。」
それもそうか。アルトは俺の血で貴族化したとはいえ、まだ琴音の中では滅すべき吸血鬼なのだ。さすがに学校であの銃撃をされても困る。
「だから、俺たちは日中は街の吸血鬼の様子を調べてくる。死神も別の場所で情報を集めているから、お前が帰ってきたら情報交換とお前の訓練だな。」
訓練…
「メイリさんと親父は別格として、お前たちで訓練になるのか…?」
実際、聖魔の力を使うまでもなく、素の状態でさえこちらが押していた。侮るつもりはないが…
「誰も戦闘訓練なんて言ってないだろう。内容は帰ってきてからのお楽しみだ。」
そういうとアルトは笑う。吸血鬼であることを除けば、頼れる兄貴って感じだな。
「真琴、アルトとの話もいいが、出なくて大丈夫なのか?」
ローグの声に時計を見ると、全力疾走してギリギリの時間だった。
「うわ、やべぇ!!行ってきます!」
『行ってらっしゃい』
ドアを蹴り上け、吸血鬼の脚力で電柱を駆け上る。
「遅刻したら琴音に殺されるからな…ショートカット!」
電柱の一番上で学校の方向に向きを変えて、電柱を壊さない程度に跳ぶ。
ある程度近づいたら電線で速度と向きを微調整。目標は学校の体育館の屋根だ。
「セーフ…」
チャイムと同時に教室に入り、自分の席に座る。
先生は『アウトだバカ』と言いたげに睨んでいるが、その視線はスルー。
「あれ、琴音は?」
琴音の席は俺の隣なのだが、琴音の姿がない。
「三渡なら今日は休みだ。親御さんの命日だそうだ。」
先生の言葉に、忘れていたもう一つの用事を思い出す。
「ごめん先生、俺も琴音と同じ理由で休む!」
「そういうと思ってまだ出席取ってないから。早く行ってこい」
学校を飛び出し、琴音の両親のお墓のある墓地へと向かう。その最中
「あれ…完全にメイリさんだよな…」
空を飛ぶ人型の影を発見したが、とりあえず無視。
今はとにかく、琴音の元へと急がなくては。
「で、釈明は?」
目の前の小さな仁王は、腕を組んで俺を見下ろしている。
「遅刻寸前で、すっかり忘れてました…」
あれから15分ほど、目的の墓地に着いた俺は、物陰から飛来した小さな物体に吹き飛ばされ、小さな物体こと琴音に馬乗りにされ、今に至る。
「まぁ、そのまま忘れずに来ただけ良しとしましょう。さ、早く済ませるわよ」
「琴音。そう言うならどいてくれ。動けん。」
「私が重いと言いたいの?前回の死神の時といい、君は女性に対する配慮が足りてないよね?」
ばっちり根に持ってらっしゃる…
「むしろ軽いくらいだ。だけど、仰向けじゃ流石に動けんだろうが。つーか、キスのことは忘れろ。」
「キ…まぁいいや、君はそういう男だもんね。」
何か引っかかる言い方をして、俺の上から降りてくれる琴音。
さて、茶番はこれくらいにして、お墓参りを始めよう。
「お父さん、お母さん、久しぶり。私は元気だよ…」
手を合わせ、前回来た時からの報告をする琴音を見ながら、心の中で二人に話しかける。
(冬夜さん、涼音さん。お久しぶりです。琴音はあぁ言ってるけど、時折あの日を思い出して夜泣きしてます。俺と、俺の父さんの正体はまだ知らないけど、いずれは話さなくてはならないと思っています。)
琴音の両親は、二人とも有名な祓魔師で、俺と父さんの正体を知っている。祓魔師である以上、鬼を滅するのは使命であるのだが、二人はそれをせず、普通の人間として接してくれた。
だからこそ、俺は二人の仇をとり、すべての鬼を滅すると誓った。
たとえ鬼でも、死者と交信するのは不可能。
だけど、幻程度には、二人は微笑んでいたような気がする。つーか、目の前にいる…?
「え?お父さん…?」
「やぁ琴音。閻魔様の許可を取って会いに来たよ」
いやいや、フランクすぎるだろ…!
「真琴くんも久しぶりだね。相変わらず琴音に振り回されてるようで安心したよ」
「いや、そこで安心されても…というか、何でいるんです?閻魔様に許可取って来たって…二人は天国行きじゃなかったんですか?」
諸々確認したいことはあったが、隣の琴音を見てそっと口を閉じる。
「…お父さん!!!」
琴音は冬夜さんに駆け寄り、抱きつく。質量まで本当に『そこにいる』。
「どうしたんだい琴音、相変わらず甘えん坊だな」
「だって…私、わたし…!!」
子供のように泣く琴音を見つつ、先程から感じる視線をそれとなく探す。感じる視線の数は多くはないが、相当な手練れらしいな。鬼の感覚を使っても気配が読めない。
「冬夜さん。琴音を…」
「どうやら気づいたようだね、真琴くん。これは…死者の怨念かな」
冬夜さんもどうやら気づいていたらしく、その正体は死者の怨念だと推測する。
「なるほど、だから気配が読めないのか…でも、怨念は死者の世界にしか存在しないはずじゃないんですか?」
「その通り。だが、ここは墓地だ。死者の世界とこの世を繋ぐ場所、なら、何らかの方法でこちらに現れても不思議じゃない。」
だとすると…まずい。
俺たち祓魔師は鬼を討つことはできるが、実体を持たぬ霊などは祓えない。
つまり、俺たちには攻撃手段はない。
「君の力なら祓うことは可能だ。だが、それには後一つピースが足りない。この意味はわかるね?」
冬夜さんが言いたいのは、俺の鬼の力なら怨念を祓うことができるが、そのためには鬼の力を解放する必要がある。そして、そのために必要な触媒は、人か鬼の血だ。今の手持ちにはどちらもなく、あったところで琴音の前ではそれは出来ない。つまり…
「冬夜さん、琴音をお願いします。琴音、こいつらは俺が片付ける。お前はここにいろ。どちらにせよお前の武器じゃあいつらには効かない。」
「う、うん、わかった。」
いつもは意地でも付いてくる琴音だが、そこは祓魔師としての相性の問題、気合いでどうにかなるものでもない。素直に頷き、護身の結界を張る。
「来いよ幽霊ども、俺が相手だ!」
そう行って怨念たちの注意を引き、墓地の奥へと駆け出す。
「さて、この辺なら見えないかな」
しばらく走って、墓地の最奥で止まる。はっきりとは分からないがゆらぎのような気配が3つ。気配がはっきりしないのはどうにもやりにくい。
「引きつけたのはいいが、どうするか…流石に血なんて持ってないし……?」
はるか上空に気配を感じ、ゆらぎが近づいてくるのも気にせず上を見上げる。するとそこには
「メイリさん…?」
「やぁ真琴。通りがかったから寄ってみたよ」
情報収集しているはずのメイリさんが、そこにいた。