三話 黄金血液
「私の荷物持ちにしてあげる」
そんな傲慢不遜な物言いをする琴音に連れられて、俺は近くのショッピングモールへと来ていた。
「今日は何を買うんだよ」
「んー?秘密」
荷物持ちに使われ、買い物の内容は教えてもらえない。なんと理不尽なのか。
曇天の空の下、私服に着替えた(ジャージで行こうとしたら殴られた)俺と、どこかうきうきした感じの琴音はショッピングモールの中を歩く。
「見てこのマグカップ!!ペアだって!!」
「誰と使うんだよ・・・」
「え?真琴とだよ?」
「・・・じ、冗談ぬかせ」
照れてねーし。
―はずれにあるオカルトショップ―
「おい見てみろ琴音。銀弾売ってるぞ」
「今日はそういうのはいいの!!」
「えー・・・在庫処分でめっちゃ安いぜ」
「買い占めましょう」
「おいまじかよ」
「・・・ダメ、銀メッキよ」
「なんで持っただけでわかるんだ」
「比重よ。」
・・・とまぁ、挙げた以外にもたくさん回ったわけで。
そして、日が暮れて、俺は琴音が俺を連れ出したわけを理解する。
「なーるほど。こういうことかよ」
「そう。教会から依頼があってね」
のんきに話す俺たちの周りには、大量の吸血鬼がひしめいていた。
「なんだこのガキども、俺たちを前にして落ち着いてやがるぜ」
「逃げられないと知ってあきらめてんじゃねーか??げははははは!!」
下品な哄笑があたりに響く。不愉快極まりないな。
「おいてめーら、おとなしく滅されろ。じゃないと痛いぞ」
一応、そういってはみるが、たぶん聞かないだろうな
「まさか・・・お前ら祓魔師か?」
リーダーと思しき大柄の鬼があざけるように言う。確かに祓魔師の平均年齢は20後半からで、俺や琴音のように学生での祓魔師などいない。理由は三つ。
一つ目、吸血鬼は子供を好むから(奴らにとって子供の血は甘く、そして力にあふれているとか)
二つ目、力の問題(吸血鬼は人とは比べ物にならない力をもっている。武装した大人でも一苦労なのに子供がかなう訳がない)
三つめ、純粋に、吸血鬼たちの姿形が子供にとって恐怖の対象であるということ。
「だったら何よ」
琴音は不快感を隠そうともせずにそう口にする。その態度はどうやら癇に障ったようで、鬼たちの顔から表情が消える。
「ガキの祓魔師は初めて聞いたが・・・向こうからごちそうがやってきてくれたんだ、喰わない手はないよな」
「しかし両方小柄だな・・・全員飲めるかどうか」
「じゃあこうしよう。それぞれ殺した奴が飲める」
『賛成だ!!!』
鬼たちは全員そろって俺たちへととびかかってくる。でかいのが群れを成してくると怖いものがあるな
「真琴!!」
「めんどくせぇ・・・」
琴音が銀十字を投げ渡してくる。それをキャッチし、真ん中の一体に狙いを定め、腰だめに剣を構える
「一閃・・・陽炎」
真横に薙ぎ払われた剣閃は聖なる力を宿し、聖なる白炎を纏った鎌鼬となって鬼を襲う。その威力は先頭だけではなくその後ろの鬼ともども両断し、聖火で焼き払う。一瞬で三分の一ほどの鬼が消え、鬼たちは踏みとどまる。しかし、その一瞬を逃すはずもない
「続いて二閃・・・蕾火」
陽炎の軌跡と合わせて十字を切るように、剣を振り下ろす。すると広範囲に光の紋章が描かれ、そこから噴き出した白炎が広範囲を浄化していく。残るはリーダーと数体のみとなった。
「こいつら・・・ガキだと思って侮るな!!実力は今までの奴とは比べ物にならないぞ!!」
リーダーのあわてたような声から察するに、末端の祓魔師とは何度かやりあったみたいだな。
「真琴、次は私の番よ」
琴音の声に視線で答え、銀十字を収めて交代する。それと入れ替わるように琴音が双銃を構えて前に出る。
「銃だと??そんなものが俺たちに効くわけ・・・」
どうやら肉体自慢らしい超大型の鬼が前に出る。が、その言葉は、それどころか体ごと途中でかき消される。ハンドガンのはずなのに轟音を轟かせ、無数の銃弾をばらまくそれは琴音の両親の形見である。どういう構造してるんだ。
「見かけはハンドガン、しかし実態は機関銃のような連射力を持つ・・・面白い武器だ。」
比較的小柄な鬼が興味を示すが、琴音にとってはどうでもいいらしい。そのまま無言で銃を乱射しまくる。
「いつも思うけど半端じゃないな・・・」
鬼はもちろんのこと、あたり一面を吹き飛ばさん勢いの(実際吹き飛ばしてる)銃弾の豪雨。連射力もさることながら一番の脅威は無尽蔵ともいえる装填数だといえる。
先ほどから乱射しているにも関わらず、一度もリロードした気配がないことからその装填数の多さが見て取れる。
前に一度聞いたときは「乙女の秘密」とか何とかで教えてくれなかった。
拳銃に乙女も何もあるかっての。
「ふむ・・・。アルト、ここは撤退したほうがいい」
先ほどの小柄な鬼が、リーダーに撤退を提案する、が
「何を言っているローグ!!臆したか!!」
アルトは小柄な鬼に向かってどなりつける。どうでもいいけど二匹ともカッコイイ名前だな・・・
「落ち着け。あの銃弾の雨を抜けたとしても残った戦力ではあいつらには勝てん。だったら今は引いて、少しでも犠牲を減らすんだ。」
ローグ、とか言ったなあの鬼。吸血鬼にしてはえらく冷静だな。
本来吸血鬼になったものは、その吸血衝動に耐えられずに理性が崩壊する。
そして手当たり次第に吸血を繰り返し、その欲を満たして初めて衝動が収まる。
しかし、それは一時的なものに過ぎない。
吸血鬼にとって血液とは必要不可欠であり、またそれは麻薬のように体を侵し、最期にはいくら飲んでも渇きが収まらずに発狂死する。
つまり、吸血鬼でありながら冷静に戦況を分析し、的確な判断が下せるものはごく一部の、鬼の血が適応した貴族種と呼ばれる存在のみ。(ちなみに俺の親父も貴族種だ)
「琴音。少し気になることができた。接近するから撃つのやめろ」
俺がそういうと、渋々といった感じに銃を下す琴音。よし、あとは・・・
不審そうにしている鬼たちに近づき、
「ローグ、とか言ったか。お前、貴族種だろ」
「・・・だとしたら何だというのだ」
警戒している様子のローグに聞きたかった質問を投げかける。
「修羅・・・知ってるだろ?」
「・・・!!お前・・・何故その名前を・・・」
修羅・・・俺達貴族種にとって知っていて当然の、ある吸血鬼の名前だ。
その正体は不明で、人間ではなく貴族種のみを狙って吸血するという極めて特異的な個体。
「ローグ。それにお前達。俺は黄金血液の空野真琴。最強の祓魔師と最強各の吸血鬼のハーフだ。」
吸血鬼相手に正体を隠す必要はあまりない。むしろ正体を明かすことで警戒を解いてもらう必要があるからだ。
「黄金血液・・・噂には聞いていたが、まさか本当にいるとはな・・・」
「おいローグ。それにお前。あっちの嬢ちゃんが見るからにいらいらしてるぞ」
・・・忘れてた。
見ると、琴音は不機嫌を隠そうともせずに足で地面を踏み固めている。
「あの嬢ちゃんは人間だろ?何でお前人間なんかと一緒にいるんだ。喰わないのか?」
「吸血鬼はいちいち考え方が不穏だな。俺は半吸血鬼。半分は人間なんだよ」
・・・っと、琴音の足踏みの音が大きくなってきた。そろそろ話をつけないと俺もろとも撃ち始めかねないぞ
「お前達、後で43区の神社跡に来い。続きはそこでだ。」
早口でそう伝え、琴音の元に戻る
「やっと戻ってきたわね。あと2秒遅かったら真琴もろともハチの巣にしてたわ」
・・・ほんとにやるから怖いんだよなこいつ・・・
「あいつ等のリーダーに話をつけた。あとは俺がやる」
「却下。吸血鬼はみんな滅ぼすわ」
そう言って銃を向ける琴音。ったく、こいつは・・・
「それこそ却下だ。人気がないとはいえここは街中だ。これ以上騒ぎを大きくする必要はない」
「・・・今更?」
・・・確かにそうだけど・・・
「いいから。あとは俺に任せろ。」
「イヤ。私の手でほうむ・・・んぐっ!?!?」
突然だけど、女の子を黙らせるのに、一番手っ取り早いのはなんだろうか。
甘い言葉?それともハグ?最近では壁ドンとか言うのもはやってるよな。
でも、それよりもっと簡単な方法がある。
相手を黙らせ、混乱させ、話をすりかえられる簡単な方法が。
簡単なことだ。口をふさいでやればいい。
ってなわけで、俺は琴音の口を、文字通りふさいだ。
俺の口でな。
つまりキスだ。
一瞬何が起こったかわからないという顔をする琴音。横目で見ると、鬼達がこちらを見ていた。
いや、見てないで逃げろよ馬鹿野郎。誰のためにやってると思ってんだ。
一瞬の静寂、離れる唇。赤く染まった頬。潤んだ瞳。握りしめられた拳。怒りに震える体。
そして、殺意と恥じらい、それに溢れんばかりの怒りを込めた拳は、吸い込まれるように俺の顔面へとクリーンヒットする。
「このっ・・・バカあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そんな絶叫とともに軽々と吹っ飛ぶ俺の体。琴音は肩で息をしながらしきりに袖で口を拭う。
「あり得ないあり得ないあり得ない!!!よりによってこんな街中で、しかも敵の前でするなんて!!もっとムードってものがあるでしょうが!!!」
・・・キスした、ということより、キスした状況に対してお怒りのようだ。
「いてて・・・そんなに怒ることかよ。たかがキスくらい・・・で・・・」
額に突き付けられた銃のせいで、最後がしぼんでしまった。
「た・か・が?今たかがって言ったよね?人生に一度しかないファーストキスを奪われた女の子に対してたかが?ねぇ真琴。君は女心を微塵も理解してないよね?女の子にとってファーストキスというのは、本当に大切な人にあげるもんなの。ねぇ、それを君は奪ったんだよ?分かってる?自分がどれだけのことをしたかわかってるの?」
「安心しろ、俺も初めてだ」
「~~~っ!!!そういう問題じゃなくて!!」
・・・これはとんでもない地雷を踏みぬいちまったなぁ・・・
「そりゃ、真琴はずっと一緒にいたし、わがままも聞いてくれるし、優しいし、カッコいいし、頼りになるし、大好きだけど!!」
「・・・」
あまりの剣幕に圧倒され、ただただ無言で琴音の顔を見つめるしかできない俺。というかこいつ、怒ってるというより照れてるだけの様な気もするけど・・・言わないでおこう。
「祓魔師になるって言った時もついてきてくれたし、私が落ち込んでるとすぐに慰めてくれるし、私を女の子として扱ってくれるし」
・・・ちなみに、琴音の戦闘スタイルと、吸血鬼に対する容赦のなさから、教会での通称は『暴風雨』、女の子扱いはおろか、自然災害扱いである。
「私の事守ってくれるし、真琴ならいいかなって思うけど・・・でも今この状況でのキスはダメ!!もっとムードのあることろでして!!」
「・・・琴音、話がおかしくなってる」
「え?あ・・・」
いつの間にか話は大脱線し、結果的にムードのあるとこなら構わないって事になったけど・・・今はそういう場合じゃないんだよなあ・・・
「琴音、してほしいなら後でいくらでもしてやるし、どんなわがままだって聞いてやる。だけど今は落ち着け。」
「誰のせいで・・・」
また怒ろうとした琴音の顔は、次の瞬間恐怖に見開かれる。
「・・・あ・・・あ」
「琴音、先に帰ってろ・・・そしてすぐに母さんたちを呼んで来てくれ」
琴音の頭を撫でて落ち着かせ、銀十字を抜く。
「それまで、俺と遊ぼうぜ・・・」
琴音が落ち着いたのを確認し、振り返る。そこには・・・
「死神・・・」
死神と呼ばれる、接触禁忌クラスの吸血鬼が立っていた。