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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
失くしもの

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#14



思ったままに告げると、彼は驚いたように目を見開いた。


まずいことを言ってしまったか。内心ひやひやしていると、彼はげんなりした様子で額を押さえた。

「……やっぱお前って、他人のことは冷静に観察してるよな」

「……?」

これは……褒められてるのか?

確信が持てないため口を噤む。

やっぱり、記憶がないことを隠して話すのは無理があった。どんなにとぼけたところで、親しい人間には違和感が生まれてしまう。


こちらも、これ以上隠し通すのは色々としんどい。

彼が家に来ると知ったとき、どうして対応すると言ってしまったんだろう。

“友達”という響きがとても珍しく聞こえたからだろうか。


夫も特別だけど、自分は友達も同じぐらい特別な存在だったのかもしれない。


目元を隠すように俯いた時、廊下につながる扉が開いた。

「ただいま。……あ、文樹君こんばんは。いらっしゃっい」

宗一だ。今は落ち着いた態度で、にこやかに文樹に挨拶している。

「宗一さん。急にお邪魔してすみませんでした……」

「いや、来てくれて嬉しいよ。それに私の方こそ、連絡が遅くなって申し訳ない」

こちらが心配する必要もなく、二人は和やかに会話を始めた。わずかに疎外感も覚えたが、だからといってどうすることもできない。白希は力なくソファに座った。


その様子を見て、文樹は宗一の元へ寄った。白希に聞こえないよう声を潜める。


「宗一さん、白希ちょっと様子おかしくないですか?」

「え。そう?」

「変ですよ。ぼーっとして、明後日の方向見てるし。話もちょっと噛み合わないんです」


文樹は逡巡した後、真剣な表情で宗一を見つめた。


「本当に何にもなかったんですか? ……これまで連絡できなかったのは、白希の身になにか大変なことが起きたからじゃないんですか?」

「……」


宗一は手を洗い、冷蔵庫を開ける。表面では微笑を保っているが、内心では苦笑していた。

察しが良い、だけじゃない。物怖じせずはっきり訊いてくる文樹は、白希とは違う意味で純粋だ。

彼のような友人を持って、白希は幸せだ。

そして私も……。


空になっている彼のグラスにジュースを注ぎ足し、静かに手渡す。


「本当に、心配かけてごめんね」

「いやっ……、怒ってるわけじゃないんです。宗一さんは何も悪くないし! バイト先の店長も、体調不良って理由で休むことに納得してくれたし」


文樹は必死に説明しながら、ソファに座る白希を一瞥した。


「でも、何か変じゃないですか。白希がいるのに、宗一さんも……何かちょっと、悲しそうだし」

「……!」


黙ったのは、驚いたからだ。

そこまで見抜かれてしまっていたことに、彼への感心と、自分に対する情けなさが綯い交ぜになる。

宗一は瞼を伏せ、首を横に振った。

「大丈夫だよ。でも、そんな風に言ってもらったのは初めてかもしれない」

心配をかけたことは申し訳ないけど、さっきよりも断然気持ちが上向いている。

「ちょっと楽になった。……ありがとう」

「いや、俺は何も……ほ、本当に大丈夫ですか? 白希も、前のわちゃわちゃ感がなくなってますけど」

「あはは。平気平気。……すぐに元通りになるよ」

彼に笑いかけ、次いでリビングにいる白希に視線を向けた。


彼は顔色を変えず、泰然と座っている。本当にわずかだが、朝よりも頬が赤く見える。

「文樹君。白希、今日はあんな感じだけど……また家に遊びに来てもらえないかな?」

「もちろん……むしろ、良いんですか?」

文樹が尋ねると、宗一は頷いた。


「詳しいことを話せなくてごめんね。もうひとつ、私の個人的なお願いになるんだけど……これからも、白希と友達でいてほしい」


台に手をつき、消え入りそうな声で告げた。

記憶があろうとなかろうと、白希はまだ狭い世界で生きている。これから徐々に、その世界を広げていかなければならない。

その時に信頼できる相手が必要だ。自分以外に、心を許せる存在が。


彼がようやく手に入れた繋がりを大事にしたい。

頭を下げて頼むと、文樹は慌てて手を振った。

「大丈夫ですよ。今までもこれからも、白希は友達だから」

それから少し恥ずかしそうに俯き、頬を掻いた。

「白希の旦那さんにこんなこと言うの、すっごい失礼なんですけど……俺、白希はマジで絶滅危惧種だと思ってたんスよね。温室育ちっていうか、警戒心ないところとか、とにかく心配になる感じ」

「あはは。ちょっと分かるよ」

彼の境遇を思うと決して笑えないのだが、すごく背中を丸めた文樹の視線に合わせた。

彼も笑っていたが、やがて低い声で両手を組んだ。


「そう……思ってたんですけど、たまーに頑固なところもあって。他人を疑わないっていうより、疑いたくない、って感じ……なのかも」


むしろ意地になってる時があって、そういう時は何がなんでも信じようとする。

不器用だけど真っ直ぐで、ちょっとスッキリする。そう言い、文樹は背伸びした。


「自分に自信ないけど、芯はしっかりしてるから大丈夫なのかな」

「……そうだね。あれでいて、実は強い子だよ」


宗一が微笑むと、文樹もつられて笑った。そしてジュースを一気に飲み、やはり恥ずかしそうに頷いた。


「ですよね。俺の自慢の友達なんで」




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