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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
失くしもの

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#6



こんなことしたって何にもならないのに。

本当に以前の自分を好いていたなら、より絶望するだけなのに……宗一は、白希を病院へ連れていった。脳神経外科に心療内科、精神科と引っ張り出され、終わる頃にはへとへとになっていた。


「道源様にも診てもらってるのに……」

「医者としての腕は知らないけど、人間的に信用できないから仕方ないね。セカンドオピニオンは鉄則だし」


待合室の長椅子に座り、白希は項垂れた。

心底疲れた。もう何でもいいから早く終わってほしい。解放されたい。

レントゲンを見せられてもよく分からないし、退屈だ。頭を打った形跡もなく、思考判断も問題なし。一過性の記憶障害と診断された。

しかし年単位の長期記憶を失っていることは非常に稀で、これからカウンセリングも兼ねて通院することになってしまった。今はぴんぴんしてるのに、まったく余計なことをしてくれる。

密かに恨みに思ってると、隣から熱い視線を感じた。


「何ですか?」

「いや。本当に、会った頃の白希だなあと思って。脚をぴったり閉じてるところとか」


言われて初めて気付いたが、確かに男性で脚を閉じて座ってるのは自分だけだ。急に恥ずかしくなって、そろそろと脚を開く。

「別に無理しなくていいよ?」

彼は頬杖をついて苦笑しているが、知ってしまった以上そのままにしておくのは不可能だ。

「白希は周りをよく見ていてね……あ、君もだけど。私が教えるより先に、ほとんどのことは自分で学んで、馴染んでいったなぁ」

聡い子だったと彼は笑うが、本当に賢ければ十年も屋敷に閉じこもったりしないんじゃないか、と悪態をつきたくなる。


甘いと優しいは違うし、争いを避けることが必ずしも良い結果を生むわけではない。時には武力行使しないといけない時だってある。

この世界に味方なんていないんだから。自分の身は自分で守らないと……。


膝の上に置く手を握り締めた時、目の前の老女と、孫、だろうか。その二人が何か言い合ってるのが聞こえた。

「ねぇ、ここは何処なの?」

老齢の女性の方が急に落ち着きをなくして、いつまでもここにはいられない、早く家に帰って食事の支度をしないと、と隣にいる若い青年に泣きついている。食事の時間が遅れると怒る旦那でもいるんだろうか。と思いきや、

「おばあちゃん……もうおじいちゃんはいないんだよ」

彼女の夫は、もうとっくに他界している。そう、青年が説き伏せていた。記憶障害……認知症だろうか。


……。


切なさとか、虚しさとか、そんなもの生きてるうちに自然と浸透してくる。わざわざ誰かに教わらなくても。

村の伝統舞踊のように……喜びより悲しみを表現する方がよっぽど重大で、意義のあることだと思う。でも世の中、それを嫌う人間が多い。


真実から目を逸らしたくなる気持ちは分かる。それが大事な人に関わることなら尚さら。


思い出というのは特別なものなんだろう。頭の中に刻み込まれ、決して薄れることはない。

それに“思い出どおり”なら、目の前の老女は間違いなく早く家に帰らなくてはいけないのだ。周りがそれを笑い飛ばそうと、全面から否定して怒鳴りつけようと……彼女の“現実”は何も好転しないし、救われない。


────あんなに苦しんでるのに、誰にも分かってもらえない。


「……白希?」


手の甲に、冷たい雫が零れ落ちる。

気付けば、何故かぼろぼろと涙を零し、泣いていた。隣にいる宗一も動揺し、言葉を飲み込んでいる。


何に影響されてこうなったのか、自分にも分からない。別に老女に同情したわけでも、将来の不安を思ったわけでもないからだ。


ただ、何だろう。この世にはどう頑張っても変えられないものがあって。

人は本当に弱く、脆く、最後は全て失って呆気なく死んでいくものだと思ったら……あまりに人の一生は切ない、と感じた。


あのまま村にいたら、本当にどうなっていただろう。


呆然と目の前を見ていると、こちらを振り向いた老女と目が合った。


「あら……貴方、どうしたの? どこか痛いの?」


彼女はさっきまで連れ人と話していた内容も忘れ、泣いている白希を心配し始めた。

それが分かったとき、何故かまた涙が溢れた。

変だ。胸が熱くて、苦しい。


「ご心配かけてすみません。大丈夫ですよ」


それまで隣で見守っていた宗一が微笑んで返し、老女の隣にいる青年に会釈する。

青年も軽く頭を下げ、また老女を宥めだした。


「白希。……大丈夫だよ」


肩に手を添えられ、横に引き寄せられる。この不安の正体なんて何も理解してないだろうに、やはり同じことを言った。


「大丈夫。君の居場所は、私がつくるから」




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