#5
────白希は筋が良いね。
いつもはあまり笑わない祖母が、自分の舞を見て微笑んだ。
心の一番深いところに仕舞った記憶だ。
がらんとした稽古場で春風が吹き抜ける。祖母が持ってる美しい羽織りが靡き、宙を泳いだ。
汗を手で拭いながら、何だか鯉幟みたいだ、と呑気に考えた。
『兄様に比べたら、全然……』
『ふふ。確かに、大胆で華があるのは直忠かもね』
本当にその通りなのだが、グサッとくるものがある。
落ち込んで俯くと、祖母は笑いながら頭を撫でてきた。
『でもこの村の舞は華美で優美なだけでは駄目なの。切なさや悲しみやを表現するのも大事なこと。繊細な表現は、白希の方が上だよ』
『切なさ……』
すぐに想像できないけど、暗い気持ちのことだ。
どんなに頑張っても兄の足元にも及ばない、自分のような。
でも卑下していたら、貧相な芸しかできない。兼ね合いが難しいが、やり過ぎす、控え過ぎず、その場の空気に溶け込めるような舞がしたい。
どれほど厳しくても、自分を褒めてくれるのは祖母だけだ。
そして唯一、自分が踊る姿が好きだと言ってくれる。
ここが居場所だ。村じゃない。家でもない。祖母がいる、このちっぽけな空間だけが……。
『きっと他にも、白希の舞に感動してくれる人が現れるよ。その人を大切にしてね』
そんな人現れるかな。
私は確かにここに存在してるけど、誰にも見えてない。いつだって兄のおまけで、舞踊の継承も、兄が忙しいから代わりにやってるだけだ。
教えて……ほしい。
私を必要としてくれる人なんて、本当に存在するのか。
「ん……」
あたたかい。
気持ちのいい温もりに包まれ、白希は目を覚ました。
白いシーツと、壁にかけられた風景画。羽澤家とは違う作りの寝室。
「っ!!」
慌てて飛び起きる。次いで隣を見ると、誰もいなかった。
謎の焦燥に突き動かされて部屋を出る。自分でも不思議なぐらい不安を覚えていたが、音が聞こえた為奥の部屋に向かった。
そこでは宗一が、優雅に食事の支度をしていた。
なんてことのない光景なのだが、今の心情と違いすぎて気が抜けてしまう。
彼はこちらに気付くと、満面の笑みを浮かべた。
「おっ。白希、おはよう。よく眠れた?」
「……」
あまりに清々しい笑顔で、朝からくらくらする。彼の挨拶には返さず、ダイニングの高いテーブルに両腕を乗せた。
「相変わらず呑気なひとですね。私が逃げ出さないと確信してるみたいな」
「うん」
うんって……。
やろうと思えばいくらでも逃げようはある。でも“いつでも逃げられる”と思ってるからこそ、こうして留まっている部分もある。
宗一は、白希のそんな心中も見透かしているんだろう。余裕ぶってるのはお互い様ということ。
「よし、パンが焼けた。朝ごはん……の前に、顔洗っておいで。寝癖もすごいよ」
昨日熟睡してたもんね、と笑っている。
とりあえず言われた通りにした。ここに来た時点で反論や反抗をする気もない。
寝巻きのまま、とりあえず洗顔整髪だけして、ダイニングへ戻った。食欲をそそるスープとスクランブルエッグ、それからたくさんのパンが添えられている。
「昨日は何も食べなかったからお腹空いてるでしょ? 好きなだけ食べな」
席につきはしたが、とても一人分の量には見えない。まさか以前の自分はこれを平らげてたのか? それとも宗一が自分をからかってるだけなのか……。
案の定、腹は空いてたがクロワッサンひとつとスープ、サラダを飲んだら満腹になってしまった。
「……ご馳走様でした」
「もういいの? 少食だね」
宗一は演技ではなく驚いている。ということはやはり、以前の自分は一人分の食事量では満足できなかったようだ。
紙ナプキンで口元を拭いてると、彼は席を立って出かける準備を始めた。
「食べて早々悪いけど、出掛けるから着替えてね」
「出掛ける? どこに?」
村かと思い、咄嗟に身構える。しかし彼は腕時計をつけ、淡白に答えた。
「もちろん、病院」




