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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
失くしもの

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#3



車のシートにタオルを敷き、ひとまず助手席に乗った。宗一は暖房をつけてくれたが、悲しいことに気休めにもならなかった。一度下がった体温は簡単には戻らない。

それもこれも彼を苦しめる為にやったことなのに……むしろ返り討ちに遭ったことがたまらなく悔しい。

一番惨めな気持ちになるのは、彼が涼しい顔のまま、平然としていることだろう。


「さ、お風呂入るよ」

「ちょっと待ってください。何で一緒に入らなきゃいけないんですか?」


彼のマンションに着くやいなや、バスルームに連れていかれた。それはともかく、入るタイミングが一緒というのが解せない。

しかし彼はそれも真面目に取り合わず、お湯を沸かした。

「私も寒くて耐えられないんだ、我慢してくれ。……それに恥ずかしがらなくていいよ。前はよく二人でお風呂に入ってたし、君の裸は見慣れてる」

さらっととんでもないことを言われた。確かに夫婦なら当たり前かもしれないけど、でも……。

依然ためらっていると、水ではりついたシャツを脱がされた。

「ほら、早く脱いで」

く……っ。

後で絶対、仕返しの仕返しをしてやる。


心の中で固く誓い、観念して彼と浴室に入った。

それまでは怒りと憎しみで燃えたぎっていたけど、温かいシャワーを浴びた途端、それらの感情は消え去ってしまった。

身も心も癒されるとはこのことだ。

「あったかい……」

「うん。生き返るね」

不意に、頬を撫でられる。子ども扱いされてるのかと思ったが、彼の視線はそれとは少し違う気がした。

尊いものを見るような目だ。


「さ、お湯も張ったし、中に浸かろう」


今度は冷水じゃない。安心して湯船に浸かった。

気持ちいい。これは心から言えた。例え、宗一の膝の上だとしても。

彼に背中を預けながら、ぼうっと目を細める。


「ひゃ!?」


ところが、腰に手を添えられて思わず震えた。何なのかと振り返ると、存外彼は真剣な面持ちで腕や肩を見てきた。

「痣だらけだ。痛くないかい?」

「別に……」

否定すると、彼は悲しそうな顔を浮かべた。痛くないって言ってるのに、何故そんな顔をするのか意味不明だ。

反応に困る。せっかく良い気持ちになってたのにむず痒くて、身をよじった。


「すまない……」


右肩に、彼の額が当たる。


「今の私に謝っても仕方ないと思いますよ? 私が目覚めた時は、道源様のベッドの上だったので」


何だかものすごいことが起きたような気はするけど、自分の記憶は継ぎ接ぎだ。父の怒号を受け、納屋に閉じ込められ、一ヶ月は過ごした。そして目が覚めたら十年が経ち、東京にいた。


しかも水崎家の青年と結婚して平和に暮らしているなんて、あまりに非現実的だ。殺す為に支配下に置かれていた、と言われた方がまだすんなり納得できる。


そうだ。そうでないとおかしいんだ。無償の愛を受けるなんて。

自分のような出来損ないが、タダで幸せになれるはずがない。


「自分が許せないんだ」


宗一は、聞き取るのもやっとの声で続けた。

「平和ボケしてたと言われたらそれまでだけど……その平和な毎日が本当に愛しくて、大切で、……ずっと浸っていたい幸せそのものだった。君と暮らすことを夢見ていたから、夢が叶って思考停止しちゃっていたのかな」

「夢……」

自分も、まるで夢を見ていたようだ。この現実こそ、夢のよう。できすぎてる。


分からない。何でこの世界の“私”は、これほどまでに彼に愛されてるのか。


「貴方って、道源様と全然違いますね」

「ふふ。がっかりした?」

「さあ。でも意外でした」


正直に答えると、白希のぬれた前髪を指に絡ませ、宗一は笑った。

「本当の私は、とても脆い。道源はそれをよく知ってる」

手が重なり、ぎゅっと握られる。強引だが、嫌ではなかった。

彼は、自分の前では強い人間を演出していたような気がする。そして鈍感な自分は、そんな彼を妄信していた。

何だかとても滑稽な夫婦だ。


「そういえば、君は温度は下げられるけど上げることはできないの?」

「え? 別に、やろうと思えば……」


できるはずだ。そう思ってお湯に向かって手をかざしたが、これ以上熱くなることはなかった。

「大丈夫。また前みたいに、ゆっくりやればいい。生涯付き合うから心配ないよ」

手首を優しく掴み、後ろに引かれる。

しかし、一々重い。

こんな青年に好かれていたとしたら、前の自分はかなり消耗したんじゃないか?


「何で、記憶がない私にまで執着するんですか。貴方が望む生活なんて、もう絶対戻れませんよ」

「記憶を失おうと、君は君だ。そんなことで手放すような、軽い気持ちで求婚したわけじゃない」


手の甲にキスされる。


「何があってもずっと一緒にいる。独りにはさせない」




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