#6
「大我っ!!」
「いたっ! 何すんだよ、文樹」
早朝、大学に着いたと同時に、後ろから何かのファイルで頭を叩かれた。
大我が振り返ると、そこにはいつもと違い、険しい顔つきの文樹がいた。
「何度も連絡したのに無視しやがって……ちょっと来い!」
「わわっ」
襟を掴まれ、危うく転びそうになる。だが文樹は人の目も気にせず、大我を引っ張って中庭へ向かった。
こんなに怒っている彼を見たのは久しぶりだ。内心苦笑しながら、襟を握る手が離れていくのを眺める。
「未だに白希と連絡がとれない。お前、絶対何か知ってるだろ。一体何したんだよ!」
文樹の台詞は、予想通りのものだった。
白希は彼の友人で、バイトも一緒だ。突如連絡がとれなくなったら、それは心配するだろう。
けど自分に向けている怒りは、それとは別物だ。
「三日前、お前の言う通りの道で白希と帰ったら、黒い服を着た変な奴らに襲われた。あいつらとグルなのか? 白希は変なもん嗅がされて、連れ去られそうになったんだぞ! 全部正直に言わなきゃ、今すぐ警察に通報して、お前が絡んでたことも話す」
「文樹ちゃーん、落ち着いて。……本気で、俺を売るっての?」
両手を前に、冗談めかして尋ねる。すると彼は、辛そうに顔を歪めた。
「だから……そんなことさせんなっつってんだよ……!」
風がやんで、嫌に静寂が広がる。
何にも触れてない指先に痛みが走る。爽やかな陽気だというのに、息苦しい。
気持ちがすれ違うだけでこんなになるなんて、本当に不思議だ。
「白希は無事だよ」
どんなに白希を大事に想ってようと、正義感があろうと、文樹が裏切るとは思えない。そう思えるほどには時間を重ねてきた。
でも彼が一番欲しい回答を真っ先に取り出してしまうところは、俺も彼に甘い。
「今のところ元気に過ごしてる」
「本当に……? じゃ、何で連絡とれないんだよ。白希の旦那さんも、白希と連絡とれなくて心配してんだぞ」
水崎宗一か。
白希と親しいんだから当然だが、文樹の口からあの青年の存在を聞くのは少々複雑だ。
何せ兄は、彼がいたことであれほど変わってしまったのだから。
「……詳しいことはまだ言えない。でもそのうち絶対会えるから、それだけ宗一さんに伝えといてよ」
「何だそりゃ……お前ら、本当に何が目的なんだよ……」
文樹は唇を噛み、それまで躊躇っていたであろう言葉を口にした。
「お前がいた村が関わってるのか」
「……だとしても、文樹には関係ないよ」
実際問題、彼をこれ以上関わらせてはいけない。これはあくまで兄が始めたことだ。そして、村の奴らが始めたこと。白希と宗一は巻き込まれただけ。
自分はただ、それを傍観するだけ。でも気付いた時には全て終わってくれてるのが一番望ましい。
「誤解しないでほしいのは、お前を危険な目に合わせるつもりはなかったってこと。白希を襲った奴らは、一般人は襲わないって言ってたのに……お前まで巻き込んだことは、本当に申し訳ないと思ってる。ごめん」
「俺のことはともかく。……白希を襲ったことが問題なんだよ」
大我は文樹に不思議な力のことを話していた。
察しのいい彼ならもう気付いているだろう。白希はもちろん、宗一もこの力の持ち主だということに。
「白希の旦那さん……宗一さんも、警察に言う気はなさそうだし。二人揃って何なんだって思ってたよ。でもやっぱり、お前も含めてだ」
指をさされた為、その手を掴んで引き寄せてやった。腰を支え、息が当たりそうな距離で答える。
「警察に解決できることじゃないし。俺達はほとんど、村から逃げてきてんだよ。自分の居場所が大っぴらになるようなことは避けたいんだ。……例え誰かの命がかかってたとしてもな」
ため息混じりに目を眇めると、文樹は心底分からない、という目で見返してきた。
「死ぬよりマシだろ。大切な人だって……死んだら返ってこないんだぞ」
「そーだな。そう思うのが普通だよ。お前は、普通に愛されて育ってきたから」
決して揶揄してるわけじゃない。むしろ羨ましいと思っている。
普通の生活を送れていたら、命より大事なものはないと思えたはずだ。危険な目に合おうと、自分や大切な人の無事を優先できただろう。
でも俺達はそうじゃない。村の掟より重いものはない。
それを分かってほしいとは思わないし、もし分かったら重症だ。文樹は、俺を許さず、安全圏で生きてほしい。
「俺はお前が好きだ。それは本当」
「……っ」
額をつけて囁く。
文樹は否定も肯定もしなかった。
講義が始まる寸前、彼から手を離した。
「白希がお前に会えるまで……俺も、しばらくお前の家には行かない。じゃあな」
友達なんかじゃない。
彼も同じことを思ってる。
「馬鹿野郎……っ」
ひとり取り残された文樹は、張り裂けそうな声で叫んだ。
友達なんて単純な言葉じゃ表せられない関係なんだ。だからこれ以上一緒にいることはできない。




