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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
頬凍つる

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#5



夕暮れ時、庭の花壇がからからに乾いていた為、水をあげた。花のことを想って、というよりは、暇を持て余した為だ。

だけどこの花達も、もっと世話をしてくれる家主の庭に植えてほしかったことだろう。儚くて不憫で、誰かの施しがないと生きられないか弱い存在。誰かと似ていて、もやもやする。


「水やりをしてくれてるの?」


不意に声を掛けられ、びくっとする。下に屈んでいた白希はすぐに立ち上がり、振り返った。


「おかえりなさい、道源様」

「ただいま。良い子に留守番してた?」


白いロングコートを羽織った端整な青年が、薄く微笑んだ。艶やかな黒髪を斜めに流し、派手さこそないが、長駆のスタイルは見る者の目を引く。


適度な距離を保ちつつ、白希は黙って頷いた。

大我の兄。羽澤家の現当主である、羽澤道源。

彼も大我と同じく不思議な力を持っている。また外科医であり、多忙の為家を開けていることが多い。外を知らない白希にとっては、華々しい経歴は敬遠する材料にしかならない。

だが、それ以上に警戒してしまう“なにか”を感じ取っている。


品のいい笑顔を浮かべる彼には、欠点がひとつも見つからない。強いて言うなら完璧過ぎることが欠点だ。自分以外のものは何でも扱えると言わんばかりに笑うところも。


「ああ……随分荒れ果ててしまったね。私も忙しかったし、大我もガーデニングは興味ないだろうから」


彼は庭の大きな家を買うべきじゃなかったと笑う。

白希は口を閉ざしたまま、斜め後ろで聞いていた。

「何だか村みたいだよね。管理する者がいなければ廃れ、無法地帯。害虫も発生する」

そう言うと、彼は手前に咲いていた花を踏み潰した。


「……綺麗で優しいものから淘汰されていくんだ。君のように」


顎をぐいっと掴まれ、頬を撫でられる。そして短いキスをされた。


「……っ!」


反射的に手を振り払った。嫌悪感というより、怒りによるものだ。

だがこれが何に対する怒りなのか、自分にも分からない。


「ふふ、ごめんごめん。それはそうと、やっと痣が治ってきたね。安心した」


それなりに強い力だったはずだが、白希の態度を気に留めた様子もない。依然として微笑みが張り付いている。


「近いうち、君に会ってほしい人がいるんだよ」


道源は革の鞄を脇に抱え、玄関の方へ向かった。一応ドアを押さえて、彼が入るのを待つ。

「でもその人も、君を利用しようしている悪い人だからね」

「へえ? やっぱり敵ばかりですね」

「敵じゃない時は、利害が一致した時だけだと頭に刻みなさい」

シャツの中に手を入れられる。突然のことで驚いたが、どうやら傷を診たかったらしい。


「最近力は使った?」

「いいえ」

「本当? やけに家の中が冷え冷えしてるけど」


彼は近くの機器に声を掛け、暖房を入れた。

「気のせいじゃないですか」

「うん、そういうことにしておこう」

今日は休日出勤だ。だからこんな早い時間に帰ってこられたのだろう。大我はバイトがあったはずだし、まだ帰ってこない。

道源はコートを脱ぎ捨てると、ソファに座ってこちらに手を伸ばした。


「おいで」


……。

拒否する理由もないので、彼の膝に乗る。長く細い指に髪を梳かれる。

彼は変わっている。だからこそ村から出たのだろう。

人とは違う力を持ち、自身を高める術を知っている。そして、他人を利用する術を心得てる。


逆に私は、村を出ても誰かに搾取される人間なんだ。……そう諦めさせてくれる力を、彼は持っている。


「んっ」


腰に手を回され、思わず前屈みに倒れる。

道源の太腿に当たる部分が焦れったくて、ついもじもじと動いてしまった。それを見た彼は満足そうに笑い、背中をゆっくり撫でる。


「可愛い子だ。彼が独り占めしたくなる気持ちも分かる」

「彼って……?」

「君の力を利用とした青年だよ。名前は水崎宗一」

「水崎。宗……一」


その名は知っている。水崎家の当主、水崎璋造様のひとり息子だ。

何回聞いても綺麗な名前だと思う。つい口にしたくなる名前だ。会ったことはないけど、眉目秀麗な青年だと聞いている。

私と同じ力を持っていて……でもやっぱり、私とはまるで違う。

「彼は村の人間と結託して、君を誘惑し、始末しようとしたんだ。聡明で、氷のように冷徹な青年だ」

道源は肘掛けに頬杖をつく。


「彼は君を騙し、パートナーの関係まで求めた」


首元を甘噛みされる。きつく吸われ、白希は痛みに顔を顰めた。

「君に執着し、君を村に送還するまでしつこく追いかけてくるだろう。でも安心しなさい。僕が彼を説得する。君は彼に何を言われても揺るがず、冷たく突き放せばいい」

「……そんなことで引き下がりますか?」

嘲笑混じりに見返すと、彼は笑った。


「大丈夫。彼のことは一番よく知ってる。村を出ていった後も、僕は彼のことをずっと見続けていたから」


道源は恍惚とした表情で、スマホを取り出した。ファイルを開いて出てきたのは、ひとりの色白の青年。

「綺麗な人ですね」

「あぁ。本当に、他人を惹き付ける魅力を持ってる」

彼は目を細めると、スマホの画面にキスをした。

「……道源様は、その人をどうしたいんですか?」

「どうしたい、と言うと?」

「その人が私を狙ってるなら、相対しなきゃいけないでしょう」

「そうだな。その時は話し合いだけじゃ終わらないかもね」

彼は顎に手を当て、スマホを横に放った。


「心配いらないよ。最後は、僕が全て手に入れるからね」


胸を射抜くような瞳。下から突きつけられ、ぞくぞくした。

この人は自分が欲しいものはどんな手を使っても手に入れてきたんだろう。何となく分かる。

この水崎という人もそうなら、どちらがより上手か……。


ゆっくり近付いてくる、果てしない闇を想いながら瞼を伏せた。




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