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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
頬凍つる

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#2



「何のことだよ」

「隠す必要ありませんよ。大我さんって分かりやすいですから……。彼の前では目を輝かしているのに、近付かれると尖って、自分から距離をとっている。見てるこっちがハラハラする」

彼のドライヤーを持つ手に掌を重ねる。唇が当たりそうな距離で、白希は囁いた。


「でも貴方の“それ”は恋愛とは別物か。どちらかと言うと、小さな子が親に甘えたい……自分を認めてほしい、っていう感情に類似してる」


私には分かる。

顔を離して告げた途端、ドライヤーの熱風がけたたましい音を上げた。


「うわっ……!! ちょっと、やめてくださいよ! 耳がおかしくなる!」

「嫌なら二度と馬鹿なこと言うな」


大我は無表情のまま、淡々と切り捨てた。ドライヤーの電源を切り、白希の髪を手櫛で整える。

しばしの沈黙が流れたが、白希の襟元に手を伸ばし、ボタンを留めていった。

「はー……何か、前の白希の方がウブで素直で可愛かったな。今は無駄に勘が良くて、気が強くて、生意気」

カチンときて、ついついこちらも睨み返す。まあドライヤーは止まってるし大丈夫だろう。


大我も白希と同じ“力”の所有者だ。温度を調節する白希と異なり、彼は音量を調節する力を持つ。小さな音を爆音で鳴らしたり、逆に大音量をぴたりと止めることができる。ただし人間や動物の声は上手く調節できないらしい。

「人の声量も調節できれば良かったのにね。そうすれば、夜あの人に抱かれる時も私に聞かれなくて済んだのに」

洗面台に寄りかかり、手を後ろに回す。無防備な状態で彼を見つめた。


喧嘩を売ってることは明白。というより、売ってるのだ。わざと挑発的なことを言って、大我を怒らせようとしている。


彼が嫌々自分の世話をしてることは分かっている。

だからこそ、早く縁を切って、別れたかった。

彼の前からいなくなりたい。存分に自分を嫌って、憎んで、一発ぐらい殴りつけて……それで彼がすっきりできるなら。


けど、彼は苦しそうに顔を歪めるだけだった。


「……そんなの、地獄だな」


タオルを洗濯機に投げ入れ、さっさと脱衣室から出ていく。

「…………」

黙って彼の後についていく。下は履いてないけどどうでも良かった。


何で怒らないんだ。全然分からない。

彼が自分を邪魔だと思ってることは間違いない。突如自分のテリトリーに現れて、あまつさえ面倒を見る羽目になったのだから。

「私を追い出していいんですよ」

「だから、それを決めるのは俺じゃない。全部、……兄さんの言う通りに動くだけだ」

二階の部屋に誘導される。ベッドに乗り、仰向けに倒れた。


当主である兄の言いなり……か。そういう人生もある。


両親に隠されて過ごした自分のように。はたまた、大人達から賞賛され、村を出ていったあの人のように。周りの環境次第でこの世は天国にも地獄にもなる。でも今が苦しいのに生きる意味って何だろう。


「兄さんは今日も帰り遅いみたいだから、もう寝な」

「わかりました。……ねえ、寝るまでもう少し……傍にいてもらえませんか」


ドアの前に佇む大我に顔だけ向けてお願いすると、彼は不可解そうに眉を寄せた。

「ほんと……自分を嫌ってるかもしれない相手に、よくそういうこと頼めるな?」

「私は貴方のこと嫌いじゃないし。それより、暗い場所が嫌いなんで」

悪びれずに言うと、彼は深いため息と共に傍にやってきた。露骨に面倒くさそうだが、結局お願いを聞いてくれる。彼のそういうところが不憫で、そして好きだ。

サイドのスモールライトのみ点灯させ、大我はベッドに腰掛けた。そして布団を引き上げ、白希の上に掛けてやる。


「……別に、嫌いじゃないよ」

「え?」

「俺も。別に白希のことが嫌いなわけじゃない。今の生活が嫌いなんだ」


大我は背中を向けたまま、窓の外を見つめた。

「道源様……ていうか俺の兄は、好きな人を追ってこっちに出てきた。俺も、東京の大学に行きたかったから軽率についてきちゃったけど……半分後悔してる」

「もう半分、後悔してないなら良いじゃないですか」

「お前ほんと良い性格になったよな」

「メリットが多い方をとるのは当然ですよ。それで、後悔してない半分は? 大学生活が充実してるからですか?」

横向きになって問いかけると、彼は意外にもバツが悪そうに視線を逸らした。


「……勉強とかバイトじゃない」

「と言うと?」

「食らいつくなぁ。……好きな奴ができたんだ」


薄闇の中でも、大我の頬が赤くなったことが分かった。

白希は何度か瞬きする。

「同じ大学の……女性じゃないですよね? 男性でしょ?」

「ほんっと、いやに洞察力高いな。そうだよ、同級生の男。俺友達作る気なかったから、上っ面だけ良くして適当にやり過ごそうとしてたんだけど。……そいつは、しつこいぐらい世話焼いてきてさ。ここに帰るのがしんどいときは、そいつの家に泊まってる。っていうか、もう寝たこともあるんだけど」

「そうだったんですね。おめでとうございます」

充分東京に留まる理由になる。

それにしても、彼をここまで熱中させる相手とはどんな青年だろう。ちょっとお目にかかってみたい。


「てなわけだから、俺も村に帰るわけにはいかないんだ。白希も、とりあえず兄さんの元にいる方がいいよ。村の奴らは兄さんが牽制してくれるし……必要なものは全て用意してくれるだろうから」


自由行動ができない以外に、不自由はない。

だが自分が欲しいものは物ではない。

「そうですね」

だが大我を安心させる為に、同意の言葉を吐いた。

「貴方の恋愛も応援してますよ」

「はっ、あんがと。……にしても、記憶って脆いものなんだな。俺と初めて会った時のこととか、何も覚えてないんだもんな?」

大我はそこで初めて振り返り、微笑を浮かべた。

自身の膝に頬杖をつき、興味深そうに白希の頬を押す。


「申し訳ないけど、全く覚えてません。……初めて会った時って、どこで?」

「図書館のカフェ。俺そこでバイトしててさ。白希が東京に来てることは知ってたから、軽く運命感じちゃったね。力を持つ人間って、どこに行ってもこうやって出逢っちゃうのか……って」


彼は感慨深そうに瞼を伏せる。

「あの時の白希は可愛かったなぁ。アタフタして、泣きそうな顔しちゃって~。女の子みたいで、守ってあげたい感じだった。今は目つきも言うこともキツいからな」

「それはどうもすみませんね」

彼曰く、以前の自分は酷く女々しく、気弱だったようだ。全くもって嘆かわしい。

大人しくしていた方が良い時もあるが、損することも多い。親に意見できず、納屋に閉じ込められたときのように……弱い姿勢を見せると、相手はどこまでもつけ上がるものだ。


反吐が出る。


「じゃ、もう寝なよ。おやすみ」


頭から目元へ、大我の手のひらが流れる。

その温もりに安堵しながら、眠りについた。


以前も……こんな風に、誰かに寄り添ってもらっていたことがある。それはいつだったのか、誰だったのかも分からない。その人は今、誰を想って寝ているのだろう。




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