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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
硝子玉

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#4



上手く言えないけど、それこそ言葉では説明できない絆で結ばれている。

自身の直感を信じることも大事だ。頭で考えるのではなく、魂の赴くまま……。


「やっぱり、白希は強くなったね」

「……ん」


唇が重なる。息が苦しくて口を開けたとき、彼の柔らかい舌が潜り込んできた。

飲んだことはないのに、まるでワインを飲んでるみたいだ。少し苦くて、でも甘くて。頭がぼーっとする。

「俺……本当に強くなってるんでしょうか」

「なってる。私が保証する」

あまりに真剣な面持ちで返された為、思わず吹き出した。


「あははっ。宗一さんがそう言ってくれるから……信じますね」


ぬれた目元を指でこすり、彼の唇に吸いついた。


「宗一さん。何度でも言いたいんです」

「何を?」

「俺を迎えに来てくれて、ありがとうございます」


胸を押さえて、顔を上げる。

兄の前では心配させないよう毅然としていたけど……今は抑えられない。感謝の気持ちでいっぱいだ。

「とっ、ところでひとつお願いがあるんですけど」

藪から棒に、困惑させると思ったものの、白希は俯いてソワソワした。

「何だい?」

「ええと、その……俺も、ちょっとだけお酒を飲んでみたいんです。でも、まだ駄目なら大丈夫です!」

ガチガチではあったけど、勇気を出して頼んだ。

迷惑を掛けてしまう可能性もあるし、駄目ならそれでいい。恐る恐る瞑った目を開けると、彼は可笑しそうに笑った。


「あはは! 一体何事と思ったよ。飲み会にも行ってたし、そろそろ飲みたいよね。ちょっと待ってて」


宗一さんは肩を揺らしながら立ち上がり、新しいグラスをひとつ持ってきた。冷えたワインを入れ、俺に差し出す。

「どうぞ」

「わぁ……ありがとうございます!」

わくわくドキドキしながら、くいっと仰ぐ。少し苦味はあるけど、炭酸だから口の中に残らない。多分、普通のワインよりずっと飲みやすいんだろう。

ただ、これがお酒の中で“美味しい”のかどうかは分からない。


「そんなに美味しくないでしょ」

「え!? いえ、そんなことは!」

「無理しなくていいんだよ。初めてのお酒がすごく美味しい! って感じることの方が珍しいから」


宗一さんは隣に座り、自分の分も注ぎ足した。

確かに、経験値がないのにお酒の美味しさなんて分かるはずがない。後は味が全てだ。デザートカクテルでもない限り、慣れない味と匂いに警戒してしまう。

「で、でも飲めないことはないです!」

「こらこら、そんな一気に飲まないの」

宗一さんの制止も振り切り、グラスを空にした。

「もう一杯お願いします」

「しょうがないなぁ……今度はゆっくり飲むんだよ? ビールならともかく、ワインは香りを楽しむものだからね」

そうなのか。それは悪いことをしてしまったて……。

謝りながら、今度は香りも意識してみる。フルーティで、何だか複雑。

「う~ん……」

「ははは、せっかくだから赤も飲んでみる?」

今度は棚から赤ワインのボトルを取り出し、別のグラスに少量入れてくれた。それを飲み、思わず口元を手で塞ぐ。


「うぐ……っ」


苦みと渋みの嵐だ。飲み込もうにも、喉がそれを拒否する。でも隣で宗一さんが笑みをたたえている為、何とか飲み込んだ。

「ふふ、どう?」

「すみません……こっちの方が百倍飲みやすいです……」

項垂れながら元のスパークリングワインを飲み干した。またペースが速い、と頬をつつかれる。

「ワインはまだ飲まなくていいよ。白希には、今度飲みやすいサワーとかを買ってきてあげるから」

「あ、ありがとうございます」

「頑張ってたみたいだけど、何かあった?」

宗一さんは前に屈み、意味ありげに微笑んだ。顔を見合わすと鼻先が触れそうになって、全身が熱くなる。

……俺の考えも、何だか見抜かれていたみたいだ。


「酔ってみたくて……」

「ほ~う? どうして」

「頭がぼーっとしたら、恥ずかしい気持ちとか、少しなくなってくれるでしょう?」


ぽつぽつと零すと、彼は何度かまばたきした。

「酩酊したら、そうなるね。……何、恥ずかしいことをしたかったの?」

「はい……あ、宗一さんの思ってることとは違うかもしれないんですけど……」

顔が熱い。これはお酒のせいなのか、それとも……。

分からないけど、自分の部屋に戻り、またリビングに顔を出した。

ちょっとだけ足元が浮つく。でも不思議と気分が良い。

「宗一さん、少しだけ電気消してもいいですか?」

彼が頷いた為、照明を落として窓をさらに開けた。外から吹き込む風が熱冷ましにちょうどいい。

気持ちいい。

カーテンが舞い上がったのと同時に、持っていた羽織りを広げた。


「───白希」


宗一はソファから立ち上がり、息を飲む。

ここに来て初めて、白希の舞いを目にしたからだ。


夜の帳の中、月の光が紅に呼応する。静寂に溶け込む彼の動きは、いつかに見た姿と全く同じだった。

今思えば、あのとき既に心を奪われていたのかもしれない。


もうずっと昔……村の祭りの打ち合わせで、父に連れられ余川家に行ったときのこと。

退屈な会議が早く終わってほしくて、トイレに行くふりをして屋敷の中庭でぼうっとしていた。余川家の庭はよく手入れされていて、小池と周りを囲む水仙が綺麗だった。

たまに鳴くモズの声を聴きながら、縁側に戻る。その時、居間と反対側で声が聞こえた。

今日は直忠はいないはずだけど……子どもの声がする。


思わず足が進んだ。おおよその予想はついていて、こっそりと奥の広間を覗き込む。


そこにはひとりの少年がいた。舞踊の稽古中らしく、和装のまま傍にいる女性に指導をされている。相当長くやっていたのか、彼の額からは大量の汗が流れていた。それでも疲れる素振りなど微塵も見せず、むしろ涼しい顔を保っている。

凛冽なこの時期に、あそこまで汗をかくなんて。


つい、もっと間近で見たいと思ってしまった。だが稽古の邪魔をするわけにはいかないので、そっと扉の影に隠れる。


彼のことは知ってる。春日美村の伝統舞踊を教える余川家の次男。直忠の弟。

白希くん、か。

直忠とは同級生だからそれなりに話もするけど、弟は家にいる時間が多く、あまり表に出ないと有名だった。物心がつく前からそうだったから、余川夫妻が特別な育て方をしていたのは間違いない。

でも元々奇人変人が多いこの村では、特にその存在が際立つこともなかった。それよりは、力を発現した宗一の方が噂の中心にいたからだ。


これ以上村人と深い関わりを持つべきではない。そう思っていた宗一だったが、初めて見た美しい舞は目に焼き付いた。自分より歳下の少年にここまで惹かれるなんて夢にも思わなかった。

それから宗一は、余川家で行われる会合には時折参加するようになった。




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