#6
誰かと話す度、自分の外殻が水面から姿を現す。
世間知らずな自分。自信のない自分。でも、常に周りに助けられている自分。
俺一人の力でなにかを成したことなんてひとつもない。いつだって宗一さんや、周りの優しい人達に守られ、支えられて生きている。
これではいけない。
変わりたい。そう思うほど雁字搦めになって、身動きがとりづらくなる。
誰もが当たり前に生きてるのに、俺は未だに“生かされてる”としか思えない。
「あっ!」
サコッシュを掛け直して歩き出そうとした時、前から歩いてきた小さな男の子が段差に躓き、豪快に転んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る。見ると、彼は膝を擦りむいてしまっていた。可哀想に、とても痛そうだ。
「た、立てますか?」
「うん」
少し瞳が揺らいでいたが、手を取って起こすと、男の子は掌についた土をはたいて落とした。
泣かなかったのはとても偉い。でも子どもと関わった経験が少ない為、身を案じる以外の言葉が全く出てこない。
うぅ、大人なのに。
自分の対応の下手さに絶望しつつ、ポケットから絆創膏を取り出した。
「えっと、家に帰ったら水で洗って、これは貼り替えてくださいね」
宗一さんがくれた絆創膏はなにかと活躍してくれてる。男の子の膝に貼ってあげると、彼はようやく笑顔を見せてくれた。
「お兄ちゃん、ありがとー!」
手を振り、また走り去って行った。
こちらも手を振り返し、ゆっくり立ち上がる。
転んでもまたすぐ走り出せるところは、強くて羨ましい。
子どもとはそういうものなのかもしれない。痛い思いや苦い思いをしても、同じことを繰り返して大人に怒られる。
そういえば木に登ったらいけないって言われてたのに、小さい頃桑の実が食べたくて、よく裏庭の木に登っていた。
何度か落ちて擦りむいて、その度に兄に怒られたけど、それより甘いおやつが食べたくて懲りなかった。
やりたい事のためならリスクなんて考えない。子どもは存外強く、逞しい。
自分にもそんな時期があったんだ。思い出して少し可笑しくなる。宗一さんに言ったら、彼も笑ってくれるかな。
懐かしさに目を眇めて、あたたかい家に向かった。
「お。おかえり、白希。お邪魔してるよ」
「雅冬さん! お久しぶりです!」
家に帰ると珍しく宗一さんが先に帰っていた。奥にはスーツ姿の雅冬さんもいて、テーブルに書類を広げている。
「お仕事中ですか? お茶入れたら、俺は部屋に戻りますね」
手を洗ってダイニングへ向かうと、宗一さんは前で手を組み、にこやかに笑った。
「いや、新居の相談をしてたんだ。どうせ家を買うなら私がデザインした家に住みたいと思って」
「え!?」
中々ビッグなワードが飛び出し、その場で硬直する。それを見た雅冬さんは、露骨にため息をついた。
「まぁ、急がなくていいと思うぞ。せっかくここでの暮らしに馴染んできたのに、いきなり環境を変えたら白希も大変だろうし」
「確かにね。すぐじゃないから安心して、白希」
「あ、ありがとうございます」
彼と一緒なら最終的にはどこにだって行くし、後は経済的な事情さえクリアすれば何の心配もない。
でもまだバイトの契約期間があるし、それまではここにいたい。お茶を入れ直し、書類から離れた場所に二人のカップを置いた。
「白希は自然に囲まれた場所で生まれ育ったから、もう少し緑に近い場所に住むのもいいと思うんだ。どうかな?」
「お~……! 素敵ですね。お散歩するのに良い場所が多いと嬉しいです」
「そうだろう。部屋は何個欲しい? 郊外なら星も少し見えるだろうから、空が見えるよう天窓をつけるのもありだよね。もし白希が免許をとったら車も二台必要だし、駐車場は広めに、庭はイングリッシュガーデンのようにするのも」
「ストップ!! ディテールは後だ。まずは場所を決めてから」
雅冬さんは宗一さんの口に手を当て、頭が痛そうに座り直した。
「あのな、宗一。白希の為にあれこれ考えるのは本当に良いことだと思う。でも見える部分ばかりお金をかけるのは程々にな。白希は世間一般の金銭感覚をこれから知っていかなきゃいけないのに、お前が浪費したらめちゃくちゃになるだろ」
「妻にお金の苦労をかけさせたくないというのは、世間一般の感覚だろう?」
「いや、そうなんだけどさ……。お前は変なところでズレてるから心配なんだよ」
雅冬さんの心労は絶えないみたいだ。
何だかこちらまで申し訳なくなる。俺が無知だから困ることもたくさんあるわけで。
こういうことがある度、宗一さんの隣にいるのが不安になる。
「お恥ずかしいことに俺は家の相場とか全く分からないんですけど……今時給千円でバイトしてるので、千円は大金です」
恐る恐る言うと、宗一さんは誇らしげに何度も頷いた。
「うんうん。素晴らしい。白希はお金の大切さをよく分かってるね」
「お前が言うと説得力ないぞ。ていうか何、バイト!? 白希が!? すごいじゃないか!」
雅冬さんは驚いて立ち上がり、俺の頭を撫でてきた。
「あの白希が働いてるなんて……。うわぁ~、姪っ子が受験受かった時と同じぐらい嬉しい!」
「あはは、ありがとうございます」
自分が思ってる以上に心配させてしまってたみたいだ。でも喜んでる姿を見ると、こっちまで嬉しくなる。
「バイトはどう。大変?」
「ええ、働くこと自体初めてなので……でも店長も俺ができる仕事を振り分けてくださって、分からないことは丁寧に教えてくれるんです。本当に感謝しています」
「それは良かった。……辛いこともあるかもしれないけど、白希は一歩ずつ成長してるよ。今月二回目になるけど、本当におめでとう」
雅冬さんのお祝いの言葉を胸に刻み、恭しく頭を下げる。照れくさいけど、嬉しい。
「お……俺、夕食作ります! 雅冬さんも是非召し上がってください!」
「え、いいの?」
「もちろん! あ、宗一さん……」
慌てて振り返ると、宗一さんは少し笑って手を振った。
「私に訊く必要はないよ、白希。最初からずっと、ここは君の家なんだから」
優しい笑顔、優しい言葉。
……そうだ。夫婦とか、恋人とか意識する前から……彼はずっと、“ここにいていい”と言ってくれていた。
当たり前のように居場所をつくってくれた。
自身の不甲斐なさに揺れてる場合じゃない。最愛のひとに、俺は何があってもついていくんだ。




