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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
夫婦の契り

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56/99

#5



青年は文樹さんの頬をつつきながら尋ねる。

文樹さんはそれに対しなにか喋ってるけど、ろれつも回ってない為、代わりに答えた。

「バイトの飲み会の帰りなんですけど、気持ち悪くなってしまったみたいで……トイレにお連れしようと思ってたところなんです」

「ほんと? それでこんな顔真っ赤になってるんだ」

彼は長身を縮めるように前に屈み、文樹さんの火照った顔を覗き込んだ。

ちょっと距離が近いと思ったけど、仲が良いんだろう。見守ってると、彼は俺の肩から文樹さんを下ろし、代わりに腰を支えてくれた。


「友達が迷惑かけてごめんね。家近いし、こいつは俺が送り届けるよ」

「えっ。でも、急に大丈夫ですか?」

「平気平気。こいつの扱いは分かってるし……あ、心配なら連絡先交換する? 家に届けたら、君に連絡するよ」


友達なら大丈夫だと思ったけど……そういうものなのかと、とりあえず連絡先を交換した。SNSのアプリには、大我と表示されている。


見た目も名前もかっこいい人だ。

密かに思量しながらスマホを仕舞い、トイレへ行くか文樹さんに尋ねる。すると彼は無言で首を横に振った。今にも眠ってしまいそうで不安だ。早く家に帰してあげないと。

大我さんの方に向き直り、両手を前で揃えた。

「あの、……この前はすみませんでした。それと文樹さんのこと、宜しくお願いします」

「はは。オーケー、任せて」

彼は笑って手を振り、ちょうどきた電車に文樹さんを引っ張っていった。

そしてドアが閉まる前に振り返り、口角を上げる。

「じゃ。またね、白希君」

「は……い。……また」

ドアが閉まり、電車が発車する。ホームに残って、小さなため息をついた。


かっこよくて穏やかな人だったけど、ちょっと緊張した。

宗一さんとちょっと似てる。洗練されて、隙がない感じ。


でもそれだけじゃない。この胸がざわざわする感じ、何なんだろう。

正体不明の思考に揺れていると、ちょうど宗一さんから着信があった。

『白希、遅いけど大丈夫? 今から迎えに行こうか?』

どうやら心配して掛けてきてくれたらしい。遅いと言ってもまだ二十一時前なので、笑いながら答える。

「すみません、今から帰るので大丈夫ですよ。なにか買って帰りましょうか?」

尋ねると、彼は大丈夫と言い、とにかく夜道に気をつけるよう言い聞かせてきた。宥めつつ電話を切り、反対側にきた電車に乗り込む。


文樹さんはべろべろで歩くのも大変そうだったし、大我さんには悪いことしちゃったな……。


ドアの近くに立ち、スマホをポケットに仕舞う。

飲んでないのに、ずっとお酒や煙草の香りを嗅いでいたせいか頭がふわふわしている。

ちょっと不思議なのは、また手のひらがビリビリと痺れていることだった。




「白希! この前はマジでごめん!!」

翌週の出勤日、文樹さんは開口一番申し訳なさそうに両手を合わせた。シフトが中々被らない為飲み会から日が空いてしまったが、元気そうな彼を見てほっとする。

「俺居酒屋出てから記憶があんまりなくてさ……もしかして、お前に何かした?」

「いいえ、何も。どうしてですか?」

「いや、何か大我にめちゃくちゃしぼられたからさ……」

彼はバツが悪そうに頭をかいた。大我さんと何処で会ったのかも覚えていないようだったので、順を追って説明会する。

「本当は俺が文樹さんを家まで送ろうと思ったんですけど、大我さんが代わりに引き受けてくださったんですよ。帰ってから連絡もきたので、安心しました」

「へー、あいつが連絡先教えたの。意外」

「意外なんですか?」

「いや、あいつああ見えてガード固いっていうか……警戒心強くて、大学の奴らにも絶対連絡先教えないからさ」

それは、こちらとしても意外だ。社交的で、自分からぐいぐいいきそうに見えるのに。


「まぁ、白希ってゆるキャラだからな。あいつも多分、静かなタイプが好きなんだよ。普段は陽キャぶってるだけで」


ゆるキャラとか陽キャとか、不思議な単語がたくさん出てきたけど、とりあえず頷いた。

「で、次の日俺はあいつに怒られたわけよ。白希君に迷惑かけるな! って。二日酔いでまだ絶不調のときに」

「そうだったんですか……俺は全然迷惑じゃないのに、申し訳ないことをしてしまいましたね……」

文樹さんのエプロンの紐が解けていた為、さりげなく後ろに回って結び直す。すると代わりに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。


「んーん。俺は反省してる。ごめん」

「そんな、大したことありませんよ。無事に帰れて本当に良かったです」


笑って返すと、彼は少しむくれながら丸椅子に座った。

「……本当は俺がお前を家まで送ろうと思ったんだよ。お前電車よく乗り間違えるし、なにかと危ないから」

そう言われて、ようやく彼の気持ちに気付いた。負い目を感じているのは自分が泥酔したことじゃなくて、……俺のことが心配だったのだと。


「同い年なのに……いつもご心配をおかけして、本当にごめんなさい」


でも、嬉しい。バカ正直にそう零した。

「俺、文樹さんに会えて良かったです。文樹さんがいなかったらこうして働けてないし、家にひきこもってたと思います。友達で、先輩で、先生みたいな存在です」

「先生て」

文樹さんは可笑しそうに肩を揺らした。でもすぐに口端を引き結び、勢いよく立ち上がる。


「結婚に関しちゃお前の方が先輩だけど。分かんないことがあったら何でも聞けよ。何かあってもお前だけは、特別に教えてやる」

「はい。ありがとうございます!」


本当に、俺は人に恵まれている。

こんなに優しい人と出会えたことに感謝しなくちゃ。


更衣室に入って業務開始まで雑談をしてると、境江さんがやってきた。

「おー、文樹。来月のシフト表、何点か変更あるから確認しといてな」

「はーい。お?」

シフト表を渡された文樹さんは、紙を自身の顔すれすれまで近付ける。目は悪くないはずなのに、どうしたんだろう。

心配してると、突然背中を叩かれた。

「白希! お前苗字変わってるじゃん!」

「あ、そうなんです。お伝えするのが遅れてすみません」

名義を変更したものの、店長に伝えるのも遅れてしまった。でも新しいシフトからは、晴れて苗字は“水崎”となる。


「水崎白希って、ちょっと言い難いな」

「あはは、そうかもしれません」


か行が二回くると、はきはき喋らなきゃいけない気になる。あくまで勝手なイメージだけど、電話の際は意識しようと思った。

「でも白希君の印象は変わらないよ。爽やかな感じじゃん?」

「まぁ、そッスね。俺白希の旦那さんに会ってみたいな~」

「本当ですか!? 宗一さんも喜ぶと思います! 話してみますね!」

にっこり微笑むと、彼らは眩しそうに顔を手で覆った。


「やばい……白希君から幸せオーラが溢れ出てる」

「俺も。何か後光がさして見えます」


何故か分からないけど、彼らは急にぐったりしてしまった。

またまずいことを言ってしまったかと、慌てて二人に珈琲をいれた。結果的に「お前が幸せならそれでいい」と言われ、困惑しながらバイトを終えた。


帰り道、自転車の邪魔にならないよう端を歩く。

夕暮れの空を見上げながら、ゆったりと前を歩いた。


結婚後に必要な手続きも何とか終えたし、何もかも順調に回ってる。

順調過ぎて怖いぐらい。だから、何か良くないことが起きるような不安に駆られている。


神様が本当にいたとして、欲しいものばかりくれるはずがないから。


「白希君?」


清流のような、澄んだ声が鼓膜に届く。

「あ。こ、こんばんは!」

顔を上げると、そこには先週ぶりの大我さんがいた。彼は耳からイヤホンを外し、こちらに歩いてくる。

「久しぶり。家この辺なの?」

「はい。大我さんは?」

「俺は、知り合いの家に遊び行ってた帰りなんだ。後、この前はありがとね。文樹は酒弱いくせに飲み過ぎるんだ」

砕けた調子で話す彼に、自然と力が抜けた。やっぱりフレンドリーだ。文樹さんの話とは違い、彼からは警戒心なんて全然感じない。

文樹さんを送ってくれたことに改めてお礼を言い、駅に向かって歩く。

道中、質問攻めにあった。

他愛のないことから、出身地や今の生活に至るまで。軽く半生を語ってしまうところだったけど、宗一さんのレッスンのおかげもあり、ある程度嘘も織り交ぜて誤魔化した。


申し訳ないけど、あまり本当のことは言えないもんな。実家は燃えて、家族は皆行方不明なんて。


それなのに自分は安全圏に逃げ、不自由ない生活をして、好きな人と結婚までしてしまった。……何も知らない人からしたら疑問符しか浮かばないだろう。家族が大変な時に、一体何をしてるのだと。


俺が幸せになってはいけない理由は、それも関係がある。


「ええ、新婚なんだ! おめでとう!」

「ありがとうございます」


宗一さんのことは伏せて話すと、彼は驚きつつも拍手してくれた。結婚相手が同性であることを告げると、今どき珍しくないよ、と答えた。

「羨ましいな。……随分楽しそうに生きてて」

「え?」

突然手のひらがひりひり痛んで、違和感に足を止めた。

それと並行し、重たいなにかが蠢く。

妙な焦りを覚えたけど、その空気は長く続かず、大我さんの軽快な着信によって掻き消された。


「あっ、ごめん! また呼び出されてるのかも……白希君、俺ちょっと電話しないとだから、またね。気をつけて!」

「は、はい。すみません、失礼します」




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