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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
夫婦の契り

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55/99

#4



食事の後は、少しだけ外を散歩することになった。


手を繋ぎながら、ライトアップされた街路樹を眺める。平日だけど、デート中らしいカップルをたくさん見かけた。

「はああ。お腹いっぱいで幸せです。料理も綺麗で美味しいし。ご馳走様でした……!」

「あはは、それは良かった」

上機嫌でスキップしていたけど、冷たい風が吹いた瞬間クシャミしてしまった。宗一さんは心配して、肩にかけていたストールを俺の首に巻いてくれた。

「宗一さんも寒いでしょう。大丈夫ですよ!」

「私は平気さ。それより君に風邪をひいてほしくない」

そう言う彼の手は、やっぱり冷たい。

いつも気を遣ってもらってばかりだ。夫婦になったとはいえ、俺と彼の関係は全然変わらない。


……。


レンガ調の石畳を踏みしめながら、彼の手をちょっとだけ強く握った。


「あれ。あったかい」


掌に感じる熱に、宗一はまばたきを繰り返す。白希に触れてる掌だけでなく、全身が適度な熱に包まれているようだった。


「俺達の周りだけ……ちょっと温かくしてみました」

「え、そんなことできるの?」

「短い間なら、意識的にできます。でも気を抜いたら熱くなり過ぎちゃうので、集中が必要です」


それとやはり、温度を下げることはできない。だから彼の役に立てるのは冬の間だけだ。

物質の温度変化と違い、空気中を温かくするのは繊細な技術が求められる。正直、前を歩くだけで精一杯。

結構体力も使う。でもこれぐらい何てことはない。

こんな幸せな苦しみはない。

以前はこんな使い方を試そうとも思わなかった。誰かを傷つけてしまうことが怖くて、この力の全てを拒絶していた。


でもこの力も、俺を形づくる大事な一部分なんだ。

なら突き放すのではなく、むしろ抱き留めよう。二十年近く付き合ってきたんだから、そろそろ打ち解けられてもいいはずだ。


「電熱毛布でも被ってるみたいな温かさだなぁ。適温が上手になったね」

「本当ですか?」


褒められたことが嬉しくて、思わず力みそうになる。慌てて平静を取り戻し、宗一さんの周りに神経を集中させる。

「冬の間は、宗一さんに寒い思いなんてさせません」

ストールをぎゅっと握り締め、踵をしっかり地につける。

「ありがとう。ちなみに夏は?」

「夏は~……が、頑張ります。何故か低温はからっきしなので……」

嫌な汗をかきながら答えると、彼は上品に笑った。


「白希の力は未知数だね。まだまだ研究の余地がありそうだ。興味深くて、私は好きだよ」


宗一さんは相変わらずの寛容さだ。俺は考えるのが苦手だから、もう少しシンプルでもいいぐらいなんだけど……。


熱して冷ます。たったそれだけのことだけど、絶妙な力加減が必要で、対象物によっても働きかける範囲が変わってくる。

完全に操作できないと損しかない力だ。

でも、そんな力すら好きだと言ってくれる人がいる。

だから俺も、この力とちゃんと向き合ってみようと思った。


「駐車場までは安心してくださいね」

「お~、白希は頼もしいなぁ」


二人でふざけ合いながら、白い光に照らされる道を歩いた。体だけでなく、心も温かい。彼も同じなら良いな、なんて思った。




時間は緩やかに流れる。心配事や気になることは山ほどあるけど、今は初めてのバイトに神経を注いで、少しでも社会を知ろうと必死だった。

文樹さんとはバイトを介しながら、同い年の友人として何度も遊んだ。時々大学の友人や、女の子を誘ってくるから緊張したけど、これも“人付き合い”の勉強だと言われ、その都度頷いていた。


「何っ……百回も言ってるけど、堂々としてみ? この世界は俺の為にある! 俺に楯突く奴はひとり残らず地獄に落とす! ……ぐらいに思えば、怖いもんなんてなくなるんだよ」

「じ、地獄はさすがにまずいですよ……」


ある日の夕方、バイトが終わった白希は文樹と一緒に近くの居酒屋にいた。

バイトの青年の送別会として店長の境江が手配したのだが、肝心の青年は一杯で満足し、早々に帰ってしまった。原因は、少し心当たりがある。

「まぁまぁ、白希はこの控えめなところが良いんじゃないの。ぶっちゃけお前みたいに生意気だったら採用してないよ!」

「あ! 今のは問題発言じゃないですか!? くっそ録音しとけば良かった!」

「お二人とも、ちょっと声大きいですよ……もう少し控えましょ」

困ったことに、文樹さんと境江さんはお酒が入るとかなり騒がしくなるタイプだった。他にも二人社員の方がいたんだけど、「白希くん後はよろしく」と言ってそそくさと帰ってしまった。


周りの席のグループもわりと騒ぐ人達みたいで、ここだけが浮かないのが救いだ。店員さんにお水を頼み、二人に飲むよう促す。

ところが、普段の鬱憤が溜まってるらしい彼らは次のお酒を注文してしまう。


「白希は素直だし、本当に良い子だよ。……はぁ、こんなウブっぽい子が旦那さんと毎晩過ごしてんのかと思うと、何かちょっと複雑な気持ちになる」

「うっわ。今度はセクハラ発言ですか。怖すぎるから俺も白希も来月辞めます」

「冗談だってぇ……うぅ……っ」


境江さんは嗚咽して、テーブルに突っ伏してしまった。どうも先月長年付き合った彼女さんと別れたらしく、傷がまだ癒えてないのだろう。

「さっきの発言はガチめに引いた。見ろよ、鳥肌立ってる」

袖をめくって話す文樹さんに、「まぁまぁ」としか言えない。何かもう色々カオスだ。


「境江さんもこの様子ですし、もうお開きにしましょうか?」

「お~、そうだな……。つうか白希、お前まだ一杯も飲んでないじゃん。マジでいいの? ま、会計は店長が持ってくれるだろうけど」

「大丈夫です。宗一さんにお酒はまだ飲まないように言われてるので」

「いやー、愛されてんなぁ。じゃ、そろそろ行くか」


お金を出そうとしたものの境江さんに財布ごと押し返されて店を出た。正直ひとりで帰れるのか心配になったけど、文樹さんは大丈夫だろと言い、俺の腕を引っ張っていった。

地下鉄のホームに降り、ちょっとフラフラしてる文樹さんの腕を支える。

「うぇ……やばい、気持ち悪くなってきた」

「え! 大丈夫ですか!? トイレ行きます!?」

トイレはエスカレーターに乗って上に戻らないとなかった気がする。もしここで文樹さんが注目を浴びるようなことになったら、祖母のきみ子さんに申し訳が立たない。

彼の肩を押さえてどうしようか迷ってると、真後ろから高い声が聞こえた。


「あれ、文樹?」

「ん……大我」


顔を上げた文樹さんは、虚ろな瞳で呟いた。

知り合いだろうか。振り返って確認すると、そこにいたのは以前図書館のカフェで話した青年だった。

「あっ! あの時の……」

店員さん。

コーヒーを床にぶちまけてしまった時の記憶が蘇り、一気に青くなる。彼はカフェにいた時より派手な格好で、不思議そうに首を傾げた。


「余川白希……」

「え?」


自分の名を呼ばれ、思わず後ずさる。

彼とは本当に少し話しただけだ。

何で俺の名前を……。警戒をあらわにしていると、文樹さんが顔を上げた。


「あれ、何で白希のこと知ってんの」

「ん? ……前に何か話してたじゃん。女の子みたいに可愛い男の子って、この子のことじゃないの?」

「あー……大我に話したっけ……? ごめん、白希。こいつ俺の……大学の友達」


文樹さんは頭が痛そうに首を捻っている。正直、彼は今酩酊しているから……話に齟齬が生じても気付かないかもしれない。

友人に話すとしても、フルネームで話すだろうか。そしてそれを覚えてたりするだろうか。


微かな違和感が重なりつつも、彼のひと言でそれらの思考は掻き消されてしまった。


「ていうか、何してんの? こんな所で抱き合って……お前らめちゃくちゃ見られてるぞ」




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