#1
翌日は宗一さんのお母様の言う通りになった。
宗一さんは出社を遅らせ、役所に婚姻届を提出した。何度も見直しはしたけどやっぱり緊張するもので、俺は口からなにか色々出そうになった。
でもそんな不安は杞憂で、漏れもなく、無事に受理される運びになった。
これで本当に……夫婦になっちゃったんだ。
同じく無理やり出社を遅らせられた雅冬さんが立ち会い、ほっとしたように拍手してくれた。
「いやー、一時はどうなることかと思ったけど、おめでとう白希。と、宗一様も」
「ありがとうございます、雅冬さん!」
「一時って何のことかな? 私達は何一つ問題なく、仲睦まじく暮らしていたけど」
「まあまあ宗一さん! 素直に喜びましょう! ね!?」
不可解そうに眉根を寄せる宗一を必死に宥め、白希はキャップをとった。
「それもそうか。今ぐらいは惚気けてもいいよね?」
「あ~、いいけど周りに迷惑かけないようにお願いします」
雅冬さんがめんどくさそうに答えると、めげない宗一さんは俺の方を向いて両手を広げた。
「おいで、白希。これからは夫婦として、よろしく」
「……っ!」
俺も……人目も憚らずにアホだと思われると確信したけど、彼の胸の中に飛び込んだ。
「こちらこそ、宜しくお願いします……!」
雅冬は無音カメラで二人の抱擁の写真を撮り、苦笑しながらポケットに仕舞った。
「雅冬、今の写真後で送ってくれ」
「どうしようかなー。次のボーナス上げてくれたら送るかも」
「仕方ないな。まぁもう二年になるし、上に掛け合ってみるよ」
「よっしゃ。ま、冗談はさておき……おめでとう。俺からしたら絶滅危惧種に近い夫婦だけど」
彼の言葉を受け、宗一さんと顔を見合せて笑った。
本当に、こんな普通じゃない夫婦はどこを捜してもいないだろう。人にはない力を持って生まれた俺達は、これからも力を隠して生きていく。
「じゃあ、私達はこのまま会社に行く。白希は?」
「あ、俺は用事があるので……夜になる前には帰ります。お二人とも、お気をつけて」
お辞儀すると、雅冬さんは心配そうに眉を下げて笑った。
「初めて会った時はひとりで外を歩かせられないと思ったのに……何だか早くも大人になったみたいで感慨深いな。宗一も、恋人っていうよりバカ親みたいだったし」
「君、ボーナス上げてほしいんじゃなかったのかい? ……とにかく白希、気をつけてね。変な人についてったら駄目だよ」
「あはは。はい!」
二人と別れ、役所を出る。太陽は今日もカンカン照りだ。
また世界ががらりと変わった。
俺の世界だった人と、家族になった。
人生何が起きるか分からない。というのは、本当にその通りだ。現実は小説よりも奇なり。
人に迷惑をかけるだけだった俺が、新しい居場所を手に入れ、大切な人と生きることになった。
どうしよう。上手く言葉にできないけど、この場で叫びたいぐらい嬉しい。
通り過ぎる人達を横目に、少し軽い足取りで先を歩いた。
「お。白希、こっちこっち」
その日の昼過ぎ、白希は駅ビル前の広場に来ていた。待ち合わせをしていた相手は白希の姿を認めると、背伸びして手招きした。
「文樹さん。おつかれさまです」
「おつかれ。婚姻届出してきたの?」
「はい!」
「わ、じゃあマジで奥さんじゃん。いや、旦那? 分からないけど、おめでとう」
勇気を振り絞り、彼には結婚相手が同性だということを話しておいた。やっぱり驚いていたけど、良いじゃんと笑って受け入れてくれた。彼も本当におおらかで優しい青年だ。
「あは……、ありがとうございます」
祝福の言葉をくれたのは、カフェで話した日以来の文樹さんだ。今日は大学は昼までで、午後は時間が空いてるから遊ばないかと誘われた。
「緊張した?」
「ええ、さすがに。でも無事に受け取ってもらえて良かったです。俺は学がないから、難しいことは全然分からないので」
「それは関係ないっしょ。勉強できんのと、人間的に賢いかどうかは別モンだからさ」
文樹さんはポケットに手を入れ、淡々と答えた。彼は同い年だけど物事を達観していて、人生経験が豊富そうだ。彼から学ぶことはたくさんありそう……。
「それに白希って、何かすごい大事に育てられてそうだし。多少天然でも周りは許してくれるって」
「……」
大事に育てられて……。
思ってもなかったことを言われ、すぐには答えられなかった。
確かに、そう思われるような見た目と中身をしてる。頼りなくて常に自信なさげで、世間知らず。
納屋に入れられていたのも、別の視点から見れば匿われていたようなものだ。
俺は家族から守られていた……?
深い底なし沼のような思考に落ちていた時、急に頬をつつかれた。
「どした、ぼーっとして。転ぶなよ?」
「は、はい。すみません」
「いいけど……そういえば何で敬語? タメなんだし、普通に喋れば」
「はぁ。……すみません、癖みたいなもので」
不安にさせない程度に、身の上のことを話した。仕来りに厳しい家だった為どうしても所作を気にしてしまうこと。新しいものを避ける村だった為、最新のものにはとことん疎いこと。
宗一さんとは、同じ村の出身で知り合いだった為、何度も会ううちに恋仲になった、ということにした。
「へ~。それで、村から飛び出してきたんだ。すご、何かドラマみたい」
「何もすごくないですよ。俺は何もしてませんし……助けてもらってばかりなので、彼には恩返しもしたいんです」
微笑んで返すと、彼は少し目を丸くし、それから首を傾げた。
「やっぱり、お前ってちょっと変わってるな。あ、褒めてんだよ。なんつうか、あまりいないタイプ」
「で、ですよね。俺もそう思います」
頷いていると、今度は額をぐりぐり押された。
「だからさ、もっと堂々としろよ。謙虚が服着て歩いてるみたい。お前の人生なんだから、俺ってすごいだろ、ぐらいに思っていーんだよ」
「ええっ。それは難しいです。俺は得意なことなんて何もないし」
「高収入の旦那手に入れてる時点で勝ち組だよ! 俺なんてこれから就活しなきゃいけないんだぜ?」
カフェで大きなフラペチーノを買い、二人で街中を歩いた。
彼の話を聴いていて思ったのは、大学生は本当に大変なんだということ。行ってないからちゃんとは想像できないけど、課題にバイトにサークルもやってると、寝る時間なんてほとんどないという。
「何もお力になれず心苦しいんですけど、寝てくださいね。睡眠不足は体と心に大きな不調をきたします。俺も毎日死にたいと思ってたんですけど、寝る時間だけはたくさんあったから今日まで生き永らえることができたんです」
「お、おう、ありがと。何かお前も大変なんだな……」
その後は初めてのゲーセンやボウリングに連れて行ってもらった。正直全て惨敗というか、何一つちゃんとできなかったけど、文樹さんは優しく笑ってくれた。
「マジでこういうの初めてなんだ? 何か逆に教え甲斐があっていいよ。次はカラオケ行こ! おすすめの歌教えてやるから」
「わ、わあ……ありがとうございます」
同年代の体力についてけない。服を見たり、アクセサリーを見たりもしたけど、とにかく移動が大変だ。
でもこれが文樹さんのストレス発散にも繋がるなら良いか……。
カラオケではとにかく聞き手に徹し、タンバリンとマラカスでリズムをとった。
「……思ったんだけど、歌聞かないわりにリズム感良いじゃん」
「あ、琴とお囃子の篠笛はちょっとやっていましたので……」
「ほ~……。そうだ、じゃあ最後にもう一個行こう!」
ひええ。まだ行くのか。
でも楽しそうな彼にノーと言う気にもなれず、産まれたての小鹿のような足取りでついていった。
連れられたのは、駅から五分ほどの商業ビル。そこの五階に、何とも魅力的なお店が入っていた。
「俺のバイト先。どう? 和楽器と違うけど、面白そうなのいっぱいあるだろ?」
「うわああ……はい! すごい……!」
入り口からたくさんの電子ピアノが並んでいる。アコギやエレキギターが壁にディスプレイされ、ショーケースには美しい管楽器が飾られていた。
楽器屋というのは初めて来たけど、興奮間違いなしの素晴らしい世界だった。




