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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
火照る席

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#7



キャップに限らず、彼から贈られたものは全て大事な宝物だ。それを守る為なら、どんな目に遭ってもいい。

ぐっと拳を握ると、宗一さんは朗らかに微笑んだ。

「……ありがとう。でも、犠牲的になるのはやめてくれ。私は君さえ無事なら他は何もいらない」

逆に言えば、君になにかあったら冷静ではいられない、と話した。


それはわかる。俺も同じだからだ。

他の何が無事でも、宗一さんになにかあったら……どうにかなってしまうんじゃないか。

想像したら恐ろしくて、背筋がぞくっとした。外は温かいのに、鳥肌が立つ。パーカーの袖を伸ばしていると、また手招きされた。

「そろそろ行こうか。おいで」

「は、はい」

差し出された手をとり、白のアコードに乗り込む。シートベルトをつけると、横からサイダーを渡された。

「飲みな。少しは楽になるかも」

「わわ、ありがとうございます」

冷たくてしゅわしゅわしたものを喉に流し込むと、一気に目が覚めた。頭がスカっとして、気分もよくなる。

乗り物酔いしていたことはとっくにバレてたみたいだ。感謝と申し訳なさを抱えながら、宗一さんの長い指に視線を向けた。


綺麗な指だ。甲は男の人らしく、ごつごつと骨ばっているけど、爪の辺りは傷一つなく見惚れてしまう。

昨夜はあの手で触られたんだ。思い出したらまた恥ずかしくなって、なるべく窓の方を向いた。

万が一顔が赤くなってたら恥ずかしい。首が痛くなるぐらい窓の外を見ていると、やがて高速から下り、下道に入った。

「白希、ちょっと目を閉じて」

「えっ。あ、はい」

突然声をかけられ、反射的に瞼を伏せる。

何だろう。訳が分からぬまま待っていると、「左の方を見て」と言われた。

どきどきしながらゆっくり目を開ける。と同時に飛び込んだ景色に、思わず声を出してしまった。


「わあぁ!」


どこまでも広がる水平線。身を乗り出しても端っこが見えない、深くて鮮やかな青の世界。大きな車道の横には、テレビでしか見たことがない海があった。

「海だ! すごい!」

下手したら東京に来た時より興奮している。太陽に照らされた部分はきらきらと白んで、光の粒を散らしている。青一色に染まっているのに、空と海の境界ははっきり分かる。山しか見たことのない白希にとって、別世界とも言える景色だった。


「海を見るの、初めてです!」

「ふふ、そうだと思ってね。まだ春にもならないけど連れてきちゃった。初めて見た感想は?」

「最高です!」


窓に手を当て、目の前に広がる景色に目を輝かせる。

なんて綺麗なんだろう。

地球の七十パーセントは海で占められてる。知識では知っていたけど、いまいちピンとこなかった。でも今なら少しイメージできる。

驚き過ぎて上手く言えないけど、本当にすごい。単純なもので、さっき起きたことなんて全て吹き飛んでしまった。


「せっかくだから海沿いを歩こう」


少し先に行ったパーキングエリアに停め、二人で外へ出た。お店が並ぶ道を抜け、砂浜に出る。さすがに海沿いは肌寒いけど、同じように散歩している人はたくさんいた。

「気持ちいい~!」

潮風を全身に受け、思わず両手を広げる。打ち寄せる波の音も、ずっと聞いていたいと思った。

「宗一さん、もっとギリギリまで近付いていいですかっ?」

「あはは。良いけど、靴がぬれないように気をつけてね。それとも、冷たいけど裸足になってみる?」

「うーん……」

周りを見渡してみたけど、裸足になってる人はいない。ちょっと興味はあるけど、ぐっと堪えた。

「今回はやめときます……! でも手だけ」

下に屈んで、波に手を伸ばす。初めて触れた海水は冷たくて、潮のにおいが一緒に流れてきた。


「これが海の臭いなんですね」

「そうだね。でも、場所によって全然違うんだ。東京の海は塩辛いけど、西の方は潮の香りなんて全然しないし、もっと透き通ってる所もある。いつかそこにも一緒に行こう」


あくまで想像になってしまうけど、これ以上に綺麗な海があるという。まだまだ知らないことばかりで、何だか無性に色々勉強したくなった。こんなすごいものを知らなかったことも悔しいし、もっともっと素晴らしい景色を見てみたい。


「海って良いよね。私は山も好きだけど、雄大な自然は全てを忘れさせてくれる。ありがちな例えだけど、自分の悩みが小さく感じるよ」

「確かに……この大きな海を見てると、そもそも自分のことを忘れてしまいます。自分が何者で、何をして生きていたのか……とか」


人に誇れない自分も、大事なものを守った自分も、まっさらにしてしまう。それほど大きな力を持った存在。それが自然。

何となく分かってる気になっていたけど、実は全然理解できてなかったんだ。俺の力も、結局は自然に働きかけるものなのに。


「宗一さん。俺、“最高”が毎日更新されていくんです」


風に揺れる髪を押さえながら、ぬれた手を軽く振る。

感動が更新されていく。辛いことや悲しいことは常に心の奥底に眠っているけど、確かに埋もれていってる。

素晴らしい景色と大切な人がいるから。


「全部貴方のおかげです」


この希望と光が、俺の生きる意味だ。

振り返って笑いかけると、彼はひと呼吸置いて一歩踏み出した。


一瞬だけ視界が奪われる。……唇も一緒に。


「嬉しいけど、その台詞そっくりそのまま返すよ」


宗一さんはコートを脱ぎ、俺の肩にかけた。

「見慣れた景色も、君がいると二倍煌びやかに見える。美しい景色なら尚さらだ。……本当に、息をするのが気持ちいい」




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