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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
火照る席

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#5



いつも通りの朝と言うには、まだ少し戸惑いがある。

でも自分を取り巻く環境は確実に変化していた。ふかふかの枕、純白の天井、あたたかい手が、少しずつ身近なものに変わっていく感覚。

大好きな人の寝息と、温もり。これを感じ取れることが一番大きい。


「……っと」


隣で寝ている宗一さんを起こさないよう、そっと布団から這い出る。

無事に脱出成功したが、全裸の為、急いで端に寄せていた寝巻きを羽織った。最中は気持ちが舞い上がってるからいいけど、翌朝の背徳感は言葉にできない。


昨夜は、色んな意味で過去一濃かった……。

顔を洗い、軽くリビングの換気をする。服も着替えて、珈琲の準備をした。

合間に掃除をしながら、テレビをつけて朝のニュースに流す。

パンをトースターに入れたところで、眠そうな宗一さんが起きてきた。

「おはよう、白希」

「おはようございます!」

近くまで寄ると、彼は薄目を開けて微笑んだ。


「白希は朝が強いね。私はまだ眠たいよ」

「俺は毎日そんなに動いてませんから。……眠かったら、もう少し寝ますか?」


今日は宗一の貴重な休日だ。休みの日ぐらい遅くまで寝てたいかもしれない。首を傾げて尋ねると、彼はトースターのタイマーをセットした。

「いいや。せっかく一日君と過ごせるんだし、もったいないから起きてる」

「あはは。ありがとうございます」

本当に眠そうだったけど、朝食にし、珈琲を飲むといつもの甘い彼に戻った。


「ふぅ! 白希、今日はどうする? 行きたいところとかはない?」

「行きたいところですか? いえ、特に……」


食器の片付けや洗濯を終え、ソファで寛いでると彼は物言いたげな表情を浮かべた。というか、もう隠しもせず堂々と言い放った。


「何にもないかい? 例えば結婚式場を見に行きたいとか、夫婦生活を始める為の新居を探したいとか」


危うくお茶を吹き出すところだった。いや、気持ちは分からなくもないけど。

「宗一さん、その……それはゆっくり探しましょう。身辺整理も大事だけど、まず宗一さんのご両親にご挨拶もしてないし」

「それは何ら問題ないよ。もう了承は得てる。相手が君ということも既に伝えてある」

「えっ? でも、前は俺とあまり関わらない方が良いって仰っていたんじゃ」

宗一さんのお父様は、春日美村そのものを嫌っている。村の出身である自分が一人息子と結婚なんて、猛反対するとしか思えないけど。


「あくまで愛想をつかしてるのは村に対して。父も私と同じ考えなんだよ。君はあの村の仕来りで幽閉された、ただの被害者だ」


わずかに語尾を強め、宗一さんは腰を浮かした。

「子どもに関しては、どうしてもと言うなら養子をとるということで承諾した。いいかな?」

「子ども……? 俺自身、まだ大人とも言いきれないのに……子どもなんて育てられますかね……?」

青ざめながら呟く白希に、宗一は楽天的に笑ってみせた。

「それこそずっと未来の話さ。私もまだそこまで考えてないし、考えられない。それより君とどこへ遊びに行こうか、……そればかり考えてる」

「……」

下から長駆を見上げ、透き通った声に耳を傾ける。

何でこの人の話は、無意識に聞き入ってしまうんだろう。


突破な話ばかり飛び出すのに、夢中で姿を追いかけてる。いつだって数歩先の位置で、自分を引っ張ってくれる。


「俺も、まずは宗一さんと過ごす時間を大事にしたいです。特別な場所に行かなくていいから、この幸せな日常に浸っていたい」


遠慮がちに答えると、少々強めに頭を撫でられた。

「はぁ~。白希は本当に謙虚だねえ。……でも、それぐらい今の生活を気に入ってくれてる。って風に受け取っていいのかな?」

「はい。もうこの上なく」

彼の目を見て、即答した。跳ねた髪を丁寧になおしながら、宗一さんは俺の手をとり、自分の方へ引っ張った。

「光栄だ。……そうそう、話は変わるけど、ひとつ見せたいものがあった」

おいで、と手招きされ、普段はあまり入らない書斎へお邪魔する。

整頓された本棚が並ぶ中、妙に長い薄型の箱が置かれていた。


「これは?」

「君のものだよ。開けてみて」


戸惑いはしたが、ゆっくり蓋を開けてみる。そこには、見覚えのある紅色の羽織りが入っていた。

「こ、これ……てっきり燃えたと思ってました! 一緒に持ってきてくださったんですか?」

「そう。確かに少し傷んでしまったから、補修してもらってたんだ。一昨日受け取ったんだけど、君に伝えるのを忘れてた」

「ありがとうございます……! 触ってもいいですか?」

「もちろん。君のなんだから」

優しい笑顔を受け、頭を下げながら羽織りに触れる。

まるで太陽の下にあるように、美しく輝く生地。間違いなく、あの家で祖母から譲り受けたものだ。


「補修費すごかったでしょう。申し訳ありません……」

「それはいいから。いや、毎回気にしてくれるのは嬉しいんだけどね。これが唯一持ち出せた君のものだから、何とか直そうと思ったんだ」


立ち上がり、羽織りを持った白希に、宗一は耳元で囁く。

「良かったら、これを着て舞ってみてくれない?」

「ええ!? いえ、それはちょっと……」

「恥ずかしがらなくてもいいだろう? 昔は祭事の度にやってたじゃないか」

「あれは仕方なく……というか宗一さん、もしかして俺の演目を見たことあるんですか?」

途端に背筋がひやっとした。

もうずっと昔のことだけど、村の伝統舞踊を継承する為祭りごとでは人前で舞踊する機会も多々あった。その時は大勢の村人が見に来ていたし、自分が気付かなかっただけで宗一さんもいたのかもしれない。


怖々返答を待ってると、彼はわざとらしく肩を竦めた。

「いいや。ちゃんとは見たことない」

「ちゃんと、ってことは、ちょっとは見たことあるんですね?」

「さぁ、どうだろ。なにぶん昔のことだからね」

彼はすっとぼけているが、これは間違いなく見ている。


初めて会った日から初対面らしかぬ言動をしていたのは、このせいだ。俺は宗一さんの姿を見たことはないけど、宗一さんは俺をどこかで見ていたんだ。




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