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熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。  作者: 七賀ごふん
植え替え

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32/99

#4



「せっかく白希様の前では温厚篤実を心掛けてたのに……結局お前のペースに狂わされる」

「まぁまぁ。きっと空腹で気が立ってるのさ。先に軽いものを用意しよう」

宗一はキッチンへ入り、冷蔵庫から作り置きのタッパーを取り出した。タイマーとにらめっこしている白希の頬にキスをし、空いたスペースで三人分の小皿を用意する。


「私も、自分が過保護だということはちゃんと気付いてる。とは言え白希は狙われやすいんだ。良い子な上、困ったことに容姿まで良いからね……最近は日中も変質者が現れるし、私がいない時になにかあったら大変だろう? 誰が白希を守るのか、という話だ」

「人が多いところなら大丈夫だろう。やたら白希様の見た目について話すが、俺からしたらお前が一番彼を変質者の目線で見てると思うぞ」

「全く人聞きが悪い。白希、聞かなくていいよ」


宗一さんが隣でなにか言ってるけど、時間を見るのに必死でそれどころじゃない。出汁もいれたし、後は的確な時間に火を止められたら完成だ。


「とにかく。ニュースでも取り上げられなくなったし、そろそろ大丈夫のはずだ。彼を自由に行動させよう。でないといつまで経っても籠の鳥だ。その苦しみはお前も分かるだろう?」

「もちろん」


キッチンから戻り、トレイごと小皿を置く。テーブルに手をつき、宗一は真岡を見下ろした。


「束縛してくる人間に囲まれて育ったからね。私や白希はお家存続に欠かせない強力な道具なんだよ。但し己で制御できなければ、途端に爆弾扱いされる」


抑揚のない声には、確かな重圧が感じられる。真岡は常に守っていた一線に足を踏み入れてしまったことに気付いた。


「そして結局、私も彼らと同じ血が流れてる」

「そう……いう意味じゃ」


真岡が苦しそうに顔を歪めたとき、鍋を持った白希がやってきた。こちらの会話などつゆ知らず、笑顔で鍋の蓋を開ける。

「お待たせしました! 簡単なものですけど、召し上がってください」

「白希、重い物を運ぶ時は私に言いなさい。怪我したら大変だろう」

宗一は終始はらはらして、白希の様子を傍で眺めてる。

そういうところが過保護だと言ってるのだが……真岡は半ば諦めモードでため息をついた。


「お二人ともお疲れ様です。さ、熱いうちにどうぞ」


白希が作ったのは和風出汁のミルフィーユ鍋だ。柚子胡椒と一緒に食べると、またアクセントになって美味。

「これは驚きました。白希様、ちょっとの間に上達されて素晴らしい」

「だろう? 白希は吸収が早いんだ」

「本当に。でも何でお前がドヤ顔なんだ」

「あはは……」

宗一と真岡のやり取りは相変わらずだが、見ていて楽しい。


「簡単なレシピなので、真岡さんならすぐにできちゃいますよ。……それとやっぱり、様付けはやめましょう。呼び捨ての方が慣れてるし、歳下だから敬語じゃない方が嬉しいです。ねっ、宗一さん!」


真岡の立場上、拒否することは目に見えてる。その為、日中の上司である宗一に同意を求めた。

「やっぱり外で様呼ばわりされてると、どんな関係かと思われますよ。逆に目立ってしまいます。俺と真岡さんは仕事の付き合いじゃないですし!」

「ふーむ、確かに。雅冬、これからはもっとカジュアルに白希と関わってもらえないか。……そうだな、それこそ友人のように」

宗一は菜箸を置き、対面の真岡に微笑んだ。宗一の隣では白希が緊張しながら様子を見守っている。


────いつの間にか、すっかり“それ”らしい関係になってるじゃないか。


内心笑い、両手をテーブルの上に置いた。


「上司……いや、友人の頼みなら仕方ない。改めてよろしく。白希」


目の前に片手を差し出される。考えるより先に身を乗り出し、その手を握り返していた。

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

「はは。何か照れるな」

さっきまでとまるで違う接し方に戸惑っていたけど、真岡さんは敬語を外してくれた。

「ご迷惑じゃなければ、俺も名前で呼んでもいいですか?」

「もちろん。宗一なんて初めて会った時から名前で呼んできたし」

「へぇ……!」

二人の昔話を聞いてみたい。わくわくしながら頷いていると、テーブルに手をついた部分からジュウ、と焼かれたような音が聞こえた。


「白希」

「あ、ごめんなさい!」


テーブルを熱してしまうところだった。慌てて、今度は鍋の蓋を素手で持ち上げてしまう。けど。

「白希、熱くないのか?」

驚いた顔で立ち上がった雅冬に、白希はこくこくと頷いた。


「大丈夫です。すぐに温度を下げたので」

「な、なるほど」


雅冬さんは、やっぱり力のことも知ってるみたいだ。

きっとそうだと思ったから、俺も隠さず答えた。

「熱くて触れないものは冷たくすればいいんだって、今さら気付いたんです。逆に宗一さんに入れたホットコーヒーはずっと熱々にできるし、気持ちさえ落ち着いてれば中々便利です」

「そうか……」


真岡は密かに思案した。

まるで歩くカップウォーマー。……なんて失礼過ぎる表現だけど、その気になったら最高何度までものを熱することができるんだろう。

気になるが、色々危険過ぎるから試すべきじゃない。

宗一も極力力を使わないよう過ごしている。

そういえば物体を軽くすることはあるけど、重くしたところは見たことがないな。ケースバイケースなんだろうけど……。


「……さぁ、白希の言う通り早く頂こう。何度も温め直すのは申し訳ないからね」


宗一が両手を合わせた為、白希も席について鍋から白菜を取り分けた。

いつも楽しいけど、初めて三人で食事した。賑やかで、暖かくて……本当の家族の、食卓みたいだった。




「じゃあ、気をつけて。明日は朝から会議だから資料の用意忘れないでくれよ」

「せっかく仕事を忘れて良い気分になれてたのに……言われなくてもしっかり仕事するよ。こんな優秀な秘書を持って感謝するんだな」

雅冬さんはわざとらしく片手を振り、車に乗り込む。

食事を終え、宗一さんと外まで見送りにきた。ようやく本音で話せてるような気がして、実際すごく嬉しい。

「雅冬さん、またご飯食べに来てくださいね」

「ありがとう。まだまだサポートすることもあるから、遠慮なく連絡して。宗一もある意味では世間知らずというか、アドバイスについては一般的じゃないから」

雅冬さんが目を細めて笑うと、隣に佇む宗一さんはポケットに手を入れた。


「自分が立ってるステージを理解して、脱却する為にレベルを高めるのは当然のことだよ。すると周りと話が合わなくなるものだ。君だってよく分かってるだろう。今の役員達がどれほど腐敗しているか」

「……分かるけど、それはここで話すことじゃない。しかも今ナチュラルに俺のこと貶したろ。明日寝坊したらタダじゃおかないからな」


雅冬はエンジンをかけ、白希の方に視線を向けた。


「今日は本当にありがとう。おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい……!」


頭を下げ、彼の車が見えなくなるまで手を振った。

知らない一面を見られて良かったな。宗一さんと付き合いが長いことも知ったし。


「宗一さん、雅冬さんと本当に仲が良いんですね」

「白希の目にはそう見えるのか。人間としては信用してるんだけど、友人としては信頼してないんだよね。なんせ昔、彼には相当苦しめられたから」

「え、何があったんですか」

「つまらないことだから知らなくていいよ。……まぁそれでも、一番傍にいてほしいと思ってる」


宗一さんは子どものように笑い、上着を羽織りなおした。

「冷えるね。中に戻ろう」

肩を抱かれ、エントランスまで戻る。ふと上を見上げると、闇の中に光の粒が浮かんでいた。


「宗一さん。ここも星がよく見えますね」

「あぁ、確かに今夜はよく見える。空気も澄んでるし」

「ね。……どんな時も綺麗。昔はよく、星に願ったりしてたことを思い出しました。今思うと恥ずかしいんですけど」


まるで幼い少女のようだ。星に願えば叶うなんて。

……でも、そもそもそんなのどこで知ったのか。それすら思い出せない。

ただ、小さな窓からずっと見上げていた。


「……どんなことを願ってたの?」


冷たい風が吹き抜ける。持ち上がった前髪を元に戻して、ゆっくり振り返った。


「いつか、大好きな人とこの空を見られますように。……叶ったから、案外本当かもしれませんね」


互いの手が触れ、強く握り合う。寒くなんてない。むしろ顔も胸も熱くて、今にもとけそうだ。


「良いことを聞いたな。私も、次からは星に願ってみよう」

「あはっ。宗一さんが言うとさらにロマンティックです」

「良いんだよ。恋愛は基本ロマンティックなものだから。それをリアルにして、ようやくひとつになれる」


再び歩き出して、彼は涼しそうに顔を上げた。

「……リアルは辛いことや悲しいことも多いですよ。どうせなら、人生そのものがロマンティックなら良いのに」

「はは、本当にね」

でも、リアルがあるから夢が生まれる。両方なくてはならないものだと宗一さんは話した。


「現実が辛いときはたくさん夢を見て。夢から醒めたら、現実で試せることを喜ぼう。私はそうしてきた」

「……」


試す、か。そんな風に考えたことないから気付かなかった。

俺が抱えるもの、闘ってるものは、無限にある星の中のちっぽけなワンシーンに過ぎない。俺の人生の数十年は、よその星の一瞬なんだ。それなのにバタバタともがいて、苦しんで、涙する。


やっぱり人って、儚くて……どうしようもなく、尊い。


今は一日を乗り切ることに必死だけど、いつかは誰かの記憶に残りたい。自分が生きた証をつくりたい。大きな腕に抱かれながら、ずっと遠くに輝く印に願った。




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