#9
「……?」
ドアを閉め、鍵をかけた宗一は違和感を覚え、動きを止めた。異様だ。まるで、家の中の空気が振動してるよう。
「白希?」
足早に寝室へ向かう。予想通り、そこに白希がいた。
だが床に座り込み、俯いている。
一体どうしたのか。確かめようと近付いた時、ベッドサイドに置かれた小型の加湿器から鈍い破裂音が鳴った。クリア素材だから分かったが、中に入った水がボコボコと沸騰し、上部に開いた口から吹き零れている。それはおさまるどころか激しくなった。
「はぁっ……は、あ……っ!」
胸を押さえて苦しみ出した白希の元に駆け寄る。
「白希!! 大丈夫!?」
少し離れていただけなのに、何がトリガーになったんだ……?
彼が暗い記憶を彷彿とするような物は置いてないはずだ。
原因不明の事態。とうとう高熱に耐えられなくなり、加湿器が破裂した。
座位を保つことができなくなり、白希が倒れ込んでくる。
「白希、大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり息を吐くんだ」
呼吸数が異常なのは明白だ。恐らく過呼吸を起こしている。
すぐにおさまる様子じゃない。キッチンにあるビニール袋を取りに行こうとしたが、シャツを掴まれた。
どこまで意識がしっかりしてるのか分からないが、彼は息も絶え絶えに呟いた。
「宗、一さん。……いかないで……っ」
白い肌に雫が零れ落ちる。
それを目にしたとき、ずっと守っていた一線を越えていた。
「……ごめんね。これはノーカウントで頼むよ」
白希の胸に手を当てたまま、唇を重ねた。
「んう……っ!!」
荒療治じゃ済まないし、彼の気持ちを裏切る行為だ。
だけど、今彼から離れることなんて絶対にできない。苦しげにもがく白希を押さえ、熱っした息を交換した。
腕を掴む手に力が入り、軽く引っ掻かれる。それでも構わず、宗一は白希の顎を押さえた。
時針のない部屋では、一秒すら長い。どれだけの間そうしていたか分からないが、白希はようやく瞼を開けた。
「はぁ……っ」
その顔は、可哀想なほど涙でぐしゃぐしゃだ。加えて、口も。
離れる際、互いの口を淫らな糸が引いた。
「白希……んっ!」
大丈夫か訊こうとしたものの、今度は彼の方から唇を塞がれる。熱を求めているが、それを上手く伝えられない、つたないキスだった。
「はぁ、は……はは。じゃあ……今のも、ノーカウントですよね?」
白希は唾液でぬれた口元を袖でぬぐい、したり顔で笑った。
悪戯した子どものような、あどけない笑顔。それを見た途端、こっちまで胸が苦しくなった。
「……残念だけど、今のは適用できないね」
「何でですか。お返しにしただけですよ」
「全く。良い子だと思ったけど、案外悪い子なのかな」
床に片膝をつき、顔を近付ける。
全力で突き飛ばしてくれていい。そう思ったのに、白希は動かなかった。
このままじゃまた触れてしまう。白希のやわな心が溶けてしまう。
いや……。
溶けてるのは自分の方か。
既に沸騰した頭は、自分の体温も分からない。唇を重ね、激しく求め合った。
柔らかいが弾力のある唇。ぬれた舌。全てが初めてのはずなのに、ずっと昔から知っていたような安心感がある。
白希は宗一の膝の上に乗り、彼の唇を必死に求めた。
大事に守っていた糸が切れてしまった。
欲に負けて彼にまたがるなんて、あってはならないのに。
自分から触れてしまった。これは絶対スキンシップなんかじゃない。全然“足りない”んだ。身体の中にたまった熱を発散したくて仕方ない。
「宗……んっ!」
「他人をいじめる趣味なんてなかったんだけどね。ここまで私の加虐心を引き出す君は、本当に罪な子だよ」
宗一は白希を抱き上げ、ベッドに寝転がせた。キングサイズのベッドは、男二人で寝転がっても存分に余裕があった。




