#15
「あの村で自分を殺した分、君は私に愛されなきゃならない」
「……っ」
彼が紡ぐ言葉はどれも甘くて、脳が焼かれそうだ。
「俺……よく考えたら宗一さんのこと、全然知らないんです。だからもっと教えてもらえませんか」
勇気を出して、少し突っ込んだことを言った。
少しでも迷惑そうな素振りをされたら撤回しようと思ったけど、彼は意外そうに目を見開いた。俺の手を引いて浴槽に入ると、縁に頬杖をつく。
「君から興味を持ってくれるなんて嬉しいな。……もちろん、気になることは何でも答えるよ」
「やった。ありがとうございます」
彼の笑顔につられ、一緒に微笑む。
彼のプロフィールは大まかなものしか知らない。ひとりっ子で、高校からはほとんど市街地で過ごし、大学に入る前に完全に村を出た。
白希の八つ上。兄と同い年だから、今は二十八だ。正直、八つしか違わないなんて信じられない。何をどうしたらここまで成熟できるのか。
きっと、生まれ持ったものが違うんだろう。環境はもちろん、本人の性格や素質も大きく影響する。
自分は酷い出来損ないだった。要領が悪くて、何をやっても叱られた。
いっそもう余計なことはしないで、大人しくしていよう。そうすれば誰も怒らない。迷惑もかけない。
何も喋らず、じっと。
でもそれって……生きてる意味があるんだろうか。
「白希、じっとしててね」
「はわっ!!」
男二人の昔話も終わり……。脱衣室で身体を拭いてる最中、頭に熱風が当たった白希は飛び上がった。
宗一がドライヤーをつけて白希の頭に向けたのだが、突然のことに驚き、力が働いたらしい。一度はドライヤーを落としたが、重さを調節して床に落下する前に掴んだ。
「ごめん! 向けるの早すぎたか……大丈夫?」
「だっだだだ大丈夫です。こちらこそすみません! 手、大丈夫ですか!?」
「はは、平気だよ。急に冷たくなって、驚いただけ」
宗一は笑って手を振る。
また危うく物を壊しそうになった。頭を深く下げ、ゆっくり起こす。その際、宗一が手にしているものが目に入り、白希はまばたきした。
「それ、何て言うんでしたっけ」
「うん? ドライヤーのこと?」
「あぁ、そうでした。あまり見たことないから、熱い風に驚いちゃって」
恥ずかしそうに笑う白希に、宗一は怪訝な表情を浮かべる。
「見たことない、って……実家にはドライヤーがなかったの?」
「ええと……はい。恐らく」
「恐らく?」
「俺もよく分からないんです。ただ、家にはお風呂が二つあって……家族が普段使うお風呂と、俺だけのお風呂がありました。基本、何でも分けて暮らしてて」
しかもそこは、時々お湯が出ないこともあった。だから入浴自体良い思い出がない。
逆に良い思い出を手繰り寄せようとしたが、中々見つからなかった。良いも悪いも、闇しかない。納屋は日中も薄暗く、夜は古いランタンひとつ。それを頼りに、トイレだけは行動を許されていた。
全部仕方ないこと。でも宗一さんにはあまり知られたくないと思った。
「ドライヤーは楽だよ。あっという間に髪が乾くからね」
掛けるね、と言われて頷く。ドライヤーを当ててもらい、大人しくしていたけど。
「あっ……自分でやります! ごめんなさい!」
よく考えたら、髪を乾かすぐらい自分でできる。恥ずかしいやら情けないやらで、慌ててドライヤーを受け取った。
宗一は何も言わず、白希を静かに見つめていた。
「……はぁ」
お風呂上がりは冷たいレモン水を受け取り、一気に飲み干した。
白希が空になったコップをキッチンへ持っていくと、宗一がちょうど食洗機から食器を取り出していた。
「それもすごいですねぇ」
「ああ、便利な物ばかりだよ。たまに味気ない時もあるけどね」
タオルで手を拭き、宗一は白希の髪を少しだけ持ち上げた。
「まだ良い香りがする」
「ありがとうございます。でも宗一さんは常に良い香りですよ」
お世話ではなく事実だ。髪はもちろん、指先まで華やかな香りがする。
ふと、彼の長い指に目を奪われた。さっきは浴室で、この手に色々されたと……。
うっ、思い出さなきゃ良かった。
また首のあたりが熱くなってきて、それとなく宗一から離れる。うっかり彼の回りのものを温度変化させない為に。
それにしても……。
「宗一さんは……経験がたくさんあるんですか?」
「え? 何の?」
「その~……何と言いますか。え、えっちなことです」
しどろもどろに返すと、彼は可笑しそうに吹き出した。
「急にどうしたの」
「……こんなこと言うのは良くないと思うんですけど。……気持ちよかったんです」
両手を組み、うつむき加減に呟いた。
「やっぱり色々なことを経験されてるんだろうな、というのが一つ。もう一つは、嫌じゃないのかな……って」
「えーと。もしかして、白希の身体を触ること?」
すぐに頷くと、彼は目を眇めた。
「残念だけど、許されるなら一日中白希に触れてたいよ。今だってそう」
唇を掠め取られそうになった。慌てて身を引くと、彼は笑いながら両手を上げた。
「キスはしない。約束は守るよ」
「……っ。どうして、そこまで俺を」
彼の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。彼の瞳にうつる自分は、ひどく弱々しい生き物に見えた。
彼が自分に優しくするのは同情心からかもしれない。家を失い、家族が消えた。行き場のない同郷を放っておけなかったから。
でも分からないことがある。宗一さんは東京で働き出して、村へ帰る機会はほとんどなくなったはずだ。
「……宗一さんは、どうして私の家が火事になってると分かったんですか?」




