失ったオルゴール
この世界に生まれた赤子には、精霊から一人一つずつ音楽が贈られる。
豊穣の音楽、叡智の音楽、武力の音楽、癒しの音楽。
音楽の種類は様々だ。
そしてその赤子は、贈られた音楽にちなんだ能力を得る。贈られた音楽は家族によってオルゴールとして刻まれ、命と同じくらい大事に大事に守られる。赤子がやがて大きくなり、与えられた能力を花開かせるまで。
ミヤは、そのオルゴールを持っていない。
5歳になった春、ミヤのオルゴールはミヤの家と、そして愛する家族と共に燃えてしまったからだ。
良い親戚に引き取られたが、その親戚もミヤが与えられた音楽は知らなかったのだ。
だからミヤは自分の音楽を知らない。
――だから自分の能力がわからない。
親戚の家は裕福な貴族だったので、ミヤは何もできなくても飢えることはない。でも自分の音楽がわからない娘など嫁の貰い手もなければ、仕事の当てもない。
子どものいなかった親戚はミヤのことを可愛がってくれて、いつまででもいて良いと言ってくれているが、実際の両親より歳の多い親戚の世話になり続けるのは気が引けるものだった。
王子は自分の能力を持て余していた。
今日もお茶会で向かい合わせに座った令嬢の音楽をつい口ずさむ。
令嬢は、小さな、戸惑った声で、
「なぜ私の音楽を…?」
と尋ねてきた。
王子は何故だか人の顔を見るとその人が送られた音楽がわかるのだ。わかるとつい歌ってしまう。その人のオルゴールを聞いたこともないはずの王子が突然歌い出すのに、皆明らかに困惑していた。
しかし身分の高い王子に、はっきり「やめてください」と言える者は多くなかった。母である王妃にはいつも注意されていたが、つい歌ってしまう癖はついぞ治らない。
今夜は、大規模な夜会が開かれる。
人の顔を見ると音楽がわかってしまう王子にとって、人が多い場所は苦痛だった。
人混みからやっと逃れて、庭に出る。ほっと一息ついたのも束の間、そこに先客がいるのに気付いた。
ポツンと所在なさげに佇んでいる一人の少女。その儚げな様子に目を奪われた王子は、その娘が驚いた顔でこちらを見て初めて、自分がまた歌ってしまっていたことに気づいた。
「いや、すまない。不躾だったな。急にあなたの歌を歌うなんて」
慌てて謝ったが、娘の反応は思っていたのと違った。
「――それが、私の歌なのですか?」
これは音楽を取り戻した娘と、その娘と運命の出会いを果たした王子の物語。




