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ネット青春史―高校生だった僕がP2Pで見つけた秘密の世界  作者: のすたる


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22/23

外伝3章2話 元旦の鷲宮神社

夏が終われば、僕らの視線は自然と次のビッグイベントへ向かう。

それが、年末に東京ビッグサイトで三日間にわたって開催される、冬のコミックマーケット(冬コミ)だ。


夏のコミケが汗と解放感の祭りなら、冬コミは寒さと、年の瀬の独特な高揚感が混ざり合う、どこか厳粛な熱狂の場だ。


2007年の冬も、僕たちは変わらずこの祭典に参加した。

前々から計画を練り、サークルチェックを済ませ、極寒の始発待ちの列に並び、そしてビッグサイトの巨大なホールを何往復もした。


お目当ての薄い本やグッズを手に入れた時の達成感、旧知の仲間との再会、すべてが僕らの生活を彩る重要な要素だった。


冬コミ最終日の夜は、通常、戦利品を抱え、疲れ切った体で、気の置けない仲間たちと打ち上げをすることになっていた。


一年間の労をねぎらい、酒を飲み、熱弁を振るい、翌朝に解散するのが慣例の儀式だ。


しかし、その年は違った。 打ち上げの計画はなかった。

コミケの熱狂をそのまま次なる行動へと昇華させる、まったく新しい計画が持ち上がっていたのだ。


地方から車で来ていた友人と、東京近郊に住む数人のコミケ仲間が、僕の家に集まっていた。


リビングには、冬コミで手に入れた戦利品の段ボールが積み上げられている。


皆、徹夜と立ちっぱなしの疲労の色が濃いものの、その目の奥には、次なる行動への期待の光が宿っていた。


その行動の理由こそが、社会現象となっていたあのアニメ、『らき☆すた』だった。


2007年。この年は、アニソンが進化を遂げ、ネット文化が表舞台に出る転換点となった年であると同時に、アニメの楽しみ方が大きく変わった年でもあった。


『らき☆すた』は、そのギャグのセンス、日常描写、そしてOPテーマの「もってけ!セーラーふく」の狂騒的なヒットにより、僕らの世代の共通言語となった。


そして何より重要だったのが、この作品が描いた現実の風景だ。


作中に登場するキャラクターたちが初詣に訪れた神社が、埼玉県久喜市の鷲宮神社であることを、僕たちはインターネットの力であっという間に突き止めた。


アニメの舞台となった場所、いわゆる「聖地」を実際に訪れる「聖地巡礼」という概念は、昔から存在していたが、それはまだ一部の熱心なファンによる秘められた楽しみだった。


この現象は徐々に浸透しつつあったが、『らき☆すた』の鷲宮神社は、それを「現代の熱狂」として、一気に最大規模へと押し上げた、当時最もホットな聖地だった。


「初詣、鷲宮神社に行こう。」


誰からともなく出たその一言に、誰も反対しなかった。

コミケの疲れはピークだったが、僕らの心は次の「戦場」へと駆り立てられていた。


それは、二次元と三次元の境界線が溶解する、未知の領域への好奇心だった。


こうして、僕たちは元旦の朝、聖地へ向かうことになった。


冬コミが終わり、僕の家で仮眠をとった僕たちが行動を開始したのは、日付が変わった元日の午前11時頃だった。


僕の家には、地方組の友人が乗ってきたセダンが駐車されていた。


彼らは長距離運転に慣れており、この計画の重要な「足」となってくれた。


荷物を最小限にまとめ、冷え切ったセダンに乗り込む。


車内は、東京ビッグサイトから持ち帰った疲労の余韻が充満していた。


皆、昨夜からの睡眠時間は数時間程度。年末の熱狂の残骸を抱え、テンションはかなり低調だ。


眠気と戦いながら、それでも僕たちの目的地は決まっていた。埼玉県の小さな神社、鷲宮神社だ。


カーオーディオからは、もちろん『らき☆すた』の楽曲が流れる。


この状況を自虐的に笑い飛ばすかのように、

狂騒的なOPテーマ『もってけ!セーラーふく』が鳴り響き、

そして中毒性の高いEDテーマの『かえして! ニーソックス』が続く。


仲間たちは、疲れ切った体ながらも、無理やり声を上げ、歌い、眠気と闘った。


「まじで眠いな…」 「でも、ここで寝たら負けだろ」


そんなやり取りを交わしながら、僕たちは関越自動車道を東へ進んだ。


普段なら年末年始は帰省で混み合う時期だが、この時間帯は比較的空いており、静かに車は流れた。

窓の外を流れる冬枯れの風景は、夏の江の島とは対照的だ。


寒々として、どこか寂しい。

しかし、僕たちの胸の中には、これから目撃するであろう「熱狂の再構築」への期待が、暖炉の火のように灯っていた。


車に揺られながら、僕はアニメ文化の道のりを振り返っていた。


昔、アニメの舞台を訪れるのは、ごく一部のコアなファンが密かに楽しむ行為だった。


それが、社会現象を起こした作品の力により、今、僕たち自身が、大勢でそれを実行に移そうとしている。


これは、僕らの文化が「受動的な消費」から「能動的な体験」へとステージを変える、時代の転換点ではないだろうか。


僕は、眠気と戦いながらも、その車内で、この新しい動きの胎動を強く感じていた。


そして、約一時間半のドライブの末、鷲宮神社周辺に到着した僕たちは、目の前の光景に衝撃を受けた。


「なんだ、これ……」


連日の疲れとローテンションが一気に吹き飛んだ。

目の前には、地元住民の静かな初詣の風景とはかけ離れた、異常な数の人混みがあったのだ。


神社の境内はもちろん、周辺の駐車場や参道にまで、圧倒的な数と熱量のアニメオタクが溢れかえっていた。


皆、僕たちと同じように遠方から来たのだろう。手にはアニメグッズやカメラを持ち、その表情は疲労よりも興奮に満ちている。


それは、まるでコミケの会場が、そのまま神社の境内に移動してきたような光景だった。


あるいは、僕たちが愛し、親しんできた「ネットの熱狂」が、現実世界に突如として「吹き出し口」を見つけたかのような、異常なまでの密度だ。


僕たちは、車を止め、その人混みの中に足を踏み入れた。


そして、その神社の風景を見た瞬間、僕の感動は頂点に達した。


アニメの中で見た、あの場所だ。鳥居の向こうに見える拝殿、神楽殿、そして境内の木々の配置に至るまで、すべてがアニメのカットと完全に一致していた。


これが、聖地巡礼。


ただの風景ではない。

僕たちが深夜、PCの前で笑い、共感し、愛した物語のキャラクターたちが、確かにそこに立っていた、その場所なのだ。


二次元でしか存在し得なかった世界が、僕たちの立っている三次元の現実に、完璧に重ね合わされた感覚。

それは、単なる「風景との一致」以上の、深い感情的な結びつきだった。


僕たちは、この歴史的な熱狂の一部として、参拝の列に加わった。


僕たちも他の巡礼者たちに混ざり、行列に並んで参拝を済ませた。

神社の境内には、絵馬がかけられた場所があった。


通常、絵馬には合格祈願や家内安全が書かれているものだが、鷲宮神社の絵馬掛けは、異様な光景を呈していた。


そこには、アニメのキャラクターのイラストが描かれ、キャラクターへの愛や、新作への期待、そして「今年も良いアニメに出会えますように」といった、僕たち共通の願いが、無数の筆跡で書き込まれていた。


それは、オタク文化がこの場所を「聖地」として公式に認定し、書き換えている証拠だった。


僕たちは、その熱狂の一部であることを誇らしく感じながら、おみくじを引いた。

結果はともかく、初詣という日本古来の文化を、自分たちの愛するコンテンツを通じて体験しているという事実が、僕たちの心を強く満たした。


僕たちは、アニメの景色がここにあることを確認した。


そして、境内を後にするとき、仲間たちと強く約束した。


「来年もまた、この場所に来よう」


それは、単なる友人との約束ではない。

自分たちの文化と、それが現実世界にもたらした「現象」に対する、僕たちの世代の「コミットメント」だった。


この日、僕は、初めての本格的な聖地巡礼を通じて、僕たちが愛するコンテンツが、ついに「現実を変える力」を持ったことを知った。この熱狂は、もう誰も止められない。

次回で最後となります。

最後は長野県「木崎湖」にいったお話です。


真冬の聖地巡礼は感動的な景色に包まれていました。


今日の話はここまでです。

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