新たな仕事の為に
その張り紙に群がる者どもを退けて、俺はその張り紙をもぎ取るとギルドの受付の獣人とは言っても耳や尻尾ぐらいであとは人という見た目の猫耳お姉さんに渡した。
それを見るなり、猫耳お姉さんは困ったように言った。
「えっとぉー、これは『新たなお付きを募集します!』と書いてありますが、こちらのギルドの仕事ではなく、アレビリアス城のものなんですが」
「分かっています! だけど、ここ! 見て下さいよ! 推薦状がいるんです! 応募資格に書いてあるでしょ?! 自分よりも身分の高い者の推薦状を持って……って。それ、ここのギルドマスターでも良いはずですよね? ギルドマスターは地位が最も低い爵位を持っていたはず」
「え……」
驚きの言葉がこれか。
「か、確認して来ます!」
慌てて猫耳お姉さんは奥に行ってしまった。
いや、この場から離れたかっただけか。
どうしてあんなに人があの張り紙に群がっていたのか。
(面倒だもんな、こんな案件)
普通のモンスター関連だったら、こうはなりはしない。
城の事ならこれをすぐに城の関係者に持って行くべきだ。
それにそんな城関連の仕事がこのギルドにあるのもおかしな話だった。
そして、ここのギルドマスターが爵位を持っていたのはただの偶然。
貴族社会が嫌になって、その反抗的な意志が今のギルドを作るきっかけになったとあのギルドマスターは以前話していたが――。
俺はしばらく適当な席に座って待つことにした。
一人だからか、その間にじろじろとこちらを見られたり、他所の木の机に食べ物が運ばれる音が聞こえたりした。
中でもぐっと来たのが「本当にあの人は姫様のお付きになれるなんて思ってるのかしら?」とか「爵位って、貴族ってこと? ギルドマスターってそんなスゴイ人だったの?!」なんて会話が聞こえて来た瞬間だった。
何も頼まずここに居るのも変だろうか……とそわそわし出した時、自分の名前をあの受付の猫耳お姉さんに呼ばれ、せかせかとまた受付に行ってみれば、お待たせ致しました。とあの紙とは別にシャシャッと走り書きされたような紙切れを一枚渡された。
「あのー、これは?」
「ギルドマスターからの推薦状です。こちらも一緒に持って行かれて下さい。新しいお仕事にありつけられたら良いですね!」
「ああ、ありがとう」
何ともあっけらかんとしており、こんなにスムーズに終わってしまって良いのだろうか? と思いつつ、もう一日だって無駄にしたくはなくて、それを持ってその足で新たな仕事場所になるかもしれないアレビリアス城へと急いだ。
誰かに取られるなんて嫌だ! その張り紙を見た時には湧かなかった思いが沸々
と静かに出て来たのは皆が言っていたように姫様のお付きとなれば、男性である自分が就けるわけないと頭では解っていたからだ。けれどその応募資格の所には性別についての言及はなかった。
だから、俺はこれに賭けたくなった。
こうして推薦状ももらえたことだし、大丈夫だよな?! と浮かれる物を手に入れてしまったからだろうか。
その足取りもさらに早くなる。
(見えて来た!)
行きつけのギルドからほど近いリヴァウォートンの中心にある広場から東に行くと小高い丘があり、その上におとぎ話に出て来そうな美しい造りをしたアレビリアス城がある。
この城はこの国が出来てから数十年後に出来たらしく、今も綺麗に使われていて、この国の姫様であるルシル姫の家族が今は平穏に暮らしている。
城にはなかなか来れない身分の自分でもそういう知識があるのは幼い頃から冒険者をしていたからだろう。
自慢話にと冒険者達がいろいろ教えてくれる。
こんな面白い事はないと、笑いながら。
それは勇者になれない者の腹いせだったかもしれないが、流行り病で両親に先立たれた自分には必要な学びの場だった。
城の門に近付くと兵が二人居て、そのうちの一人にギルドの受付の猫耳お姉さんからもらった紙を見せると城内へお入り下さい! と案内された。
長い廊下だ……と思って歩いていれば、とある一室の前で身なりの良い執事の爺さんが居るのに気付いた。
推薦状を書いてくれたギルドマスターよりも若干年上か、落ち着いている。
「来ましたか。ご苦労様です」
それを合図として兵は無言で去って行ってしまった。
代わりに執事の爺さんがその部屋の扉を開けて言った。
「こちらで少しやっていただく事があります」
その中には羽ペンとインクと羊皮紙が置いてあるだけの机と椅子が一つずつしかない。
「簡単な事です。そこにお座りになって、あなたの思いをお書き下さい。時間は王様一家が広間にお揃いになるまでです。推薦状は先にこちらでお預かりさせていただきます」
「あ、はい」
とても丁寧な言葉遣いだが、俺の思いとは? 推薦状を預かり、部屋を出て行こうとする執事の爺さんに俺は声を掛けた。
「それって、この仕事に就きたいという思いですよね?」
「そうですね」
それ以上の事は言われず、執事の爺さんは出て行った。
今やれるべき事をやらなければ! と、俺はその椅子に静かに座った。
その途端、その椅子の柔らかさに驚く。
そして悟る。
俺の身なりはこれで良いのだろうか? とてもじゃないが、城で働きたいという感じではない。
いつもの冒険者のままだ。それもあのロリィーに出会った時と同じ服。あれから数日経っているのに、俺は何もして来なかったのか? いや、仕事を探していた。畑仕事ならこれでも良いだろう。だけど、城で働くにはこの感じが似合わないと言われているようだった。
そんな柔らかさなのだ。今まで感じたこともないほど良い座り心地。これが城の中の物――。
その思いでも書けば良いのか。
俺は羽ペンにインクをつける。
そして、思う。
幼き頃に出会った賢者だという人は言った。
この国はそうでもないがまだまだ字が分からない人の方が多い。冒険者になりたてのお前は見込みがある。教えてやろう、字の読み書きを――。
そうして学んだ字で俺は書く。その思いを、すらすらと。
部屋の扉がコンコンと鳴った。
部屋に入って来た執事の爺さんが言う。
「お揃いになられたので行きましょう。その書いた物もこちらでお預かり致します。手ぶらで結構ですよ」
「はぁ……」
その言葉通りに俺はした。
部屋を出て、また少し歩いた。
気の利いた会話はない。
次第によく分からないそわそわ感が出て来た。緊張だろうか。
通された広間にはすでに王様と王妃様と王子様と王女様が居て、静かに俺を待っていた。
挨拶もそこそこに執事の爺さんは言う。
「字は書けます」
それを聞いて、満足そうに笑ったのはその中で一人だけだった。
先ほど預けていた推薦状と自分が書いた物もしっかりと王様一家に見られ、しばらくこのままお待ち下さいとなった。
ドキドキとどのような結果が出るのかと待っていれば、一家の話し声がこそこそと聞こえて来た。
それは大事な一人娘にこの男を付けて良いのか? というものだったが、俺が書いた物を再度見ていた王女様が言った。
「ふふっ! それでやって来たのですね」
その少しゆとりがあるような声には聞き覚えがあった。
この一家の中で唯一満足そうに笑っていたからではない。
いや、その姿を一目見た時からすでに気付いていた。
「アルフレド・ギルフォードさん」
そう優しく言って、とても優雅に俺の前にやって来たもうすぐ十八になられるという王女様はあの時のようなゆるふわな巻き髪をしたロングポニーテールの短剣を持った可愛い子じゃない。
絶世の美女だと思われる金髪碧眼の感じは同じだが、城に住んでいる者に相応しい格好、態度、話し声をしていらっしゃる。
「私の名前はルシル・ローラ・ホイットです。この国の王女でもありますが、王女と言われるのは嫌なので『姫』でお願いします!」
「は、はい!」
そう言うのがやっとだった。
何故なら、この姫様の感じがそうさせるからだ。それしかない。
服従とは違うが、そんな感じはする。
「まあ! 私、このおじさんみたいな格好をしている茶髪の元冒険者のアルフレド・ギルフォードを私の新しいお付きにします!」
にこやかに言われた。
それを聞いた途端、皆口々に反対だと言う。
「あなた! 分かってるの? この人は男の人よ?」
「そうだぞ、お前には女性の方が良いに決まってる!」
「そんな者をまた雇うのかい?」
「お父様、お母様、お兄様。ちゃんと見て下さい。私にはもう目一杯のメイドが付いてます。それなのにまたメイドですか? 呆れてしまいます。それなら、私は私の力となってくれそうな方を選びますわ!」
随分とこちらの口調の方が言い慣れている感がある。
「でも……」
王妃様はまだ何か言いたそうだったが、王様がそれを制した。
「全く困った子だよ、ルシルは」
「良いじゃないか、父上。ルシルはいつもそうさ。こうと言ったら聞かないんだ。『王女』とか『ルーシー』と言われるのは嫌だって言った日を覚えてる? それと同じさ。それでいて、ちゃんとその『姫』としての役割は果たしてる。ちゃんと客人に会う時は王女として接している。ボクの邪魔はしないし、ルシルの好き勝手を許しても良いと最初に言ったのは母上だ。ボクのようにつまらない人生をさせない為にもってね」
「分かったわ、パット。もう言わないでちょうだい。ルシルが小さかった時の出来事を今も言わないで!」
「じゃあ、話は決まりね! 来てちょうだい! アルフレド! あなたの部屋はこっちよ!」
「それをするのは執事です! あなたはまだここに居なさい!」
「でも、アルフレドは私のお付きです。お母様の小言はもうたくさんよ!」
「ルシル!」
王様の怒鳴り声に舞い上がっていた姫様の顔が瞬時に曇った。
やってしまったのか? と思えば、王妃様は「もう良いわ、好きになさい……」と諦めたように言った。
すると皆、散り散りになった。
これでおしまいなのか? と思えば、その通りで姫様はこそっと俺に耳打ちした。
「こっちよ、来て」
手を引っ張られることはなかったが、軽い足取りの姫様に付いて行くとそれなりに広い一室に着いた。
「ここがあなたの部屋。というか、私の前のお付きが使っていた所だから執事が案内せずとも私にもそれが出来てしまうの。ごめんなさい、嫌だった?」
「いいえ、俺は別に。あなたのお付きになるのは承知してました。そういう内容の募集でしたから。なのに、執事の方のお仕事をなくすのは良くないかと……」
「あら、アルフレドは私に物申すの?」
「いいえ、そうではなく……」
「まあ、良いわ。本来なら執事がやるべき仕事だもの。それは私も分かっています。でも、私はこうまでしないと不安だったのよ! あなた、絶対に私があの『ロリィー』だってことを皆の前で言わないでね! まあ、モンスター狩りの時は反対にそう呼んでほしいけど」
「え? 今、何と言いました?」
「だから、ロリィーと言うのはやめて、姫様なら良いわよっていう」
「そうじゃなくて、モンスター狩り?」
「そうよ! だから、私は女性のお付きじゃなくて、最初から普通の男性でもダメで、あなたのようなモンスター関連の仕事をしていた人を雇いたかったの! だから、あなたはちょうど良いと思ったのよ、あの中で」
「え? 最初からまさか仕組んでましたか? 俺がそんな話をしたから、そうしたとかはないですよね?」
「ええ、ないわよ……」
ダメだ! 言ってる目線がこちらと自然と合わないようにしている。
酷い話だ。
「俺はそういう判断は嫌いです。ちゃんともっと真面目に」
「してるわよ。命が危なくなると分かっているからこそ、変に選べない。それにそれを私のお父様やお母様に知られたくないの! 私がモンスター狩りをしていることは絶対の秘密なの! 良い? 分かった? もし、誰か一人にでも言ったらその時は地下牢に直行だから覚えておいてね! あと『ロリィー』なんて子は最初から存在しなかったんだ……とか絶対今後言わないでね! ちゃんと聞いてるんだから」
「え? どうやって」
「あなたの身辺調査は完璧に終わらせておきました。この数日でね、ちゃっちゃっと終わったわ! それくらいしかなかったんだもの。身の潔白は充分よ。それにそんな紙切れ一つや二つでこの国の城の、それも姫である私のお付きになんてなれるわけないでしょ! 他の者達は皆、誰かものすごい位の高い貴族達に推薦状を書いてもらったりしてたけど、あなたのは何? 行きつけのギルドマスターの推薦状? それ、私のお父様やお母様に見せたりしたらもう大目玉よ! 二人はそういうモンスター関連の事を私にあまり触れさせたくないと思っているの。お兄様はその辺適当で興味もなさそうだけど、とにかく! こちらで根回しして先にそれが目に入る前に回収させてもらったわ!」
「ああ、なるほど。隠密行動が出来る執事をお持ちなのですね、姫様は」
「違ーう! それだと私があなたに試されてるみたいじゃない! アルフレド!」
「いや、そんなことは!」
「まあ良いわ。とにかく、あなたはこの城の中に居る時はそのモンスター関連の事を絶対に誰にも言わないでちょうだい。他言無用よ! 私が冒険者だって、ストレス発散にモンスター狩りをしてるって口走らないでね!」
おっとぉ! と俺は思った。
その口走ってるのは他でもない姫様なのに。
そこら辺をあまり気にしてないのはこの部屋に入った時にカチッとしっかり部屋のドアを閉めたかを姫様自身が確認したからか。
「何よ?」
「いえ……この部屋は防音ですか?」
「そうよ。それが何か?」
「いえ、あ! これからよろしくお願いいたします。姫様!」
こうして俺はあの『ロリィー』に再会し、新たな仕事を手に入れたのだった。