広場の一角で
今から数百年前のことだ。
この国『リヴァウォートン』の平和の為、一人の美しい姫を嫁としてもらうはずだった魔王は突然、約束を破られたと怒り、その腹いせにさまざまなモンスターを送り続け、今もリヴァウォートンにはその魔王の手先となるモンスターがいつもうじゃうじゃと国中のあらゆる所で悪さをしていた。
それを倒さなければ自分達の命が危ないと、立ち上がった人達は徐々にそのモンスターを倒すのに有効となる手段を見つけて行った。
それが今やこの国には欠かせなくなった冒険者を始め、勇者や魔法使いなど、多彩な職種で溢れ返るようになったのだ。
そう、この国で暮らす者は大体城勤めかそんなモンスターを倒す為に必要な仕事をしていた。
だからというわけではないが、両親を小さい頃に亡くして以来、生きる為に冒険者をしていた俺だが、今はその冒険者を辞め、新しい仕事を探し始めようとしていた。
どんなに頑張って二十三年間生きて来ても、持って生まれた才能というのか、努力だけではどうにもならないものがある。
自分よりも後から始めた者が今や勇者になっていたり、とっても強い冒険者だな! と皆に言われていたりするのをずっと横目で見て来た結果、こんな自分にはとてもじゃないがそうなれる日が来そうにないことを見せつけられて、だったら! と心が折れてしまったのは言うまでもない。
ギルドにあるのはそういうモンスターを倒して! お願い! というのばかりだし、やはり、畑仕事にするか、それとも――。
「あのー、すみません」
急に声を掛けられた。
こんなよく晴れた平日の真っ昼間、広場の噴水近くのベンチに座り続ける冴えないおじさんみたいな格好をした自分に絶世の美女だと思われる金髪碧眼の十代くらいのゆるふわな巻き髪をしたロングポニーテールの短剣を持った可愛い子が何の用だと見やれば、臆することなく言いたいことをはっきりと彼女は言って来た。
「あそこの店に書いてあるパンに挟んだ肉が美味しいよ! とはどんな食べ物なのでしょうか?」
「それは……」
言葉で伝えるよりも買って見せた方が早いだろうと俺はさっと立ち上がり言っていた。
「野菜は付けるかい?」
その満面の笑顔は必要だったか? と店に入り、一人思う。
いくらこの広場にモンスターがいないからと言って、そんな笑顔は必要ない。
ああ、今までずっとそうやって来たのがとっさに出てしまったな……と思えど、店の人に何にすると言われれば、野菜付きで――と頼み、金を先に払い、出来上がった物をもらい店を出た。
「あ、おじさーん!」
デカい声で先ほどの彼女が大きく手を振り、自分のことを呼んだ。
彼女はちゃんと待っていた。
それも自分が今までずっと座り込んでいた場所で律儀にも。
いや、俺も律儀か……と彼女の所にそのパンに挟んだ肉がどんな物かと見せてから渡す。
「ありがとうございます。お隣どうぞ」
「ああ、ありがとう」
お言葉に甘えて、俺は彼女の左隣に座らせてもらう。
「これがそうなんですね! 手が汚れないように紙が一枚! とても親切ですね!」
「でも食えば分かるよ。それに意味がないってことが」
「そうなんですか? では、いただきます!」
ガブリ! と勢いよく一口、彼女はそれを食べた。
「どうだ?」
そのパンを包んでいた紙は一瞬で役立たずとなり、彼女の両手はその瞬間にたっぷりとあふれ出た肉汁でギラギラ、ベトベトになっていた。
「紙をもっともらって来るんだったな」
「いや、良いんですよ。こういうのって私、あんまりしたことないので新鮮です! それに案外温かい」
「そうか?」
何だかちょっと丁寧な口調だ。
どう見ても俺と同じ冒険者のような気がするのに、彼女はその食べ物を本当に珍しそうに見てからまた一口食べた。
「焼いた丸パンの真ん中を切って、とても美味しい分厚い肉汁たっぷりの肉を挟んであるのですね。この肉は何ですか? 動物ではない気がします。もしかしてモンスターですか?」
「いや、モンスターは食べちゃいけない種族があるからな、そのモンスターに似たように作った肉だと聞いてる」
「じゃあ、これは動物の……なんですね?」
「ああ」
ほっとしたような表情に彼女はなった。
そうするってことはきっと彼女はそのモンスターを食べてはいけない種族――だとすると『神族』とかそういう類か? 獣人やエルフではなさそうだ。耳が普通の人と同じ。尻尾もない。服装も見れば可愛いピンク色をしている。
あんまり見かけない色だ。
花に例えるなら、マーガレットのようなピンク色か。
「どうしたんですか? 人のことをじろじろと見て」
「これは悪かった!」
とっさに謝ってしまう所も直したい。
「まあ、良いですよ。先に声を掛けたのは私ですし」
「でも、どうして俺に声を掛けた? 他にもいるだろ? 女だっている」
ほらそこに……と俺はいつまでも喋り合っている女性達の方を見る。
「ああいうのには入りたくありません。私、思ったんですよね、ざっと見て。茶髪のお兄さんなら親切そうだし、話し掛けても良いかなって」
ん? となった。
「今、お兄さんと言ったか?」
「ええ、言いましたけど」
「お兄さんだと俺は当てはまらないんじゃないか?」
「どうしてですか? 背格好の良い人だなーって思ってはいましたよ?」
「なのにどうして、ここに呼ぶ時はおじさん?」
「え? だって、大きな声でお兄さんはちょっと……。私、本当のお兄さんいるので」
「そうか……。うん、分かった」
だからって『おじさん』は失礼だぞ! と言いたかったが言わなかった。
黙っていればきっとこの話は終わる。
それはそうだ、自分はもう冒険者を辞めようとしているのだ。
関係なくなる。
そうなれば、この子とももう会わない。
だから無駄な説教はやめるべきだ。
「おじさん、というのは嫌ですか?」
「いや、良い。ちょっと自分の年齢を考えるとそうじゃないと思えるけど、まあ、君みたいな若い子から見ればおじさんかも、俺」
「じゃあ、本当の年齢はいくつなんですか?」
「二十三だ」
「あー……そうなんですね」
何とも歯切れの悪い言い方をする。
傷付くのはこちらだぞ! と言いたい。
「えっと……その、お名前を伺ってもよろしいですか?」
何ともばつの悪そうな感じで聞いてくれる。
「アルフレド・ギルフォードだ。でも、名前を覚えなくて良い。もう冒険者は辞めるしな」
「何でですか?!」
どうして彼女がそんな素っ頓狂な声を上げるのか気になったが、こちらの理由を簡潔に話した。
「――そうですか……」
彼女は納得したように言う。
「じゃあ、アルフレドさん、もしも良い話があったら、あなたはそれに就くのですか?」
「まあ……仕事は早く決めたいしな。畑仕事より冒険者とかそういうモンスター関連の方が報酬が良いから就いてただけで、城勤めでも良いと思っても、城関連は滅多に募集が出ないしなぁ……」
「そうですよね。分かりました」
何が分かったのか、今度は彼女がすくっと立ち上がった。
「私の名前、ロリィーって言います。覚えておいてくださいね! アルフレドさん」
そう機嫌よく言うと彼女は手を洗って来ると言って、姿を消した。
それ以来、俺の前に彼女は姿を現さなかった。
きっとからかわれたのだろう。だからその名前を忘れてしまっても問題はない。怒られないだろうと思った。
それよりも今の自分には冒険者から違う自分になる為の仕事を探さなければならない。
冒険者の仲間だった一人が本当に辞めるのか?! と聞いて来ただけであとは誰もそんなことを言う奴はいなかった。
それが自分の冒険者としての価値だ。
俺がどうなろうと皆気にしない。
だから、俺はその募集の張り紙を行きつけのギルドの掲示板で見た時に何の感情も湧かなかった。
ただ早く冒険者という身分を捨ててしまいたかっただけだ。