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芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。  作者: ななよ廻る
第2部 第3章

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第4話 深夜のコンビニ前で座り込んでいるのがよく似合う元人気アイドル

 バーを出ると、街が茜に焼かれていた。

 黄昏時なんて、思い悩むにはいい雰囲気なんだろうけど、アンニュイな気分になりやすいのは難点だろう。

 シチュエーションにどれだけの効果があるのか。

 商店街を一緒に歩くユウさんは、バーを出てからもなにも話すことはなかった。マスターの話を聞いて思うところがあるのは間違いなさそうだけど、どう受け止めるかは本人次第だった。


 特別な人、か。

 俺にそんな人はいない。いてほしいとも思わないから、どうにもわからない感情だった。恋だ、愛だとも違う、自分だけを見てくれる人。夢見がちだな、と思う。思ってしまう。

 否定したくはないけど、そんなのは物語の中だけで、現実にはいないと俺は思っている。ただ一人と想った相手であれ、次の日には他の人に惹かれるなんてザラだ。


 だから、そんなのを信じられるなんて、夢見がちだなと思う。

 サンタを信じているぐらいの純粋さ。同時に、まだ信じられていることに羨ましさすら覚える。俺は普通というか、冷めた性格をしているのかもしれないのだけど、他人に深く執着したことがないから。

 友達はいる。

 でも、クラスが変われば、学校が変われば、すぐに縁は切れる。親友と語ったところで、時間と距離が離れれば儚いものだ。


 たぶん、ユウさんとの関係だってそう。

 夏の始まりに出会った、地味で大人しい少女。

 その素顔に驚き、興味を引かれているのは事実だけれど、それが永遠だなんて今も思ってはいない。それを寂しく思う気持ちはあれど、繋ぎ止めようとは思わなかった。


 ただもし、そんな尊いモノがこの世界にはあって、俺が知らないだけなら損をしているなぁと思わずにはいられない。もし、そうであるなら、ユウさんやシノには夢見がちであったとしても、そんな人が現れるといいなと願う。

「大丈夫だから」

 不意に声がした。

 心の声に答えられたのかと思って驚いて肩が跳ねた。声はユウさんのもので、これまでの憂いが嘘のように晴れやかな表情を浮かべていた。


「安心した、というのとは少し違うけど、納得はしたから」

 たったっと前に飛び出す。

 夕焼けに染まる商店街の道。手を後ろに組んで、夕日を背に彼女は笑う。

「わたしじゃどうしようもないし、なにかをする資格もない。なによりわたしじゃ――お姉ちゃんの特別にはなれないから」

 逆光に隠れたユウさんは、口元が笑っているなとしか判別できなかった。その笑みにどんな感情を乗せているのか、感情を映す瞳が見えなくってわからない。

 ただ、声のせいだろうか。

 寂しそうな微笑みだと、そう感じるのは。


 俺を待って、隣に並ぶユウさんの顔は晴れやかだった。寂しいと思ったのは、黄昏の空気が見せた幻なのだろうか。

「この後はどうするの?」

「帰る気だけど」

「なら、どこかに寄って行こう?」

 気軽に手を取られてビックリする。あまりに自然だったから、避けることも、握り返すこともできない。

 ニコッと無邪気に笑う彼女の頬が赤く見えるのは、夕暮れだから、というわけでもないだろう。


 どういう意味があるのか。

 手を握って、誘ってきて。

 わからない。だから、握り返すこともできずにユウさんに引っ張られてしまう。

「行こう」

 まるで妖精に誘われるように、茜色の道を歩く。


  ■■


 その日の夜。

 放課後のこともあって高揚しているのか、なかなか寝付けなかった。夜深く、日が変わる時間帯。ベッドで寝ていればそのうち意識も落ちるかと思っていたけど、一時間もゴロゴロしてたら頭が痛くなってきた。

 寝れない、というのはなかなか辛いものだ。

 だから、気分転換のつもりで商店街のコンビニまで足を伸ばしたのだけれど、それが失敗だったとコンビニの前で座って缶コーヒーを飲む不良少女を見て思った。


「うわ」

「……人の顔を見てその反応はなんだ」

 黒いマスクに、まつ毛バシバシのメイク。

 顔の半分が隠れているのに、それだけで個人が特定できるとか、特徴にあふれすぎではなかろうか。アイドル……今は元か? とは思えないぐらい、夜のコンビニ前が似合っている。ホームグラウンドと言ってもいいぐらいの堂々とした態度だ。ふてぶてしいとも言う。


 逃げようか。

 足が後ろに下がる。そのまま本能に従おうとしたけど、「まさか、挨拶もなしに帰るの?」と、不良か極道みたいなことを言われて断念するしかなくなった。

 挨拶なんて人間関係の基本。アイドルなら当然なんだろうけど、どうしてもシノの見た目だと不良とかそっちの方面のイメージに引っ張られてしまう。

 渋々シノのそばに寄る。そのままコンビニの窓を背に立つ。


「こんな時間に、こんな場所でなにしてるんだよ」

「どうでもいいでしょ」

 そうだけど。呼び止めておいてそのツンッとした態度はなんなのか。夜はまだ蒸し暑いというのに、シノの周囲だけ早足で冬が到来しているようだ。

 膝を抱えて、缶コーヒーを飲むシノは嫌に絵になる。顔だけは本当にいい女だ。


「で」

「で?」

 ただ一文字でなにが伝わると思っているのか。熟年夫婦でもあるまい。以心伝心というには、俺とシノの関係は冷めすぎている。

「マスターに聞いたんでしょ。なにかご感想は?」

 知ってるのかよ。


 バーのマスターはお客様の秘密を守る、なんて語っていたマスターの顔が脳裏に浮かぶ。当時は格好よく思っていたけど、今ではハリボテのような空虚さを覚える。

「一応言っておくけど、あんたとユウが来たとしか聞いてないから」

 俺の表情を読んだか、シノがさらっという。

 詳細は告げなかったらしい。ただ、俺とユウさんとの組み合わせでマスターさんに会ったとなれば、時期と照らし合わせればなんの用だったかなんてわかるだろう。

 口が硬いのか、意外と軽いのか。少し悩む対応だ。


「夜のバーなんて、初めて行ったよ」

「いいなぁ」

 羨ましさと口にしつつ、頭の中ではマスターさんがわざわざ呼んだのかと悟る。きっと、伝えておくべきだと考えたんだろう。口の硬いマスターという肩書を捨ててまで。

「酒を飲んだのか。不良め」

「ノンアルに決まってるでしょ」

 いつか言われたような言葉が返ってくる。昼だろうが夜だろうが、さすがにそこはしっかりしていたか。


 商店街の店のほとんどはシャッターが下りている。明るく、騒がしい声が聞こえてくるのは、酒を提供する飲み屋ぐらいだ。昼間の賑やかさとは違い、店が閉まっているだけでどこか寂れた印象が増す。

 どの建物も古く、年季を感じるせいだと思う。そんな光景を見ているからか、どうにも感傷的になっていけない。全体的に黒い奴が隣にいるから余計に引っ張られるのかも。


 俺もコーヒーでも買ってくるかと、個人経営の店内を窺う。客がいないのか、店長らしきおじさんが丸椅子に座って新聞を読んでいるのが見える。

 多少の入りづらさを感じつつ、入口に足を向けると、

「私はいいから、ユウを見ていてあげて」

 独り言のような呟きに足が地面に縫い付けられる。


「私にあの子は振り返ってくれなかった。でも、あの子はあの子だけの特別な人を見つけた。だからいいの、もう。あの子が……ユウが見つけたのなら、私はそれでいい」

 それでいいというには、その声には湿り気があった。

 物寂しく、静まり返る商店街を瞳に映して、なにを見ているのか。

 感傷的すぎる言葉。

 なにを言いたいのか半分もわからないけど、ユウが大切で、自分はいいと捨て鉢になっているのだけはわかる。


 就寝前の散歩、夜更けに遭遇するには重い話だ。長いため息も吐くというもの。

「なにそれ」

「胃もたれ」

 本当に重い。胃に穴が開きそうだ。

 けど、実際に穴は開くことはない。人間の想像が現実に反映されることなんて実際のところ稀だ。それが陰鬱な妄想ともなれば尚更だろう。


 シノもユウも。

 もう少し軽く生きられないものか。

 辟易しながら、バーからの帰り道を思い返す。きっと、あの寂しげな顔は幻ではないと思うから。

「今週の休み、デートな」

「は?」

 さっきまでの鬱々とした様子はどこへやら。

 蔑みの目を向けてくる。シノの怖い吊り目にも慣れてきたと思っていたけど、どうやら勘違いだったらしい。あまりの眼光に寒くもないのに身震いが止まらない。


「今、私が、なにを言ったか、理解してないの?」

「まぁ落ち着け」

 とりあえずその刃物以上に鋭い目を収めてくれ。

「人に頼み事するなら、お礼の一つや二つあってもいいだろう」

「それを頼まれた側が要求するの? というか、まだなにもやってない……」

「先払い先払い」

「だいたいデートって」

 人差し指に髪をいじいじと絡める。

「私に、その……女として興味あるの?」

「ないけど」

 間髪入れずに返したら、ぐーで脇腹を殴られた。加減はしているけど、そこそこの痛みにうぉっとなる。


「そこは嘘でもあるって言いなさいよ」

「実直な男でありたいんだ」

 今日、二股はダメとマスターさんにも言われたばかりだ。

 残念ながら恋人はいないけど、だからといって好きでもない相手に好きなんて軽薄なことを言うつもりはなかった。

 デートに誘ってる時点で軽薄では? というのは一旦棚上げしておく。


「ならなんで」

「じゃあデート代はシノ持ちで」

「……男としてのプライドはないの?」

 ジト目を向けられても知らん顔。一応、女性に奢ってもらうことに抵抗は感じているが、やっぱり棚上げしておく。今、俺がやるべきことは、シノから了承を引き出すことだった。


「で、いいの? よくないの?」

「……私、アイドルなんだけど」

「元、だろ」

 今もアイドルであってくれたなら、こんな面倒なことにはなっていない。

 うぅーと頭を抱えて悩むシノがバッと顔を上げる。

「わかったよ! でも、変なことしたら許さないから!」

「安心しろ。手なんて絶対出さないから」

 言ったらやっぱりぐー。手が早いのはどっちなのやら。


「じゃー土曜日に駅前集合で。詳細決まったら連絡するから」

「約束忘れないでよ!」

「あーはいはい」

 シノに軽く手を振って背を向ける。

 ユウを見ていてという話だろう。

 あんな一方的なお願いを約束とするのは強引すぎるけど、今だけは寛容に受け止めてあげよう。


「俺が見ているとは言ってないし」

 どうあれ、デート次第だろう。

 ふぁっと家を出る時にはなった眠気が口からこぼれる。ここしばらく重かった肩も重荷を下ろしたように軽かった。

「今日はゆっくりと寝れそうだ」

 後は野となれ山となれ。

 ぐっと伸びをして、軽い足取りで家路につく。


  ■■ side.天津シノ


 ――騙された。

 それが最初に抱いた気持ちだった。

 デートの待ち合わせ場所には、最愛の妹であるユウがぶすっとむくれた顔で立っている。そして、デート相手と思っていたクソ野郎はどこにもいない。


「お姉ちゃん……? 星観くんは?」


 もう一度言おう。騙された――と。


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