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芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。  作者: ななよ廻る
第1部 第1章

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第5話 強面アイドルは俺を大人の空間に連行する

 校門を出て、坂を下る。

 学校の周辺は森で囲まれているせいで、やたらセミの鳴き声が響く。反響して、オーケストラのように音が重なっている。突然、バッと飛び立つセミに驚くなんてのは、日常茶飯事だ。

 自然の中でのびのびと、感受性豊かに学生を育てるなんて校風だったけど、芸能クラスが設立してしまってそれも怪しくなっている。俺からすると、芸能というのは自然とは真逆な気がするから。

 年月と共に、校舎だけでなく志も廃れていってるのかなって思う。


 ……そんな現実逃避をしても、見知らぬ女の子に捕まって連行されているのは変わらないのだけど。とはいえ、俺の手を握る力は強く、放す気はさらさらなさそうだ。

 そろそろ四時も過ぎているだろうけど、夏の陽はまだまだ高い。昼間と変わらない日差しの強さで、体の至るところから汗が吹き出している。

 それは握られた手も同じで、重なった手の間で感じるじっとりとした感触が気になる。年頃なもので。

 まぁ、女の子に手を握られているという状況そのものが、年頃の男子高校生には耐え難い状況なのだけど。


「今日、欲しい漫画の発売日なんだけど」

「諦めて」

 にべもない。胸中で諦めのため息をこぼす。

 冷房の効いた部屋で、お菓子を食べながら漫画を読むという怠惰で幸福な予定は残念ながら白紙になったらしい。


「このさい、色々と諦めるけど、せめて行き先ぐらい教えてくれない?」

「もう少し」

「いや、もう少しって」

 小山の中腹にある校舎からだいぶくだってきた。このままだと、街まで降りてしまう。それに、質問の答えにもなってないし。

 結局、どこに連れて行かれるかわからないまま、ふもとの街まで降りきってしまった。そのまま商店街のゲートをくぐる。


 学校から一番近い商店街。

 だからか、学生が寄り道するには絶好の場所で、下校時間ということもあって商店街には生徒の姿がちらほら見られる。みんな、やっと訪れた自由時間を友人たちと楽しんでいて、こっちを気に留めていない。けど、不安になる。

 知り合いいないよね?

 女の子と手を繋いで商店街を歩いていたなんて知れたら、級友たちが根掘り葉掘り聞き出そうとしてくるのは目に見えている。

 実際には無理やり連行されているだけなのだけど、恋バナ大好きな思春期高校生にそんな言い分は通らないだろう。


 せめて手を、とどうにかこうにか放そうとするけどがっしり掴んできていて抜け出せない。むしろ、「逃がさないから」と握る力がより強まってしまった。

 放れたからって逃げないよ。そう思ったけど、開放されたなら義理難く付いていく必要もないんだよなぁと思い直す。

 なら、逃げるかも。いや、逃げたい。

 心が逃走に寄り始めている間にも、着々と目的地に近付いているらしい。路地裏に入る。え? こっち? と驚く間もなく、建物の影になっていた階段を降りていく。


 赤レンガの壁。ポスターの切れ端があったり、一部崩れていたり。

 アングラ感漂う雰囲気に思わず「うわー……」と声がもれる。感心ではなく、不安によるものだ。強い見た目の雰囲気からカツアゲぐらいされそうだとは思っていたけど、そういう次元を越えてきた。ヤの付く人たちが待っていて、不当な契約とかさせられないよね?


 不安が不安を呼んで及び腰になる。

 けど、繋がっている手は放れず、ピンッと腕が伸びるだけ。

「なにしてるの。早く来て」

 階段の下から睨まれる。どこまでも強気な少女。逆らいづらいんだよなぁ、と自分の弱腰に情けなさを感じつつも「わかってる」と返事をして付いて行くしかなかった。


 カランッと、鐘の音が出迎える。

 階段を降りた先にあった扉を開けると、僅かな明かりで照らされるだけの薄暗い室内が広がっていた。

 壁一面には酒瓶が並んでいて、室内を分けるように長いカウンターが伸びている。カウンターの内側には見るからにバーテンダーといった格好をした大人な雰囲気の女性がグラスを磨いているところだった。

 手を止め、薄暗い中でもわかる瞳がこちらを向いてどきりとする。すっと女性の目元が緩んだ。

「いらっしゃいませ」

 お腹から喉に上ってくる緊張のせいで声が出ない。慌てて会釈するのがやっとだった。


 たぶん、バーなんだろうけど、入っていいの?

 酒を嗜む大人だけに許されたビターな店の雰囲気に呑まれているのか、どうにも落ち着かない。年齢制限とかあるんじゃないのか。どうあれ、堂々と学生服で入っていい場所ではないだろう。

 冷房が効いているだけとも違う、場違いな場所に来てしまった感がある。挙動不審とわかっていても落ち着かず、店内をきょろきょろしていると、ぐいっと手を引っ張られる。


 俺と違ってためらう様子のない天津がずんずんと店の奥に進んでいく。俺を引っ張りながら。

「あ、いいのっ?」

「マスター、奥の席借りるから」

 俺の言葉どころか、マスターと呼んだ女性の返事すら待たず店の奥へと上がり込んでいく。暗い店内で足を取られそうになりながら、「本当に入ってよかったの?」と再度問うと今度は返事があった。「平気」と、納得するには言葉が不足しすぎている端的なものだったけど。


 そのまま衝立ついたてで囲われたテーブル席に案内……というには、力づくだったけど、案内される。

「座って」

 と、壁際の席にぺいっと放り出された。ずっと握られていて、汗ばんだ手をさする。その間に、向かいの席に天津が腰掛けていた。

 壁に衝立。向かいには天津。

 逃げ道を塞がれた感覚になりながら、恐る恐る椅子に座る。ギィッと床をこする椅子の足の音がやけに耳に残る。


「……それで、こんなところまで連れてきて、なんの用?」

 わけのわからない状況に内心ビビりまくっているけど、これでも男の子なので『こんなの大したことないから』と虚勢を張る。引きったまま戻らない頬は愛嬌ということにしておいた。

「決まってる」

 俺をこんな場所に連れてきた張本人なんだから当たり前だけど、天津に緊張は見られない。店内の僅かな光源の下、黒いマスクの上で出会った当初と変わらず、不機嫌そうな銀色の瞳が細まっていく。


「あの子……ユウとはどんな関係?」


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