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芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。  作者: ななよ廻る
第2部 第3章

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第1話 拗ねて、期待して、決意する

 さて、どうするか。

 山道を並んで歩くユウさんを横目に見ながら思う。


 放課後。

 夏の日差しに当てられ、ユウさんは薄っすらと額に汗をかいている。ここ最近は、意識が薄いというか、精神的な不安定さが目に見えていた。

 まだその兆候は残っているけど、少しは回復してきたようにも感じる。俺の視線に気付いたのか、顔を上げて「どうしたの?」と尋ねてきたのも、元気になってきたと感じる兆候の一つだった。


「どうもしてないけど、よかったなーとは思ってる」

 どういう意味? というような顔をされる。

 言葉の意図を伝えるつもりがないからその反応は当然なのだけど、口にした言葉自体は本心だった。


 少し前なら、どれだけユウさんを見ていようとも気付くことはなかった。

 ……これだけだと、密かに女の子を見ているストーカーのような変態さがあるけどそうじゃない。あくまで、一緒にいる時に心配して様子を窺っていた、というだけだ。決して疚しい気持ちはない。

 ともあれ、特効薬でこそないけど、やはり時間が傷を癒やしてくれたということなのだろう。……それが元通りなのかは、別の問題だろうけど。


 これなら一緒に帰る必要もなくなるかもしれない。

 シノには心配させるなと伝えたし、完全復調とは言えないユウさんがやや気になりはするもののお役御免といったところか。

 それに、これ以上詮索しようにも、本人に訊かなかったのだから手詰まり。八方手を尽くしたのだから、頑張ったと褒めてほしいぐらいだ。

 一切、結果が伴ってないけど、まだ学生なので努力にこそ価値があると思いたい。


 うんうんと頷いて顔を上げると、立ち塞がるようにユウさんが前に立っていて面食らう。いつの間にというのもあるが、わざわざ道を塞ぐ意味がわからなかった。

「え、なに?」

「よかったって、なにが?」

 後手を組んで、じっと見上げてくる。俺の顔色の変化を見逃さないとでもいうように、強い視線にたじろいでしまう。

 そんな気になることだった?

 濁すように言ったのは俺だけど、わからないまま流してくれると思っていた。だから、こうも問い詰められるような形になるとは思わず、困惑してしまう。


 隠すようなことではないからいいけど。

「ここ最近、元気がなかったように見えてけど、少しはよくなったみたいでよかったなーってだけなんだけど」

「……元気がなかったわけじゃ」

 おそらく否定しようとしたのだろうけど、ユウさんは途中で言葉を途切れさせる。ううん、と左右に首を振って、言葉を翻す。

「そう、だね。うん。そう。少し、落ち込んでた。でも、星観くんのおかげでもう大丈夫」

「俺?」

 鼻先を人差し指で触れる。笑顔で頷かれた。


 俺のおかげって。

 別になにかしたつもりはないのだけど。

 なにもできてなんかいない。努力を褒めてほしいとは思ったけど、こうして見られてもない過程を称賛されるのは喜びよりも困惑が勝る。


 そんな俺の心情を顔色から読み取ったのか、ユウさんが笑顔を作る。

「今日の昼休み、どこに行ってたの?」

 いつもの淡い、控えめなものとは違う、威嚇するような笑顔に体が強張る。

 これは……もしかしなくてもバレてる?


 心配をかけないように隠れて動いていたけど、知られていたのなら意味はない。むしろ、隠していたことによって余計な心労をかけたかもしれない。

 どうだろう。

 カマをかけているのか、知った上で自白を求めているのか。

 ユウさんを見ても、綺麗な笑顔を浮かべているだけで、その心情を明かしてはくれない。以前までなら少し突いただけ慌てふためいて、その心を教えてくれたというのに。

 教室で話してくるようになったことといい、夏の間にどんな心境の変化があったのだろうか。


「なんのこと、かな?」

「星観くんは意外とわかりやすい、よね?」

 笑顔でとぼけてみようとしたけど、ユウさんの笑顔の圧が強まっただけだった。

 じーっと、じじじーっと。

 夏の陽光のように煌めく瞳に見つめられ続けて、白旗を上げたのは俺だった。我慢した分だけ、長い息を吐く。両手を上げて、降参を示す。


「……シノのところに行ってた」

「やっぱり」

 言うと、作られた笑顔が淡くなる。目端が緩んだと言えばいいのか、表情の中に困ったような感情が混ざり込む。いつものユウさんの笑顔だった。

「そうじゃないかと思ってた」

「確信はなかったわけだ」

 やっぱりカマをかけられていたらしい。

 もう少し粘ればやり過ごせたかなと思うも、あの笑顔に開門を迫られたなら、俺の硬い口もいずれ耐えきれなくなったはずだ。

 女の子の涙に勝てる男はいないけど、笑顔にだって涙に負けず劣らず男は弱い。全方位弱点だらけだなと情けなくなる。


「うん。でも、きっとそうだって思った。わたしを心配してくれてって……」

 人差し指の甲を下唇に触れさせ、期待するような上目遣いを向けてくる。

「……心配、してくれた、……んだよね?」

 なかなかにズルい訊き方だった。

 さっきまで流暢に話していたのに、急にかつてのようなたどたどしさを見せる。こういうのをあざといのいうのだろうか。

 本人にその自覚はなさそうだけれど、強面パンク系女子高生と人気アイドルの顔を使い分ける姉にしてこの妹ありということか。


「それは、そう、だけど」

 素直に心配してました、というのはどうにもむず痒いものだった。背中を伝う汗が、いやに冷たく感じる。

 だからといって、こんな尋ね方をされて『心配してない』なんて意地を張れるわけもない。しどろもどろ。詰まりに詰まりながらも肯定すると、嬉しさよりも安堵が勝るというように、ユウさんが小さな吐息をこぼした。

「うん」

 だから、と。

「これ以上、星観くんを心配させたくなかったから、元気になろうって、思ったの」

 空元気でもね、とユウさんは苦笑する。


 思い詰めるよりはずっといい。

 でも、その動機はいかがなものかと思ってしまうのは、理由が理由()だからだろうか。素直に喜べないでいると、ユウさんの唇がツンッと尖る。

「黙って姉に会ったのは、どうかと思うけど」

「う」呻く。「それは、ごめん」

 地面を蹴って、見るからに拗ねている。

 本当にいろんな表情を見せるようになったなと感心するけど、新しい表情を見れたからってなんでも喜ばしいと思えるわけじゃない。


「こそこそしてたのは、悪かったって思ってる」

「……それじゃないんだけど」

「?」

 なら、なにが駄目だったのか。

 首を傾げていると、なんでもないと微かに笑みを返される。

 明らかになにかある言い方で気になるんだけど、触れたら触れたでまた拗ねられそうな気配がある。

 触らぬ神になんとやら。沈黙は銀ともいう。下手に突かないのが一番なのだろうと喉まで上った好奇心を胃に戻す。


「それで、お姉ちゃんに会ったっていうことは、アイドル引退の話、……だよね? なにかわかった?」

「いやぁ」

 へらっと笑ってみる。

 無駄足だったとは、姉の引退理由について知りたいだろう妹には言いづらい。そもそも、土壇場で日和ったなんて余計に口にしたくなかった。

「そう、だよね。お姉ちゃんが素直に話すわけないか」

 なにやら勘違いしているけど、都合がいいので黙っておく。でも、申し訳ない気持ちになったので「ごめんね?」と謝ると「あ」と顔を上げて「ごめんなさい」と逆に謝られてしまった。


「拗ねて、期待して、勝手だよね。わたし、なにもしてないのに」

「そんなことないと思うけど」

「あるよ」

 こうも強く断言されると、半端な慰めも口にできなくなる。

「だから、今度はわたし自身で動く。気になってるのに、色々言い訳を探して動かない理由を見つけるのはもう止めたいから」

「そっか」

 決意を新たにするユウさんを見て、微笑ましくなる。


 成長を喜ぶような、そんな気持ち。

 同級生相手になにを言っているんだという話ではあるのだけど、大人しい姿ばかり目にしていたからか、感慨のようなものが心を震わせるのも仕方ないと思う。

 仲良くなったからこそ、感じ入るものがあるのだ。


「でも」

 と、どうしてか鞄からスマホを取り出したユウさんは、口元を隠すように構えると、微かに頬を赤らめる。

「星観くんが一緒にいてくれると、心強い、……かも」

 期待するように琥珀の瞳が潤み、熱を帯びている。

 夜明けのアイドルの引退。

 気にはなるも、率先して調べようという熱量はなかった。

 これまでその動力になっていたのは、ショックを受けて抜け殻みたいになっていたユウさんが心配だったからに他ならない。


 ユウさんが活力を取り戻した今、俺がこれ以上他人の込み入った事情に踏み込む理由はないんだけど、

「……星観くん」

 縋るように名前を呼ばれてため息がこぼれる。

 嫌になる。

 頼られて嬉しいと思ってしまう自分が。


「勝手に動いた責任もあるし、うん、付き合うよ」

「ありがとう……!」

 期待と不安の内側から、喜びに満ちた笑顔の華が咲き誇る。

 今も頭上で燦々と輝いている太陽にも負けない華やかさを見ると、これが見れたのならいいのかなって、抱えていた卑しさすら浄化される心地だった。


 簡単な奴だ。

 自分の単純さに呆れつつ、とはいえと誤魔化すように思考を切り替える。現実的な問題、というやつだ。

「シノ本人に事情を聞けない以上、調べようがないと思うんだけど。それとも、ユウさんになら教えてくれる、とか?」

「……星観くんが聞き出せないのなら、わたしなんてもっと無理だよ」

 そうだろうか。

 あのシスコンを拗らせしすぎた姉なら、ユウさんが両手を胸の前で組んで『おしえてお姉ちゃん?』と言えば、くらっときてころっと教えてくれそうなものだけど。

 まぁ、他人より家族、ましてや双子の妹だ。俺なんかよりシノのことを知っているのだから、ユウさんの言うことが正しいのだろう。


 でも、

「ならどうする?」

 尋ねると、さっき取り出していたスマホをふりふりと揺らす。

「画面が割れてるね」

「……そうじゃなく」

 今度替えます、と羞恥で頬を染めて、スマホを目元まで隠すように持ち上げる。

「お姉ちゃんのことを知ってる人に、心当たりがあります」


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