第2話 二つ目の方法:芸能クラス突撃
翌日。登校。そしてお昼休み。
「今日、お昼は一緒に食べれないや」
約束していたわけじゃないけど、ユウさんに断りを入れておく。
夏休み前、夏休み後。
習慣になっていたからだ。
わかった、と素直に頷いてくれたけど、その目がやや不満を訴えていたのは見間違いだろうか。よし。見間違いということにしておこう。
そんなわけで、快くユウさんに送り出されて校舎一階まで降りる。目的地は購買……ではなく、通り過ぎて反対側の校舎だ。
山奥にあるこの校舎は凹の形に似ている。
普段、俺たち一般クラスが使っているのは左側の長い部分。じゃあ、逆はなんなのかというと、今年新設された芸能クラスになる。
十数年前ぐらいまでは校舎の教室全部が埋まるぐらいの生徒数が在籍していたらしいけど、時代の流れによる生徒数減少は止められなかったらしい。
一般クラスだけでは半分がやっと。それでも空いてる教室があるぐらいなのだから、どれだけ学校経営が限界かがわかるというもの。
だからこその芸能クラスなんだろうけど……まぁいいか。それは。
ともかく。
俺は購買部すら通り過ぎて、芸能クラスに向かっていた。
……生徒が群がる購買部には未練があるけれど、今日の昼休みは空腹を抱えてでもやらなければならないことがあった。
反対側の校舎は一階としか繋がっていないので、わざわざ降りて上るなんて二度手間のような移動が必要になる。
構造上、上階も繋がっているはずなんだけど、現状封鎖されている。
理由はやっぱり芸能クラスの生徒への安易な接触を防ぐため?
わからないけど、面倒だなぁと階段を上りながら思う。
「変な感じ」
左右対称の校舎だ。
見た目だってそう変わっていないのに、どうにも落ち着かない、緊張感のようなピリピリとした感覚が肌にあった。
同じ校舎でも、上級生のいる一階上は世界が違うというか、普段使わない教室は同じ校舎にあってもそわそわするというか、そんな感じ。
猫が新しい家で物陰に隠れるようなものだろうか。なんか違う気もする。
残念ながら俺は猫ではないし、目的があって芸能クラスの校舎に来ている。物陰に隠れて丸まってはいられなかった。
二階に上がって、二年の教室を探す。
シノの年齢とか学年とかは聞いたことはないけど、双子というのなら二年のはずだ。留年して一年生だった、なんてことも想像してみるけど、この学校にそんな制度はないはずなので、間違いはないと思う。
そもそも、芸能クラスは今年新設されたばかり。新入生と転校組はいても留年があるはずもない。
「というか、世の中に留年生っているのか?」
アニメや漫画だと極々稀に目にするけど、現実で耳にしたことはなかった。浪人生はいっぱいいるだろうけど、根本的に意味が違うし。
どうなんだろうと、シノの留年について考えながら廊下を歩く。
昼休みとあってか、廊下には生徒がそこそこいる。芸能クラスだろうと十代の高校生。受ける授業が異なっても、精神性まで違うということもないのだろう。
一般クラスと変わらない、ちょっと騒がしい昼休みの談笑風景がそこにはあった。うぇーいと人をおちょくって、追いかけっこをしている男子生徒もいる。うーん、幼稚。
もう少し大人なイメージもあったのだけど、芸能活動をしているのはシノだけだと聞く。芸能クラスが新設されて、五ヶ月ぐらいか。その間に幾人か増えたとしても、全体で見ると大差ないはずだ。
つまるところ、芸能関係を目指しているだけのただの高校生。それが男子ともなれば、まだまだバカをしたくなるというものか。うちのクラスも級友を筆頭に、男はバカが多いのだ。俺は違うけど。
自分は大人ですと自称しつつ、扉の上にぶら下がっている教室名を見て……あれ?
「E―1?」
一年の教室だった。あれ? 二階は二年の教室だと思ったんだけど、勘違いした?
そう思って奥の教室のプレートを見て、あーなるほどとなる。
記載されているのはE―2。その奥にはE―3とあった。
後ろの数字はクラス番号じゃなくて学年か。
考えてみれば、芸能クラスは新しく新設されたばかり。同じ学年で複数のクラスができるほど、人数が集まっていなかったということか。まさか、全学年が一緒くたになっているとは思っていなかった。
そうなると、上の階はなにがあるんだろうか。
「音楽室?」
そんなに沢山いらないよね。
上がってみたい気持ちもあるけど、今日の目的は別だ。好奇心に任せて探検して、芸能クラスの校舎から追い出されたら目も当てられない。
とりあえず目的を済ませようと、二年の教室を覗く。
「いる、か?」
小声で窺う。
いるならいい。
でも、登校していないのなら、突然の腹痛で帰る予定だった。一文で矛盾しているけど、突然と予定が組み合わさることもままあるものだ。矛盾を呑み込むのもまた人生。
人生のなんたるかを哲学っていたけど、どうやら矛盾をごっくんする必要はないらしい。教室の中で、あれだけ連絡の取れなかったシノをあっさりと見つけたから。
体調不良ではなかったらしい。顔色も悪くない。
そのことにはほっとするけど、それならなおさら返事しろよと唇を尖らせたくなる。
「まぁ、いたからいいけど」
不満は本人にぶつけようと決めて、シノを呼ぼうと口を開く……開こうとして、また閉じる。
このまま話しかけて問題はない……のか?
相手は今話題のアイドル様だ。
その話題が引退なのはさておいて、そんな相手に安易に話しかけてよいものか。
昨日までは、知らないクラスで女の子に話しかけるのやだなー、勘違いされちゃいそうだなーと、思春期男子特有のじれったさと面倒臭さでもじもじしていたけど、もしかししたらそんな程度で収まらないかもしれない。
アイドル引退。その理由は男!? とか、大々的に書かれた新聞がありありと思い浮かぶ。表紙を飾るのは目線を隠された俺。……考えただけで気が滅入る。
嫌な予感に急停止。
もっと密やかに声をかける方法を考えなくてはと頭を使おうとして、ふと教室の様子を見て、あれ? となる。
正確に言えばシノを、だ。
教室の隅っこ。
窓際の一番後ろ。位置的にユウさんと同じ席で、肘を付いて一人、窓の外を眺めていた。
別に奇行に走っているとか、ぎゃーわー騒いでいるわけじゃない。
でも、シノは学校どころか世を賑わす人気のアイドルだ。
カースト上位で、陽キャ。
クラスの中心でもっとわいわいぎゃいぎゃい祭り上げられていると思っていただけに、物静かに一人で黄昏れている姿は意外にすぎた。
もしかして、アイドル引退で気遣われてる?
それにしては、教室の雰囲気は普通だな、と思う。初めて来たので普段を知っているわけじゃないけど、緊張が見られないというか、誰もがいつも通り過ごしている。そんな空気感があった。
俺の勘違いかもしれないけど。
「これじゃあまるで――」
「なにしてるの?」
「うわぁひゃ」
変な声が出る。
急に声をかけられた上、シノを見ていた俺の視界が女の子の顔で一杯になる。心臓が口からえろえろしそうなぐらい驚いて、咄嗟に口を押さえた。





