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第2話 教室にいる地味な子

 夢見心地というのは、昨日のようなことを言うんだと思う。

 素顔を見せて、待ち構えていた同級生の女の子に驚いたというか、戸惑ったというか。とにかく、俺の中で心が反応して、お弁当箱を返し損ねてしまった。

 返しに行っただけなのに、なにやってるんだろう、俺は。


 週も半ば。梅雨明けの発表はなく、雲行きが少々怪しい空を教室の窓から見る。今日は一日雨は降らないとスマホの左上で太陽マークが燦々(さんさん)としていたけど、灰色の空を見ると本当か疑わしい。

 結局は予報か。そう思いながら、外を見たついでだからと言い訳をしつつ、後ろを向く。


 二つ隣の列。後ろに三つ。

 丁度、窓に近い教室の隅っこに、いまだに名前もわかっていない同級生の女の子がいる。大きな眼鏡と長く垂らした前髪で顔は見えない。

 けど、昨日のお昼を思い出して……見惚れた、というのもあるんだろうな、と思う。ただ、それだけじゃなくって、最初から素顔を晒していた、というのも俺の動揺に一役買っていたと思われる。拾ったお弁当箱を返し忘れるぐらいの動揺に。


 教室で見る彼女は地味そのもの。三つ編みがかわいくないとは言わないけど、これでもかってぐらい目立たない要素を詰め合わせている。そのせいか、意識から外れやすいのかもしれない。

 見た目だけじゃなく、動きもなんだか小さい。

 板書でも写しているのか、ちまちまとノートに書き込んでいる。肩をぎゅっと寄せて、背中を丸める姿は見ているだけで窮屈だ。電車の長椅子に座って、両隣の人に迷惑をかけないようにしているかのようにも見える。教室に人が多いとはいえ、そこまで密着はしていないのに。


 下を向きすぎて、重たそうな眼鏡がずり落ちそうになっている。慌てて直してるのを見て、なにやってんだろうなぁと思う。

 不器用というかなんというか、生きづらそうな性格をしてる――いでっ。

星観ほしみ君、どこを見てるのかな?

 黒板は後ろにはないわよ?」

「あ」

 と、声を上げた時には小言を貰った後で。

 知らないうちに教科書を丸めてぽんぽんしている先生が、笑顔で横に立っていた。


「当てても気付かないし、教科書も見てるページが違うね。

 先生の授業より気になるものがあったかなぁ?」

「……すみません」

 ん? と笑顔の圧が増すので、謝ってやりすごす。

 当てられてたのか。ぜんぜん気付いていなかった。

 そのまま先生の手で教科書のページをめくられて、よく知らない文豪の小説を読み上げさせられる。


 どうにも意識しすぎている。

 でも、やめられない。

 教科書を見ていても、気になるのは後ろばかり。こっちを向いているのかなって思うと、背中がむずむずそわそわする。そうして、意識がおろそかになっていると、またぽかりと頭を叩かれた。

 バカになりそう。



  ■■


「今日のライブはないのかぁ」

 背もたれを抱くように座る級友が、見るからに落胆して窓の外を見ている。

 授業が終わった途端にこれ。うっとうしい。

 けど、残念がっているのはこいつだけじゃなくって、教室に残っている生徒たちは窓を見てあーあと嘆くか、お昼の準備をしながら芸能クラスの話題に花を咲かせている。


 どうあってもアイドル様かぁ。

 窓から外を見ても、俺の座っている位置からは校庭の様子は見えない。けど、スピーカーから流れるポップなメロディや、わたしかわいいでしょ? とアピールしているような媚びた声は聞こえてこなかった。

 偏見まみれだけど、俺にとっては穏やかな昼休みを邪魔する存在でしかないのだから、ちょっとばかし口も悪くなるというもの。ライブも、ないならない方がいい。

 臨時のライブ会場にならない教室であれば、落ち着いてお昼を食べられる。たべ……れる。の、だけど……。


 今日はドラマの撮影がうんたらかんたらと、級友の語る夜明けのアイドル様の予定を聞き流しつつ、机の横にかけていた鞄を持ち上げる。そのまま机に載せて、開けっぱなしだった中を覗く。

 無造作に収まった教科書やらノートの上に、ビニールの袋。男子高校生には小さすぎるかわいらしいお弁当箱が入っている。

 後ろを見る。けど、彼女の姿はなかった。

 たぶん、昨日、一昨日と同じで校舎裏に行ったんだと思う。気にしてなかったけど、彼女にとっては日課のようなものなのかも。友達と食べる、って女子高生らしい習性とは無縁っぽかった。


「どうした?」

「なんでもない」

「せめてこっち向いて言えよ」

 野郎の顔を見てなにが楽しいのか。

「んー?」

 と、間延びする声が聞こえて、うるさいなぁと思いつつ前を向く。そしたら、級友が俺の脇から後ろを覗くように体を傾けていた。なにしてるんだこの級友様は。


「授業中も後ろ向いてたけど、なにかあるの?」

「……」

 頭軽そうなのに、妙に鋭い。

「壁のシミを数えてただけ」

「なるほど。……もしかしてバカって思われてる?」

 そして察しもいい。


 面倒くさいなぁと思っていたら、「ふーむ」と顎に手を添えてなにやら考えだす。

「もしかして女子?」

 むせそうになる。口を手の甲で押さえて、どうにか耐える。こいつはぁ。

「図星? そっかー、ついにヨゾラにも春が来たかぁ」

「とっくに夏だはバカ」

 わけ知り顔で納得しているのがムカついて、席を立ったついでに鞄で顔面を殴る。「うぐえっ⁉️」と、バカの潰れた音がしたがどうでもいい。そのまま足早に教室を出る。


 昼休みで賑わう廊下。行き交う生徒を避けながら廊下を歩く。妙に踏み出す足に力がこもっていた。まったく。

「女子とか、そういうのじゃない」

 ただ、拾ってしまった弁当箱を返しに行くだけ。気になっているのも、それが理由に決まっている。


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