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『ねえ、ジェーン。ラドウェルの花祭り、一緒に行こうよ』
ビルとジェーンは幼馴染で、小さな頃から同じ時を一緒に過ごしていた。家族のように過ごしていた二人が思春期を迎えた時、恋人となるまでにそう時間はかからなかった。
『……うーん、行きたいわよ? 行きたいのだけれど、父さんがなんて言うかしら。最近は峠の辺りが物騒だっていうし』
心配そうなジェーンの手を取り、ビルは彼女に目線を合わせる。
『ラドウェルは隣町だし、峠を越えればすぐだ。明るいうちに峠を越えて、夜はレナおばさんの家に泊まらせてもらおう? これなら心配いらないんじゃないかな?』
懇願するビルの様子に目を彷徨わせたジェーンだったが、やがて仕方がないわねと笑って頷く。
『でも、ちゃんと父さんの許可はとってね?』
『うぐ……』
喉のあたりで声を詰まらせたビルの様子にジェーンは、声を上げて笑う。彼女の弾けるような笑い声が好きだった。幸せだった。
あの時までは。
ビルは燃え広がる炎をただ眺める。死が近づいているにも関わらず、何も感じない。
『ーージェーン! ジェーン!』
恐怖に見開かれた瞳。徐々に体温を失っていく身体。広がった血液を視界に入れず、ビルはただ彼女の名前を呼び続けた。
死んでなんかいない。彼女は死んでなんか。
『ーーあらまあ、派手にやったもんだねぇ。でも収穫はあったようだ。よしよし。健康そうな男もいるじゃあないか。あんた達、良くやった』
盗賊達の背後から腰の曲がった老婆が現れ、ビルは呆然と彼女を見上げた。
『どれどれ』
杖を突きながら、老婆は人々の顔や身体を確認し始める。盗賊達に指図をしながら、人々は二つの組に分けられ手足を縛られていく。やがて老婆はビルの所までやってくると、顎に手をかけ上を向かせた。
『こいつも連れて行くよ。縛りな』
老婆の指示を受けて大柄な男が近づいてくる。
(ジェーン……こいつのせいで……!)
ジェーンの死に呆然としていたビルは我に返り、側にいた老婆に殴りかかろうとした。しかし、すぐにそれは盗賊達に阻まれ、鳩尾を強い衝撃が襲う。
『余計な手間をかけさせるんじゃねえ!』
痛みで地面に蹲ったビルの背を盗賊の一人が踏みつけ、他の仲間が手足を縛っていく。
『あっちの奴らは必要ないーー殺しちまいな』
悲鳴が空気を裂き、人々が凶刃に倒れていく。盗賊達は彼らの命がまるで取るに足らないものかであるように、何のためらいもない。
(……ああ、俺が連れ出したりしなければ)
そうすれば、彼女は死ぬことはなかった。全て自分のせいだ。
ビルの頬を涙が伝う。
(ごめん、ジェーン)
朦朧とする意識の中で目を閉じたビルは、一心に愛する彼女へ謝罪をし続けたのだった。
「俺が馬鹿だった、ジェーン。謝る資格もない。だけど、君の敵は取るからね。今から僕もそっちに行くから」
炎がやがて愛しい君のところへ運んでくれるだろう。ビルは眼前に迫る煌めく激しい炎に笑みを深めた。