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「お前達! 今日も量が足りないじゃないか! どういうつもりなんだい。今すぐに死にたいっていうのなら、首を飛ばしてやろうかい!?」


風を切り裂いて飛んでくる鞭が太腿を打つ。五人は唇を噛み痛みに耐えていた。昨日よりも採取した量は多かったのだが、ザイの求める量に達していなかったらしい。


「追加の注文が入ったっていうのに、これじゃあ半分程度しか作れないじゃないか。あんた達! 明日も休まず森に採取に行ってもらうからね!」


ザイの言葉にリリアネアは胸中でため息を吐いた。いくら広い森と言えど、毒草は無限に生えている訳ではない。こう何度も採取に行けば、遠くに行かねばならないし帰路の時間の確保も必要になる。今よりさらに多い量を集めてくるのは困難に近い。


(無茶を言うなよ、この糞婆……!)


表情には出さずにザイを罵るリリアネアだった。サムを見ると本日も情けないほどの涙を流していた。他の三人はザイを刺激しないように黙り込んでいる。


「そこの鼻垂れ小僧! うるさいねぇ、泣くんじゃ無いよ!」

「うっ!」


苛ついた様子のザイが再び鞭を振るい、サムの下腿に命中する。サムはこれ以上鞭で打たれまいと、涙を流しながらも必死に声を出さないようにしている。


「最近のお前達は、弛んでいるようだね? 私の鞭が足りなかったかい……?」


(こりゃ、今日はいつもより痛みが酷いなだろうな……)


眠れないかも知れないとリリアネアが覚悟したその時、コツコツと独特の拍子リズムで小屋の扉を叩く音がした。


「……今日もお越しかい……? 最近は多いねぇ……あんた達、奥に行ってな」


ザイが顎で奥の部屋を示し、鋭い眼光で急ぐよう伝えてくる。リリアネア達はこれ幸いとばかりに部屋へと引き上げる。誰かは知らないが夜の客のおかげで更に鞭を受けることはなくなった。


「よ、良かった。も、もうあれ以上鞭で打たれてたら死んじゃうところだったよお……」


安心したサムがまた涙を流している。


(こいつ、本当にいつでも泣いてるな……)


「それにしても、昨日もお客が来てたのに今日も来るなんて。同じお客かなあ? それともザイの評判を聞いてお客が増えてるのかな」


カミーユが太腿を摩りながら不思議そうに首を傾げる。動きに合わせて灰色の髪が揺れる。


「よくわからないけど、本当にお客さんが最近多いよねぇ。だから、あんなに薬草が必要なのかなあ?」


でも、あれ以上探すのなんて無理だよお、とサムは俯く。ここへ来て一番期間の浅い彼は、毒草を含めた薬草を見分けるのに時間がかるのだろう。


「それでも探すしかねえだろ。やらなきゃ死ぬんだがら」


リリアネアがそう言うと、サムは更に俯いて黙ってしまった。


「ま、でもとりあえずお客が頻繁に来てくれたら鞭を受ける回数は減るし、俺たちにとっても悪いことばっかりじゃないんだけどね……ねえ皆、なんかザイの声が聞こえない? いつもだったら地下にいる筈なのに……」


カミーユが訝しげに眉根を寄せて扉の方を見る。リリアネアも実はカミーユより前に気付いていた。ザイが激しい怒りの声を上げているのを。


「ーーだから、それはどういうことだって言ってるんだよ! これっきりって! 旦那は? いつもの旦那はどうしたんだい!? あんたじゃ話にならない。旦那を連れてきとくれ!」


ザイの叫ぶ声に五人は静かに扉の前に移動する。今までに無い程焦るザイの声に不穏なものを感じたリリアネア。


「な、何か言ったらどうなんだい! こ、小僧達! こっちに来るんだ!」


ザイが自分達を呼ぶことなど今までになかったことだ。毎回客の正体が分からぬ様、リリアネア達ら別室に遠ざけられ、客達は地下で取り引きをしていた。

逆らうことのできないリリアネア達が言われるがままに扉を開けた、その時だった。

ばりん、と硝子が砕けるような轟音が耳に届いたのは。


「ーー取引は終了だ。お前の命運はここで尽きる」


男の囁くような、小さな声。だがしかし、それでもその声は何故かリリアネアの耳にははっきりと聞こえた。リリアネアの他に聞こえたのはザイくらいかもしれない。


「ーーえ?」


襟首を掴んでいたザイが呆然としている間に、黒衣の男の姿は朧げになり霧散した。


「け、結界が破られた……? こ、これじゃあ魔物が……!」


血の気の引いたザイは立っていられなくなったのか、床にすとん、と腰を落とす。リリアネアには、ザイが一瞬で十歳老けたように見えた。


「やべえぞ! とりあえず灯りを消して……?」


ダンの言葉に頷いて、洋灯ランプの火を消そうとリリアネアは机の方を見た。

しかし、既にビルが洋灯を手にして机の側に立っていた。いつもの通り、無表情で感情の読めない顔をして、洋灯を見つめている。


「ビル……? おい、お前それは……!」


無機質な瞳に、洋灯の光が静かに揺らめいていた。

その彼の手には紫に変色した細長い草が握られている。その草の名は、ルッカラッカ。別名を魔寄せ草ともいう。魔物を退治する際に、おびき寄せるために使われる強烈な臭いを放つ草の一種だ。


「ーー長い間、どうすれば殺せるかを考えていた。普通の方法じゃあ、あなたを殺せない。先に僕が殺されてしまうから。だから、長い間ずっとどうすればいいか考えていたんだ……もっと早く思いつけた筈だったのに」


ビルの薄い唇が弧を描く。リリアネアはここに来て初めて彼の笑みを見た。とても嬉しそうに笑う彼は、幸せそうで。だが、その光景はあまりにもこの場にそぐわない。


リリアネアは、言い知れぬ恐怖と共に全身に鳥肌が立つのを感じた。


誰もがビルの雰囲気に呑まれ動けない中、顔を上げた彼の瞳は爛々と輝いていた。そして、彼の手からゆっくりと洋灯が滑り落ちる。それを追う様にルッカラッカの束も後に続く。

床にぶつかった洋灯は呆気なく割れ、木製の小屋に瞬く間に広がった。同時に炎に焼かれた魔寄せ草の刺激臭が辺りに広がっていく。


「……っ! おい、皆! 急いで逃げるぞ!」


我に返ったリリアネアは、そう言うや否や出口へと駆け出した。

ビルはリリアネアより前にここに居た。実際どのくらい居たのか、詳しく訊ねたことはなかった。感情は分かりにくいが色々な事を聞けば教えてくれるし、抵抗するよりも耐えて生き抜くことを選んだ人物なのだと感心さえしていた。

しかし、実際は違った。


「ーーねぇ、ジェーン」


とっくの昔に彼は壊れていた。彼の中にあった狂気はずっと機会を伺っていたのだ。長い間、ずっと。


それが今、長い時間をかけてようやく花開いた。


「これで、君に逢えるかな?」


燃え盛る炎の奥に見た歓喜の笑みは、深い狂気に彩られていた。

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