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翌日再びザイの命令に従い、リリアネア達は森の各所に散らばって言いつけ通りに薬草を採取していた。
「リリ、あんた傷は大丈夫なの? これ塗っておきなさいよ。傷に良いから』
ザリカが瓶に入った透明な液体を差し出すが、リリアネアは首を振った。
「だから毎回言ってるだろ。傷が治ってるのがばれたら困ったことになるからこのままでいいって」
「ぇえ。でもどれだけ口と態度が悪くても、あんたは女の子なのよ? 傷が残らない方がいいじゃない。少しくらいならばれないんじゃない?」
「…………」
(ばれたら物理的に首が飛びかねないんだよ。傷が残るか死ぬかなら、間違いなく前者だろ)
なんとも暢気な言葉にリリアネアは呆れた目を向ける。考えが足りないのか、精霊だから考え方が違うのか。
「あ。リリあっちにもあるわよ」
ザリカが示した方を見ると、確かに小さな白い花を咲かせたレッタ草が生えていた。
(レッタ草に、ジャリラ草。痺れ薬、神経毒薬か?……他も毒草ばっかりじゃねえか。まったく、何に使うつもりなんだか)
実験台にされたこと、何年もここにいたせいでなんとなくザイが作る予定の薬が何なのか凡そ予測がついてしまう。
(まあ私達には関係ねぇけど)
使われた人間が実験途中の自分達のように中途半端に苦しまず、楽に死ねることだけを祈っておく。
「あれ? なんか煙が上がってるわね?」
珍しい、と呟いたザリカの視線を追う。リリアネアも細く天へと昇る煙を見て目を瞬く。
「まさか、誰かここに迷い込んだのか?」
助けが来る可能性は限りなく低いが、人が迷い込む可能性が全く無い訳ではない。
「……いえ、それはありえないことに近いわ。よっぽど強い力の持ち主じゃなきゃね。あのお婆さん、それなりの結界の魔道具を使ってるから。たぶん、あんたの仲間の誰かじゃないかしら? 獣よけに煙を焚いているんじゃない?」
リリアネアの希望を砕いたようで気まずいのか、頬を掻きながらザリカは視線を彷徨わせる。
「……だよなあ。それならこっちも煙を焚いとくか? こっちに来ても困るし」
「そうした方が無難かもね。あ、あそこに使えそうな草があるわよ」
リリアネアとザリカは協力して薬草を集め、火を起こす。火事にならないよう注意しながら、ザイが必要とする毒草をひたすら集めていく。
ザイが食事を与えるのは日に一度だけ。空腹に耐えながらリリアネアは日が傾くまで採取を続けた。
(さて、今日は鞭で打たれないといいんだがな……)
ゼロに近い希望を抱きながら、リリアネアは姿を隠したザリカと共にザイの待つ小屋へと足を進めた。
リリアネアとザリカが毒草を集め、帰路に着いていた頃。森で大量の薬草を燃やす一人の少年の姿があった。
「……もっと、もっと燃やすんだ……燃やして、燃やして……ははっ!」
ここにもう一人誰かが居たなら、一人笑う姿を異様に思い恐怖しただろう。それほどにその表情は常軌を逸していた。
「これできっと……」
吸い込んだ煙が喉を刺激する。普段なら不快に思うそれは、今は幸福を感じさせる。薄い唇が弧を描いた。
「今夜が楽しみだなあ」
その囁きは誰にも届くことなく消えていく。その真の意味は森の木々と彼のみが知っているのだった。