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懐かしい姿の自分が見える。このぼんやりとした現実味の無い感覚は、おそらく夢を見ているということなのだろう。小さな自分がこれまた小さな生き物とやり取りをする姿は、何年も前のものだ。



『やっぱり人間って失礼な生き物ね! 助けてあげたのにお礼も言わないなんて!』


目を吊り上げて怒りを顕にするのは小さな翅を生やした生き物だった。初めてその姿を目にしたリリアネアは目を丸くしてしげしげとその姿を眺めた。昔、仲良くなった野良暮らしの大人が教えてくれたことがある。この世界には精霊と呼ばれる種族がいて、貴族の中で見目が良い者を捕まえて収集する遊びな流行ったのだと。それに怒った精霊王が妖精を始めとした精霊達が人間の国との行き来を禁じたのだと。

故に妖精は滅多に見られない生き物なのだと。

それが目の前にいる。十歳になったばかりのリリアネアは驚愕に目を丸くしながらじっとその姿を観察した。


(こいつを捕まえたら、少しは楽に暮らしていけるのかな)


光を反射して煌めく翅は、確かに人間の興味を惹き収集家は喉から手が出るほど欲しがるだろう。

リリアネアは目の前の妖精を捕まえようと両手を伸ばした。


『ちょっと何よ! 私を捕まえようっていうの? そんなことしたって捕まえられる訳ないでしょ!』


べっ、と舌を出した妖精が指を鳴らすとその場に伸びていた蔦がまるで生き物のように動き出し、リリアネアの胴に巻きつく。


「な、なんだよ! これ!」

『ふっふーん、私お得意の植物魔法よ、すごいでしょ?ーーそれにしても、あなた人間のくせに精神の魔法を知らないのね? それに人間なのに魔術も使えないのね』


不思議そうに首を傾げる妖精に、リリアネアは当たり前だろ、と怒りの声を上げた。


「魔術は学校で習うもんだ! 親もいねー孤児が、学校に行けるわけねえだろ。それにこんなきったねえ姿で行ける学校があるもんか!」


リリアネアが身綺麗にできるのは週に何回か程度。人目を盗んで川で水浴びをすることだけだ。それも生きるために泥棒を繰り返しているのだから、隠れながらだ。万が一騎士団にでも見つかろうものなら即刻牢屋行き。程なくして絞首刑か斬首系に処されるだろう。悪事を働く貧民街の子どもの命など塵芥に等しいのだから。


『そ、それは確かに……? というか本当にあんたきったないわね……それになんか臭いが……』


すんすんと鼻を働かせた妖精が顔を顰める。


『うーん、とりあえすこのままじゃ話をしにくいから……えい!』


妖精が手を振ると宙に突然淡い光を纏った複雑な模様が現れる。それが強い光を放ったあと、細かな粒子となってリリアネアを包み込む。

思わず目を閉じたリリアネアの鼻腔に淡く花の香りが届く。


「……?」


リリアネアが恐る恐る目を開けると、誇らしげに胸を張る妖精の姿が視界に入った。


『これでよーし。あんた綺麗になったわよ。それに嫌な臭いもなくなったし!』


リリアネアは自身の腕をまじまじと見つめた。さっきまで土埃と垢に汚れていた肌は綺麗になり、健康的な肌の色が見えている。鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、先ほどの甘く香る花の匂いがする。


『さっきは魔物から助けたし、今も身体を綺麗にしてあげたし? お礼を言ってくれてもいいのよ?』

「……………」

(なんか皆で飼ってたウタを思い出すなあ)


目の前の妖精がどことなく、投げた木を持って帰ってきて褒めて、褒めてと尻尾を振る犬の姿と重なり既視感を覚えるリリアネア。


(……ありがとう、なんて言葉、今まで使ったこともねーのに)


しかし、助けてもらったのも事実だ。悩んだ後に口を開こうとしたリリアネアだった。しかし、すぐに閉口することになる。


『……グルゥゥウ!』


がさがさと音を立てて茂みから顔を出したのは、先程リリアネアを喰らおうと追いかけ回していた狼型の魔物だ。牙を見せ、低い唸り声を上げている。尖った牙の隙間から垂れる透明な液体は、音を立てて地面を焼く。


『まさかこいつ、臭いで私達を見つけて……? こ、こっちに来ないでよ! えい!』


妖精が手を振るとリリアネアに巻き付いていた蔦が胴から離れ、狼型の魔物に勢いよく向かっていく。しかし、狼型の魔物はその場を動かなかった。何故なら動く必要がなかったからだ。

大きく顎を開いた魔物の口から巨大な火球が放たれ、瞬く間に蔦を焼いていく。


『な、ななな……!』


青い顔をした妖精は、狼の様子を伺いながらゆっくりと距離を取ろうとする。リリアネアはその様子に首を傾げた。


(……魔法が使えるんなら、簡単に倒せるだろ? 何を慌ててるんだ?)


無知なリリアネアは知らなかったのだ。魔法には相性があるということを。


「なんで逃げようとするんだよ? 他の魔法で倒しちまえばいいだろ?」

『馬鹿! 魔法には相性ってものがあるの! 相性を凌駕して倒すには莫大な力が……ひぃいい!』

「……っ!」


狼型の魔物が放った火球を避けるため、咄嗟にリリアネア達は身を低くした。


『と、とにかくここから離れるわよ! 急ぎなさい!』

「分かった!」


リリアネアはこんなところで死ぬ訳には行かないと、名前も知らない妖精と共に逃走を開始したのだった。







(……あれ結局なんとか川まで辿り着いて、岩場に身を隠せたからよかったものの、相当危なかったよなあ)


逃げ惑う幼少期の自分の姿を半目で見つめる。現状生きているので安心して見ていられるが、あの時心は恐怖で埋めつくされていた。二人で息を潜めながら魔物が通り過ぎ去るのを必死に待っていたのを覚えている。

それからというもの、危機を乗り越えた中というべきかお互いになんともいえない関係性でずるずると何年も一緒にいる。

眼下で繰り広げられる逃亡劇を眺めていたリリアネアに、ふとした疑問が浮かぶ。

彼女は人間に興味を持ち、どうしても人間の国へ来てみたかったと言っていた。しかし、精霊が人間の国にやって来るのは禁じられていると聞いた。そのルールを破っても尚、何故彼女は来たかったのだろう。


(自分が生きるのに精一杯で、深く聞いたことなかったな。今度聞いてみるか?)


小さな自分が四苦八苦し魔物を躱すのを見下ろしながら、リリアネアはただ時が過ぎるのを待ち夢の終わりを待っていた。

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