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湿気で黴びた室内は、風通しが悪いこともあり薬の匂いが充満している。所狭しと薬につかう道具や材料が置かれ、五人が床に寝るのがやっとの広さしかない。
リリアネアは部屋の角を陣取り、その背を壁に預けて座った。他の四人も各々が狭い部屋なりに腰を下ろし、休息をとる。
「うぅっ。痛いよお。ひっく。うう……」
「うるせえぞ、そばかす! いつまでも泣いてんじゃねえ!」
ダンの怒鳴り声にサムは更に大粒の涙を溢し始める。
(本当、いつまで経っても泣き虫だな。こいつ。いい加減諦めて腹を括る度胸すらねぇのか)
見ているこっちまで不快感が湧く上に苛々する。リリアネアが舌打ちすると、サムがそれに大袈裟に反応し、身体を震わせた。
「ご、ごめんなさい……!」
「まあまあ。俺たちあの婆さんにこき使われてる仲間でしょ。仲間同士仲良く……とまではいかないにしても、お互いに協力できる関係ではありたい……と思うんだけど?」
仲良く、の言葉にダンがぎろりと睨みつけたため、普段から仲裁役を買って出てくれるカミーユが文章を修正しながら場をとりなそうとする。
「ふん。足手纏いになりそうなこんな奴と仲良くだ? 馬鹿らしい。今日だってこいつが一番薬草の量少なかったんだぞ。いつも足を引っ張りやがって。俺はいつか絶対、絶対父さんや母さんの所に帰るって決めてるんだ! こんな奴のことなんか知るもんか!」
瞳に怒りの炎を燃やしながらダンは拳を握りしめている。
「……どうやって? 僕達何度も逃亡しようとして結局コレに阻まれたじゃないか」
それまで静かにしていたビルが腕を持ち上げ、刻印を示しながら抑揚の無い声で言った。
ビルの言葉にダンが黙り込み、反論できない悔しさに唇を噛む。
(阿呆らしい)
リリアネアは無駄に体力を使わないことを選び、目を閉じる。身体の各所が痛みを訴えているのだ。明日に備えて自分のために休息すべきだろう。
「……ぇえ!? リリアネア、こんな空気の中で普通寝る!?」
ちょっとは助けてよ、とカミーユはリリアネアに向かって声をかけてくる。
「知るか。無駄な体力を使う気はねえ。勝手に喧嘩してろ」
目を閉じたまま告げるリリアネアに、カミーユが再度協力を仰ぐことはなかった。協力を得られ無い事を悟ったのだろう。
「……ダンの両親は君を探してるかも知れないんでしょ? それならいつかは騎士団が俺達を見つけてくれるかもしれないよ?」
カミーユの言葉を、淡々としたビルの声が否定する。
「行方不明の平民なんかたくさんいる。いつになったら騎士団は来るのかな? いや、むしろ貴族の子どもでもないのに、僕達のことなんて探すかな?」
突きつけられる事実にカミーユが言葉に詰まる。それを見たサムが震える声で言った。
「やっぱり。やっぱり、僕達はザイが死ぬまでずっとここに居なくちゃいけないんだ!」
鼻を啜り出したサムの様子に、リリアネアは彼が再びとめどなく涙を溢れさせ始めたことを察した。薄らと目を開け様子を伺うことにしたリリアネアは気づかれないように小さくため息をついた。
(あいつ十五の癖して、ほんと五歳の子供かよ……)
「……あの婆が死ねば、俺達は自由になれる。あの婆さえ死ねば」
ダンが歯軋りをしながら恨みのこもった瞳で、ザイがいるであろう方角を睨みつけている。
確かにあの婆は高齢だが、いつ死ぬかは誰にもわからない。自然死を迎えるまであと何年かかるだろう。奴隷紋があるせいで主であるザイを傷つけることは自分たちにはできないのだ。だが、ザイは奴隷紋によってリリアネア達をいつでも殺すことができる。
この場から逃げ出したいが、死にたくない。となれば、何年もこの苦痛に耐えなければならない。ダンのように意思が強ければまだ可能性はある。しかし、サムのような精神の弱い者が果たして何年も正常な精神でいられるだろうか。
サムやダンはここに来てからの日が浅いため知らないが、今まで耐えられずに精神を狂わせて使いものにならなくなり、ザイによって廃棄された者や逃亡しようとして頭が吹っ飛んだ奴もいたのだ。それを実際に見ていたリリアネアはとうの昔に抵抗することを諦めていた。
「僕達じゃザイを殺せないんだから、どうせ何もできないよ。このまま耐えるしかないんだ」
ビルの言葉は残酷だが真実だ。ここに一番長くいる彼は身に沁みてその事がわかっているのだろう。
(これで終わりだな。これ以上誰も反論できないだろ……まあ諦めてない奴もいるみたいだが)
重苦しい空気が狭い部屋の中を満たす中、光を失わないダンの炯々とした瞳を最後に確認したリリアネアは固く目を閉じ、今度こそ夢の世界へと旅立った。