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「やはり何度占っても結果は同じですわ。水はロイスティンの枝を示し、星は北を示しました。ロイスティンはかの王国のヤツェグの森特有の木です。確かめに行くべきでは?」
陶器のように滑らかで、全く陽に当たったことのないような眩しい白磁の肌。艶やかで豊かな金の髪を床に垂らした女性の薄く整った唇から、不満が紡がれる。
あまりに整った容姿に、異性の大半がその願いを聞き入れると言われても信じてしまうだろう。だが、目の前の男は違った。ミトゥスの目の前に立つ彼は、今までに二度彼女の要望を跳ねのけている。
何故、自分が行かなくてはいけないのか。
言葉はなくとも、深い青の瞳が雄弁に語っている。
「占いがあなた様を示しているからでございますわ。私は、私の占術の結果を嘘偽りなくそのまま申しております。何度占っても結果は変わらないのです」
覚悟を決めてくださいまし、とミトゥスはため息を吐いた。その所作にも気品が溢れている。
それまで口を挟まなかったザルキだが、主が困っているのを黙って見ていることはできず口を開いた。
「これまで、ミトゥス様の占術が外れたことはございません。御足労をおかけ致しますが、様子の確認に行かれては?」
「ーー身が穢れる」
ミトゥスは彼の言葉にため息を再度吐く。
「老師達の言葉に翻弄されないでください。人間の国に行ったからといって穢れる訳ではございません。魔物がこちらより多いのは事実ですが、あなた様なら問題ないでしょう。気になるのであれば、戻られてからラタナの泉に浸かればよろしいのですわ。あそこは清浄な力に満ちていますから」
唇を引き結ぶ彼の様子をミトゥスは困った様子で見つめる。
「いつまでも幼子のようなことを言わないでくださいまし。これは必要なことなのです。務めと思い、覚悟を決めて向かってくださいな。万が一も起こらぬようへトゥベル達もお側に置きます。もし占術が外れていたなら、彼らに任せてすぐにお戻り頂いて構いませんわ」
「……分かった」
渋々といった様子で頷いた彼を見てミトゥスがほっとした様子を見せる。
「では、準備が整いましたらお声掛け致しますわ。それまでゆっくり寛いでいてくださいまし」
「そうする」
ミトゥスに頷きを返すと彼は転移し、己の部屋へと戻っていった。
「全くあの方にも困ったものだわ」
ミトゥスの言葉に苦笑しつつも、ザルキは自身の不安を口にした。
「しかしながら、いくらへトゥベル達を連れて行くとはいえ危険なのでは?」
ザルキの言葉にミトゥスは躊躇いながら本音を口にする。
「……全く可能性がないとは言えませんわ。それでもあの方、あの子が行くべきなのです」
ミトゥスは遠いどこかを見つめてそう言った。未来を見通すとまで言われた主の占術。そして敬愛すべき主は慧眼の持ち主でもある。
ザルキは出過ぎたことを申しました、と頭を下げる。
「良いのです。不安に思うのは当然ですわ。さあ、ザルキ。私達は準備に取り掛からなくてはなりません。行きますわよ」
「は」
重さを感じさせない薄布を幾重にも重ねた衣装を優雅に翻した主の背にザルキは静かに付き従う。
(どうか、何事もなく事が済みますように。偉大なる神、アルシェルよ。どうかお護りください)
静かな夜の中、満月を見上げてザルキは静かに旅の成功を祈っていた。