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ふわふわとどこか現実味のない感覚が自身を包んでいる。木々の隙間から気持ちの良い陽の光が差し込んでいる。目を細めてそれを見ながらなぜ自分はここにいるのだったかと、ぼんやりとした頭でリリアネアは状況を整理しようとした。しかし、そこに甲高い声が割って入り、リリアネアの意識は一気に覚醒する。
「ーーちょっと、リリってば! 聞こえてるの? 起きなさいってば!」
「ーー何だよ、煩さいな」
数度目を瞬いたリリアネアは自分が眠っていたことを思い出し、そして、目が覚めたことを知らせるように何度も耳元で叫ぶ小妖精のザリカを手で払った。
「ちょっと、私は虫じゃないんだから! リリが全然起きないから心配して声をかけただけなのに!」
ザリカがぷうっと頬を膨らませ口を尖らせながら言う。
「はいはい」
更に掌をひらひらと振るリリアネアに、ザリカが目を吊り上げる。
「何その適当な返事は! それに早く薬草を持って帰らないと、またあのお婆さんにいじめられちゃうって、私の気遣いを!」
「あー、それは確かにな。あのババア、容赦ねえからなー」
リリアネアは大きく伸びをしてから、大量の薬草の入った籠を手に取る。あの皺だらけの老婆は、言ったことを守れない事があった日にはリリアネア達を毒草の実験台にするのだ。私の研究に役立つ、と言って。以前は何人かの子供が死んでいた。しかし最近は死なない程度に加減してあるのか、のたうち回るほどの苦痛はあっても、心臓が止まることはない。
「私のおかげで早く薬草が見つかって休憩できたんたから、感謝してよね!」
ゼリカはリリアネアの周りを飛び回りながらぷりぷりと怒った様子を見せていたが、やや心配そうな表情に変わると肩に腰かけこちらを見上げてくる。
「……大丈夫なのね?」
「ただ寝ぼけてただけだ。そんなに心配しなくても大丈夫だって」
リリアネアが肩をすくめてそういうと、ゼリカはほっと息を吐いた。
「そう? ならいいけど。じゃあ、私はあのお婆さんに見つからないように姿を隠してるから」
「わかった」
リリアネアが頷くと、光の粒子を発したゼリカの姿が瞬時に空気に溶けて消えた。
それを確認したリリアネアは重い身体を動かして性根の曲がった婆、ザイの家へと足を進める。数年前、奴隷商に捕まり、森に住む老婆へと売られてしまったリリアネアは刻印のせいで、この森から出ることができない。森から出ようとすると手首をぐるりと囲む茨のような紋様が激しい痛苦を与えるのだ。
売られて以降、彼女の小間使いとしてこの森で暮らしている。死なないように最低限の食事を与えられるため、貧民街で生活している頃のように餓死を心配することは無くなったが、自由は消えた。
(今日はあのババアの機嫌が悪くなきゃいいけどな。また当たり散らされたらたまったもんじゃないぜ)
他の奴らも今日の分をしっかり収穫できていることを祈りながら、リリアネアは歩行速度を速めるのだった。