表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

うち明け話

「離婚……ですか?」

「そう」

 一度吐き出した後は、ぽつりぽつりと、しかし止まることなく言葉が続いた。


「子供が就職で家を出て行ってね、やっと一段落ついたと思ったら、夫から話があるって言われたのよ。

 付き合ってる人がいるって」

「えっ……」

「それも20年前からだって言うのよ」

「それは……ひどいですね」

 ちら、と彼の顔がかすめる。


 癒し系で優しい彼は、不倫とは無縁だろうけど……人生はなにがあるかわからない。

 今日のデートがなくなるのだって、予想外だった。


「ひどいわよね。だけど最初はひどいって思えなかったの、私。

 不倫のショックでぼう然としてる時に『別にいいだろう、俺が養ってやってるのにお前が至らないからだ、お前が悪い』って言われて……自分でもそう思ってしまった。

 夫は『子供や親戚の手前、離婚はしない』って、仕事から帰ったら自由気ままに過ごして、週末は堂々と不倫相手の元に行くようになったわ」

「……つらかったですね」


 彼女は二三度(まばた)きした。

「親戚にも友達にも、とても言えなかった。

 ギスギスした空気の中生活してて、押しつぶされそうだったの」


 私は想像する。

 もし20年も夫に裏切られていたと知ったら。

 足元からガラガラと崩れるようで、それはとても、怖いことだった。


「そんな時、テレビで碧水館の特集を見かけたの。気づくと予約を入れていたわ。

 運よく、すぐ予約がとれてね。『とにかく家にいたくない』って思いで電車とバスに揺られてここまで来たの。


 でもいざ着いたら『こんなところで何をしてるんだ!』って夫が怒鳴り込んでくるんじゃ、って不安になって。人目があるロビーにずっといたの」


 彼女は夜空を見上げる。私も見上げる。

 三日月が夜空にあった。


「ほんのわずか、期待もしてたわ。

 『お前がいないとだめだ、うちに帰ろう』って迎えに来てくれないかって。


 馬鹿よね、ここにいることさえ言ってないのに」



「それで、ロビーで不安そうにされていたんですね」

「見てたの?」と四位様は驚かれた。


「すみません、後輩達が四位様のことを心配して、教えてくれたんです」

「あら……心配かけたわね」


「ちなみに、受付で名前を書き間違えたりされませんでした?」

「ああ、あれ?」

 四位様は「ふふっ」と笑った。


「受付でなんとなく旧姓を書こうとしたのよ。でも途中で、偽名は犯罪になるんじゃないか、ってやめたの。

 ……旧姓はね、松谷っていうの。松谷冬美」


「いいお名前ですね」と私は言った。


「ありがとう。

 私ね、昨夜あなたの接客が本当に嬉しかったの。夫と旅行して落とし物なんてしてしようもんなら、『お前が抜けてるからだ』って怒鳴られていたもの。

 きちんと働いている人に、責められることなく丁寧に対応してもらって、ここでは夫の目を気にしなくていいと思うと安心して、嬉しかったのよ」


 昨夜、お部屋をノックしてよかったと私は思った。

 少しでも早く、そんな気持ちになってもらえたのなら……。


「昨日、ロビーで仲睦まじい夫婦を見たわ、私はああはなれなかった。

 20年間、無駄にしたんだろうかって、この池を前にしてまた、涙が出てきた。

 でも」

 今度は、松谷様が私を見てうなずいた。


「またあなたが来てくれた。あなただって気づいた時、まるで仏様みたいだって思った。

 一人になっても、悪いことばかりじゃないかも。そう考えたら『離婚しよう』って、一瞬で決心がついたのよ」


 驚いた。

 デートがなくなり、もやもやした気持ちのままここに来た私が、そんな風に見えていたなんて。


 松谷様は「ご結婚前の方に聞かせる話ではなかったわね」と付け足した。

 

 急に話が私のことになって、戸惑ったけれど。

 胸にはずっと、後輩達に言えない悩みが確かにある。


 ここまで打ち明けてくださった松谷様になら、話せる気がした。


「いえ……私も、悩んでいるんです。

 結婚して、本当に家族になって、幸せになれるのか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ