9.生徒会、初仕事!(side アスタリテ)
平和とは良いものだ……と、揺れる木々の葉を眺めたアスタリテはしみじみ思う。
季節はうつろい、もうすぐ夏。さやさやと風が吹く平日の午後、中庭を囲む回廊を進むアスタリテの両隣はめずらしく空いている。
ビアンカの計らいか、前期試験で好成績を修められたからか、周囲からは妙な敵意が消えていた。以前は影口を叩いていた女生徒たちも、最近はおずおずと話しかけてくれる。仲良く、とまではいかないまでも。
シュラトとカルマのおかしな距離感は相変わらずだが、アスタリテもクラスメイトたちも慣れてしまった。時おり周囲から憐憫に似たまなざしを向けられるのは、きっと、それなりの気苦労をわかってもらえたのだろう――(※双子は御せない)
いま、すれ違う生徒は下校途中の上級生ばかり。皆、好意的に|ケープを羽織った一年生に会釈をしてくれる。
「ごきげんよう。アスタリテ嬢。今から生徒会?」
「はい。テスラ様」
「もうすぐ大会ですものね。大変でしょうけど、がんばって」
「ありがとう存じます」
やさしく声をかけてくれたのはビアンカの級友のひとり。あれから数度茶会に招かれたうち、何度か同席した。顔見知りとなった令嬢だ。
立ち止まってカーテシーをしたアスタリテにほほえみ、彼女は去っていった。アスタリテは改めて中庭の空を見上げる。
「よし! 急がなくちゃ」
行儀が悪くならない程度に奮起して奥棟へ。足を速めた。
歩きながら考える。
巻き戻されてしまった以上、もう、戻れない時間軸についてはしょうがない。
大切なのは、いま在る十四歳の自分に何ができるのか。やみくもに探しても、一度目の婚約相手は見つからない。それは、まだ出会っていないのか、要素が足りないのか。それすらも不明で……――
だからこそ、二度目の学園生活はできることをしようと指針の幅を広げた。たとえ、婚約者を見つけられないまま十七歳になったとしても。
(最悪、会えなかったとしても、誰もそんな窮地に陥らせなければ)
巻き戻ったからこそ、できることがあるはず。
まずは、学園内が不穏になるのを防ぐこと。あのとき起こった何かしらの事件の芽を摘むこと。
機を見て魔女と対話すること。
「……(ベーゼリッテ)」
胸にそっと手を当てる。
彼女は、あれから沈黙したままだった。
***
「――というわけで、来月の剣術大会および魔法大会は、才ある生徒がふだんの鍛錬の成果を確認・披露できるうえ、卒業後の身の振り方についてもアピールできる絶好の場だ。我々生徒会の役割はひとつ、それを安全かつ円滑に運営すること。――とはいえ、仕事は多岐にわたる。場合によっては有志を募り、一般生徒に手伝ってもらうこともできるからね。一年生は初めてだから、まずは二年生の補助になるといい」
「はい」
生徒会室には、会長のファビアン殿下と副会長のビアンカ嬢。それにパーン伯爵子息のライドール。面子をみる限り、どうやらアスタリテが付くのは彼らしい。アスタリテは、ここにはいない面々を探してきょろきょろとした。
「ええと、ギュナス先輩と、シュラト様にカルマ様は」
「ああ。彼らには剣術大会を担当してもらった。いまごろは闘技場だろう」
「? そうですか」
闘技場は奥棟の裏。地盤の硬い天然の岩肌を背に、自然の地形を生かしたすり鉢状に整えられ、いざというときは国王陛下も迎えられるよう、貴賓席もある。
晴天時の剣術や魔法実践学は、そこで行われることが多い。階段式にぐるりと周りにめぐらされた客席に被害が及ばないよう、強力な結界が張られているのだ。
なぜ剣術担当だと初期説明が現場なのか。
言葉にしなくとも不思議そうなアスタリテに、会長の執務机の脇に立ったライドールは苦笑した。
「……と、いうのは建前かな。ハディートは真面目だから、セザール家のふたりが剣術の試合で手を抜かないよう、みっちり稽古をつけたいらしい」
「な、なるほど」
「基本的に男子生徒は全員参加を義務付けられているものね。ね? ファビアン殿下」
「……いや、ビアンカ……ひとには得手不得手というものがあってだね」
ビアンカの流し目を食らい、ファビアンはもごもごと反論して俯く。
――どうやら、殿下はハディートの鍛錬の誘いをうまく逃れたらしい。
くすっと笑ったアスタリテに、さて、とライドールは手を打った。
「殿下。それではビアンカ嬢とともに招待状の手配と有志生徒らに仕事の割り振りを。教師陣営には進行表の提出準備をお願いします。いいですね? ビアンカ嬢」
「任せてちょうだい」
「うう……わかった」
余裕たっぷりなビアンカに対し、ファビアンは億劫そうだった。
「じゃあ、おいで。アスタリテ嬢」
「あっ、はい。どちらへ」
眼鏡のブリッジを指で直し、ライドールは、さっと部屋を出てゆく。歩速はアスタリテに合わせつつ、向かった先は図書館。
学園の図書館は奥棟から一本の廊下で繋がれた別棟にあり、吹き抜けの高い屋根を持つ。その一隅に案内され、女性司書の立ち会いのもと、ずらりと並ぶ書架を前にした。
あまりの蔵書の多さに呆然としたアスタリテに、ライドールがにこりとする。
「びっくりした? いずれ、学年が上がるたび通う頻度は高くなるよ。今回は生徒会資料の区画を教えるね。行事ごとは、たいてい過去に倣えだから。今日はハディートたちのぶんも、書類くらいは作ってあげよう」
「はぁ……」
ぽかんと口を開けたアスタリテが、ふと視線を止める。
高い天井まで、広々と二階部分までがびっしりと書架。開放的な造りで中央は閲覧区画。入り口に受付と司書室。構造はすぐに思い出せた。問題は。
「あの、パーン先輩。あれは?」
生徒会資料区画の奥に、ひっそりと扉がある。
錠前が付けられ、鍵がなければ開けられなさそうだった。
ああ、とライドールが目を瞬く。
「あそこは持ち出し禁止の古書室。貴重な史料や魔法書の宝庫だから、めったに入ることはないよ。――そうだね、歴史学や魔法学の教師と、その助手になるような生徒以外は」




