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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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8.ビアンカの茶会


「模擬試合? そうね、あるわよ」


 ふふ、と笑う淑女にアスタリテが「ですよね」と返す。

 ここが学園の一室とはさすがに思えない。

 招待客はアスタリテのみ。主催者(ホステス)は生徒会副会長のビアンカ・ポーレット侯爵令嬢だ。


 一回目の学生生活では知り得なかった、ある意味生徒会専用のティールームに招かれている。場所は奥棟の一階、ダンスホールの隣。


 昔は礼法(マナー)同好会と呼ばれる、とある代の王女が興したクラブ活動に用いられたらしいが、ここ数年は会員数がゼロ。ただ維持されるだけの格式高い小部屋となった。

 よって、いつしか生徒会に管理を委ねられることとなったらしい。


 ――たいていは、代々のプリンセスからプリンセスへ。


 なお、今回の招待客はアスタリテのみ。主催者(ホステス)は生徒会副会長ビアンカ・ポーレット侯爵令嬢。

 いずれ第二王子の妃となる彼女もまた、ここの女あるじにふさわしい姫君(プリンセス)であろう。


 とんでもない御方と縁を結んでしまった……と、本来はどこの派閥にも属したくないアスタリテは思う。

 事実、ディアブロ伯爵家は代々中立を貫いてきた。領地を持たない城づとめの中堅貴族。創国から続く家門である以外は表向きに目立つところがない。


(裏は、そう。屋敷が魔女の封地(ほうち)なんだけど……ひみつだものね)


 眉を下げたアスタリテは、ひとまず先日の魔力計測について質問して良かった、と安堵した。

 相手は未来の第二王子妃。もしもの際は王妃にもなりうる、徹底した教育を施された上位の貴族令嬢である。


 ――共通の話題など、学園のこと以外にないではないか。


「あら、お菓子が進んでいないわ。お口に合わなかったかしら」

「いいえ! とんでもない。大変おいしゅうございます」

「遠慮せず好みを教えてね。貴女とは仲良くなりたいの」

「光栄です……」

「そうそう。わからないことがあれば何でも聞いてちょうだい。今はセザール家の双子の圧がひどくて、みんな近寄れないの。こんなに愛らしい方ですもの。そのうちわたくしのクラスメイトのお友だちも呼んであげましょうね。垣根など、あっという間になくなるわ」

「も、勿体ないことでございます!」


 ますます縮こまる銀髪の令嬢に、ビアンカは笑みを深くする。

 にこにこと見つめられることが落ち着かず、アスタリテは口をつけたカップ越しにそうっとビアンカを窺った。


 ――――ビアンカの醸す雰囲気は、同じ制服をまとっているのが不思議なほど洗練されている。

 つややかな栗色の髪は胸下で揃えられ、毛先は綺麗に内側に巻いている。長い睫毛に縁どられた瞳は澄んだ赤褐色で、春摘みの紅茶を思わせた。


(たしか、ファビアン殿下の()()()の願いで婚約されたのよね。ビアンカ様の入学前に)


 噂によると、第一王子殿下は聡明な方で、昨年学園を卒業してすぐ国政に携わられた。隣国の姫との婚約も整っている。

 いずれ立太子するであろう兄王子のため、ファビアン殿下に求められるのは王佐の才。

 王室としては公爵家に年頃の合う娘がいない以上、筆頭侯爵ポーレット家との縁組が妥当と見なした。


 ……とされるが、先日の様子から察するに、ファビアン殿下は純粋にビアンカと恋仲な気がする。

 ふたりとも心の距離が近く、施政面でも理想的な婚約者同士に見えた。


 それで、つい(いいなぁ)と見とれたのかもしれない。

 視線に気づいたビアンカは、「あら」と小首を傾げた。


「わたくしの顔に何か付いていて?」

「いえ、その。ビアンカ様は素敵なので、ファビアン殿下とお似合いで羨ましいなぁと」

「まあ」


 ひとしきり、ころころと笑った紅茶色の令嬢は笑いを収め、気遣わしげにアスタリテを見つめた。


「わたくしたちは幼なじみのようなものよ。でも、うれしいわ。ありがとう」

「はぁ……」

「アスタリテ嬢はまだ決まっていないのね。ファーロ子爵家から養子を迎えられたと聞いたわ。そちらと縁付かれるのかと、てっきり」

「エッ!? エアリエルと? まさかそんな」

「ないことではないわ。ふふ、かわいそうなカルマ」

「……??? なぜ、そこでカルマ様のお名前が出るのでしょう」

「なぜでしょうねぇ」


 ビアンカはコケティッシュな流し目でアスタリテをからかう。


 アスタリテは当惑しかなかった。

 いくら何でもセザール公爵家と我が家では家格が違いすぎる。カルマは気さくで優しく、何くれとなく要領の悪い自分を気にかけてくれるが。


(最上位貴族の次男でいらっしゃるもの。引く手あまただし、いつぞやの冗談は社交辞令だし……)


 何より、一度めの学園生活であれば交流の(いとぐち)などあり得なかった。分はわきまえているつもりだ。


 エアリエルについてもそう。親密の度合いが違いすぎる。あんなにうつくしく秀でた子に「姉上」と呼んでもらえる今が奇跡なのだ。


 自分が探すべきは、一度めの婚約者だと決意を新たにする。

 救いたくて、救えなかった。

 ベーゼリッテに記憶を奪われたにせよ、きっとまた出会えると信じている――


「後生ですから、お戯れはその辺りで」

「本当に奥ゆかしい方ね」 

 

 微妙に食い違う会話の合間に、お茶のお代わりが侯爵家の侍女らしき女生徒からなされる。


 アスタリテとしては予想の範囲外。

 ビアンカとしては狙い通り。


 後日、侍女の生徒のお喋りから端を発し、アスタリテへの周囲の嫉妬ややっかみは“未来の王子妃の茶会に招かれた”事実と、“野心がない”印象を加え、じょじょに薄れるのだった。





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流石プリンセス( ˘ω˘ )
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