7.ひみつ
エアリエル曰く、父のアルガスにも微弱な『銀の光』はあるという。が、強さに応じてその輝きは変わるとか。
魔力を識別できる能力は、魔力そのものを備えるより格段にめずらしい。彼はよほど優秀な子なのだろう。ファロー子爵はよく彼を養子に出したものだと思う。
反対に、アスタリテが把握する限り、自身に魔力はそう多くない。一度目の魔力計測の結果は適性外――つまり、魔法を使うことはできないと断じられたのだから。
(二度目……今回はまだだけれど。たしか休日明けのはず)
新しい家族を迎えての夕食を終え、自室で寛ぐアスタリテはぼんやりと寝間着姿で机上の鏡を覗いた。
はっきりと名前を喚ばなかったからか、鏡面にベーゼリッテは現れなかった。そのことにホッとしつつ、答えを先送りされたようでモヤモヤとする。
――――銀。黒。それに金とは。
エアリエルの言葉を信じるならば、ひとつ目は微弱な自分の色。
問題はふたつ目とみっつ目だ。どちらも彼女の色彩である。
はたして、二度目の魔力計測はどうなるのか。
「うう……いやよ。生徒会入りだけでも厄介なのに」
不安を閉じ込めるように、手鏡をぱたりと伏せて置く。
明かりを落としたあと寝台でみた夢は、おそらくはふつうの夢。
絵本のような世界で黒い魔女が金の蔓に絡め取られ、銀の鎖と錠前によって幾重にも封じられていた。
***
「まったく、どこの誰だ。貴女に魔力がないなどと吹聴した輩は」
「え……っ!?」
休日が明けた翌日。
朝の一限から、科目は魔法学。
クラスメイトが座席の前から順に呼ばれて教壇に向かい、魔力を測るための宝珠に手をかざす。前の学園生活でも目にした、この国の貴族としては通過儀礼のような光景だ。
あのときと違い、シュラトとカルマとともに最後列に座るアスタリテは、いちばん最後になった。
一限の時間は四十五分。アローが受け持つクラスの生徒は三十名。手をかざして数秒で宝珠が光るか、光らないか。判別はそれだけなので一名あたりの時間は一分あれば事足りる。
――じつは、前回の魔法測定では、セザール公爵家の双子にしか宝珠が反応しなかった。
さすがのアローもそのときだけは興奮する生徒らを宥め、魔法実践学に関する説明を加えたり、相応の時間をかけていたものの、アスタリテにはすべて関係のないこと。
二度目でベーゼリッテがアローと一悶着起こしたのはさておき、希望的観測で宝珠は反応しないと思っていた。
それで、つい、へらりと笑って手をかざしたのだ。「測るだけむだです。私に魔力はありませんから」――と。
すでに魔力ありと診断され、実践学を受けるための書類を受け取って脇に退いた双子からの応援を受けてのことだった。
なのに。
「ど……どうして光っているんでしょう??」
「それを私に聞くかね」
両の手のひらで包めそうな宝珠は、ブゥンブゥンと振動音を鳴らしながら明滅していた。こんなに物騒な反応は見たことがない。
信じられない思いで目をすがめたアスタリテに、アローが呟いたのが「どこの誰」。
アスタリテはもちろん答えようがなく、誤魔化しながら手を下ろした。とたんに、わっ! と教室内が賑やかになる。
――すごい。
――このクラスで、ケープの模範生だけが揃って魔力持ちだなんて。
――模擬戦とか見られるかな?
など、こちらの爆速心臓などお構いなしの囃しぶりだ。両脇からは同じく宝珠を光らせたシュラトとカルマが無邪気に駆け寄ってくる。どさくさで肩を抱いたり、頭を撫でてくるものだから、もう収拾がつかない。固まるアスタリテは、溜め息をついてパンパン! と手を打ったアローによって、ようやく現実に引き戻された。
「静粛に! 全員席に戻れ!」
こうして、アスタリテの二度目の学園生活は、より一度目から剥離したものとなることが決定した。
***
帰邸後、居間の前を通りがかると、ちょうど自習に励むエアリエルが見えた。
ふわりと銀の巻き毛を揺らした弟は本から視線を上げ、うれしそうに目を細める。
「お帰りなさい、姉上」
「ただいま、エアリエル。それは?」
「僕も、明日から家庭教師を付けていただけるそうで。来年の入学に合わせた勉学を始めるよう、伯爵様に申しつけられました。その教科書です」
「……ずいぶん難しい本ね。えらいわ」
ひらいた頁は、まさに今日やってきた魔法学。
地水火風の四大素を操るために己の魔力を糧とし、のぞむ現象を得る。人間の手に余る強大な力ゆえ、その禁忌についても記してあった。
――いずれどこかへ嫁ぐことも考えられる平凡な娘より、才ある養子のエアリエルに本格的な教育を施そうとする父の方針に否やはない。
むしろ、彼のほうがディアブロ家を盛り立ててくれるだろう。何しろ、魔宝珠以上の精度をもって、魔力の質まで見分けられるのだ。王城で花形の魔法騎士に就くのだって夢ではない。
(このままじゃ、私は婚約者殿とも出会えなさそうだし。頑張らなくちゃ)
いまは大人しくしているベーゼリッテも、将来的にはどうなるかわからない。
最悪、完全に乗っ取られることだけは避けたいが。
「あら? この紙は?」
アスタリテは、エアリエルの膝の上で広げられた本に、付箋のように挟まれた紙に釘付けになった。
「あぁ、これですか」とエアリエルが抜いたのは、手帳から破り取った紙を四つ折りにしたもの。
その端からインクの走り書きが見えたのだった。
【緑 アロー侯爵家】と。
頼んで広げてもらった紙片には、次のようなメモがあった。
【地の緑 アロー侯爵家】
【水の青 セザール公爵家】
【火の赤 ポーレット侯爵家】
【風の白 パーン伯爵家】
【銀 ディアブロ伯爵家】
【黒 ひみつ】
【金 レーゼ王家】
(……!!)
とくとく、と胸が早鐘を打つ。
――【緑】のアロー家、と、あの魔女は告げていなかったか?
つまり、ベーゼリッテも魔力を色でとらえられる。
そしてそれ以上に謎なのが。
食い入るように手元を見つめる姉に、エアリエルは照れたように微笑んだ。
「僕は理由あって、大叔母様に育てていただきました。大叔母様は古い歌をよく口ずさんでらして。たぶん、レーゼ古語なんです。伯爵様が与えてくださった教材には古語辞典もあったので、それを当てはめました。びっくりですよね」
「そうね……、びっくりだわ」
黒。
ひみつ。
騒ぐ胸をさりげなく押さえながら、アステリテは、それが魔女を指すとは到底言えずにいた。




