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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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6.光を見抜くエアリエル


 素直に、天使だと思える風貌がそこにあった。

 ――それはまるで教会の壁画を彩る、神の御下(みもと)に佇むような。


「初めまして、エアリエルと申します。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」

「は……じめまして。丁寧にありがとう。アスタリテです。よろしくね、エアリエル」


 どぎまぎとカーテシーを返し、アスタリテは向かい合う少年を見つめた。


 きらきらと光る銀の巻き毛は肩につくかつかないか。ゆるやかに波打ち、彼のあどけない頬を華やかに飾る。

 完璧なバランスで配された目鼻立ちは愛らしく、少女といっても通じそう。大きな瞳はブルーグレーだった。


「どうだ、びっくりしただろう」

「お父様……! ええ、お帰りなさい」

「わたくしもさっき階下(した)で会ったのよ。驚いたわ、本当に綺麗で賢い子。それに、アスタリテと同じ髪色で」

「光栄です。奥方様」



***



 昼前に到着した父と養子の少年は、すぐにアスタリテの私室を訪ねてくれた。


 エントランスで出迎えた(トリア)はすでに挨拶を済ませ、にこにこと父に寄り添っている。

 振り返ってお辞儀をした少年に、「できれば『お母様』と呼んでほしいわ」などと告げる姿にアスタリテは苦笑した。


 かわいそうに、エアリエルは返事に窮していたが、さいわい(アルガス)が助け舟を出してくれた。


「まあ、それはおいおいで。アスタリテ、よかったら彼に屋敷を案内してやってくれないか。二階の部屋はあとでいい。それ以外を」

「はい。お父様」


 ちらりと両親を流し見て、新しい弟の顔を覗き込む。


「行きましょう?」

「は……はい」


 アスタリテは手を繋ぐのを我慢し、自分よりも目線の低い少年を廊下へと(いざな)った。



***



 エアリエルの元の姓はファーロ。数代前にディアブロ伯爵令嬢が嫁いだという、地方の子爵家だ。

 アルガスが養子を探していると聞きつけ、即座に名乗り出た当代のファーロ子爵には経済的な理由や、それなりの家庭の事情があったらしいが。


 なぜ、こんなに可愛い弟の記憶まで消されていたのか。

 アスタリテは笑顔の下で自分をこっそりと(なじ)り、ベーゼリッテを責めた。


(信じられない。エアリエルはねえ! 私にはもったいないくらい優秀な弟で、家督も彼に譲ることになって、おかげで安心して過ごせるようになったのよ。そりゃあ、あんまり懐いてもらえなかったけれど)


 なにしろ、一度目のアスタリテは余裕がなさすぎた。

 就学前は最低限の家庭教師しか付けずに育ったおかげで勉強が難しく、休日は予習と復習に明け暮れた。

 学園には社交のまねごとで派閥があり、休み時間も気が抜けなかった。


 そんななか、子爵家出身でありながら完璧に近い素養を身に着け、颯爽とディアブロ家にやって来たエアリエルは眩しすぎた。

 つまり気後れしてしまったのだ。姉のくせに、家でも学園でもろくに弟の世話をできなかったという……



「――ま。アスタリテ様?」

「はっ!? ごめんなさい。ぼうっとして」

「ふふっ。大丈夫です。次はどこですか?」

「ええと、二階は後回しよね。一階は居間に食堂、貯蔵室(パントリー)にキッチン、使用人部屋に浴室も行ったし。次は……」


 指折り数え、教え終わった箇所を確認して宙を眺めたアスタリテは、どきりとした。


 地下。


 そういえば、このころの地下室はどんな扱いだったろうかと首をひねって。


「内緒の場所があるの。こっちよ」


 ひとまず向かってみることにした。






 一階をぐるぐると回る令嬢と新しい令息に、居合わせたメイドや執事たちは皆にこやかだ。

 そんな彼らの目を盗み、目的の小部屋に辿りくのは至難のわざだった。夢中になるあまり、いつの間にか手を繋いでいたくらい。


 機を窺い、ふたりはパッとエントランスの柱の影から飛び出した。中央階段の裏の壁に目立たない同色の二枚扉があるのを発見し、アスタリテは「やっぱりね」と独り()つ。


「アスタリテ様? ここは」


 緊張のためか、エアリエルの手はしっとりとしていた。

 アスタリテは空いた左手で鍵穴のない錠前をなぞり、小声で答える。


「驚かないでね。封印の地下室に続く小部屋よ」

「封印?」

「あなたの曾祖母ぎみが、こちらから嫁がれたのだったかしら。何か伝わっていて?」

「ひいおばあ様は……すみません。僕が生まれる前にお亡くなりに。でも、大叔母様からは『魔女に食べられるよ』と叱られました」

「大叔母様」

「おじい様の妹にあたる方で、髪色は僕と同じです。今日、アスタリテ様にお会いして初めて知りました。これはディアブロ伯爵家ゆかりの色なんですね」

「そう……ね。たまに出るらしいの」


 はにかんだエアリエルは年相応にあどけなく、彼がつまむ銀の巻き毛はふわふわと柔らかい。


 アスタリテは、これから話すことがあまり怖く聞こえないように、コン、と控えめに扉を叩いた。


「じつは、その魔女も()()由来。あなたの大叔母様は、きっと曾祖母ぎみからここの話を聞いたのね。それを、あなたに伝えた」

「!? 本当に魔女が?」

「少なくとも、我が家は魔女の封印を守るべく叙爵を受けたと言われているわ。でも、外のひとには内緒ね」

「なぜでしょう」

「さあ、それはわからないけど」

「……そうですか」


 エアリエルは考え込み、青灰色のまなざしを銀の錠前に向けた。

 その一挙手一投足は大人びていて、本当に賢い子なのだと舌を巻く。

 アスタリテは、ふと思い立って両手で彼の手を握った。びっくりまなこの彼に、にこりと笑いかける。


「あのね。私は、この家に生まれただけの娘で、とくに秀でたところは何もないけれど、あなたみたいな子に来てもらえてとっても嬉しいの。よかったら、親戚のお姉さんくらいの感覚で呼んでくれる? 様付けじゃなくて」

「え。あ、その」

「だめかしら」

「だ、だめじゃありません。じゃあ…………姉上?」

「うーん。すごく堅いけど、まぁいいわ」


 アスタリテは『もうひと声』と言いたかったが、やめておいた。

 ――上目遣いで頬を染めるエアリエルは語彙をなくすほど愛らしかったし、一度目はこんなに親しく会話をすることもなかったのだ。


 きっかけはどうあれ、二度目でようやく彼と姉弟(きょうだい)になれたようで嬉しい。

 ほくほくとしたアスタリテは、するりと彼の手を離して階段側に出た。


(よし。あとは二階ね)


 すると、遅れてついて来たエアリエルが立ち止まった。数歩先で階段に足をかけるアスタリテを見あげ、ふわりと目元を和らげている。


「……」

「どうしたの?」

「あ、いいえ。ディアブロ伯爵家の魔力の色は『銀』なんだなぁと」

「魔力の色? どういうこと」


 不思議そうに首を傾げるアスタリテに、自身もその色を髪にいただく弟が告げる。

 足元を見て、それからまた姉を見て。


「さっきの錠前は材質だけでなく、内側から銀色に光っていました。姉上も」

「!? わ、私?」

「はい」


 靴音のない、猫のような足運びでエアリエルが段を上がる。側に並び立つ。

 まじまじとアスタリテを見つめたエアリエルは、確信を込めて頷いた。


「お気づきではないんでしょうか。姉上は、厳密には月のような『銀』です。新月みたいな『黒』もあるし、たまに、満月みたいな『金』もこぼれるんですよ」



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