4.魔法で一戦、駆け引きで一線
「魔法で負かす……? いや、どうしてそんなことに」
その場の全員が困惑の極みとなるなか、ファビアン王子が尋ねた。
冷や汗をかいて口を閉ざすアスタリテと異なり、シュラトはさらりと当時を振り返る。
曰く、この目で見ても信じられなかったと。
(〜〜ですよねぇ!!)
進退窮まったアスタリテは顔を覆い、絶望的な面持ちで俯いた。
シュラトは腕を組み、顎先に指を添えて珍しく真面目に言葉を選ぶ。
「あのとき、彼女は僕たちと一緒に退室しようとしました。でも、アロー先生に『ディアブロは残りなさい』と言われて」
「個別で?」
「ええ。僕たちは先に帰れと言われたので、仕方なく廊下で待つことにしました。少しだけ扉をひらいてね。いくら教師と生徒といえど、密室に異性がふたりっきりなんてマナーに反しますから」
「とても良心的で正しい判断ね。それで?」
深く頷いたビアンカが先を促す。
説明の続きはカルマが担った。
「話し声はしたけど、内容までは聞き取れなかった。そのうち激しい物音がして、急いで中に入ったら、アロー先生が倒れたところで」
「倒れ……っ!?」
「あ、尻もち程度。目立ったケガはなかったよ」
「驚いた。意外に冷静なんだな」
「どうもありがとう」
二年のライドールは感心し、思わず口を挟んだ。
カルマは軽く肩をすくめる。
「状況から察するに、魔力衝突の余波だと思う。先生は負けたから煽りを食ったんだ。部屋は風が吹き荒れたみたいにめちゃくちゃで、怯えるアスタリテ嬢があんまり気の毒だったから連れ出した。ちょうど事務員も駆けつけてくれたし」
「そのとき、アロー先生は『実験に失敗した』と言っていました。明らかに嘘ですし、きっと、後ろ暗いことでもあったんでしょう」
「なるほど」
相槌を打つファビアンと同調するかのように、すでに騎士の風格を漂わせるハディートは労りを込めてアスタリテを見つめる。
「入学早々、大変な目に遭ったな」
「いえ……その」
顔を赤くして口ごもる令嬢に、一同はありとあらゆる想像を働かせた。
なお、ほぼ合致したそれら見解のなかで、当人だけは真逆の想定をしている。
その後も話題を変えて、歓迎の茶会は半時ほど続いたが――
散開時。
ファビアンは内々で教師アローの身辺調査を約束し、ビアンカはアスタリテを自身の私的な茶会に招くと宣言した。
ひたすら恐縮がるアスタリテには、全員から庇護対象に向けるような視線が注がれていた。
生徒会室から馬車の乗降場所までは、カルマが送ってくれた。シュラトはもうしばらく王子たちと話をするという。
学園ではいつも一緒のふたりが別行動をとるのは意外だったが、アスタリテは淑やかに礼をした。
「ありがとうございました。カルマ様」
「いえいえ」
カルマはディアブロ家の馬車に乗り込むアスタリテを呼び止め、そっと耳打ちした。
「シュラトはともかく、僕はけっこう本気だよ。考えておいてね」
「!? ひえ? なっ、何を」
片耳を押さえ、いっきに車内に飛び退る令嬢に、カルマはにこにこと手を振る。
また休日明けに、と見送られた。
***
(わからないわ……アロー先生のことも、カルマ様のことも!?)
身に覚えのない前者とのやりとりも、今しがた行われたばかりの後者の言動も、アスタリテには到底理解不可能。馬車の中で悶々と過ごす。
帰邸後、寝台に飛び込んだアスタリテは、制服が皺になるからお止しくださいと乳母のターニャに嗜められ、渋々と従った。
いっそ、夕刻まで布団を被っていたかったのに。希望とは裏腹、きちんと日常使いのデイドレスに着替えさせられる。レディはつらい。
結局、課題を片付けるからとターニャを説得し、メイドたちにも退出してもらった。
部屋の中央に立ったアスタリテは姿勢を正し、覚悟を決めて肉声で呼びかける。
「ベーゼリッテ。いるんでしょう? 応えて」
――何? 明けの星。
(あら?)
アスタリテは、こっそり訝しんだ。
内なる声は気だるげで、まるで寝入りそうに聞こえたからだ。
心の動きは直接伝わったようで、姿の見えない魔女が苦笑する。
――お人好しさんのおばかさん。わたしだって万能ではないのよ。新しい体に馴染むには時間がかかるし、巻き戻しの魔法はそれなりに疲れるわ。
「そ、そうなの」
思ったよりもベーゼリッテが人並み(人並み?)の魔女だったことに驚いた反面、新しい体扱いされたことに抗議すべきか、このまま質問すべきか、混乱したアスタリテはわずかな間言い淀んだ。
ふふん、と嗤ったベーゼリッテは、苦もなくアスタリテの意を汲む。
――コレルと言ったかしら。あの男のことを聞きたいの?
「! ええ、そう。何があったの?」
――べつに。さすがは【緑】のアロー家の血筋ね。茨の拘束魔法を仕掛けてきたから、跳ね返しただけよ。
「は?」
――おかしな子。茨に囚われたかった? あれは身体に棘は刺さらないけど、精神干渉力があるのよ。昔はわたしもよく使ったわ。拷問なんかにうってつけで……
「ストップ。生々しいからやめて。え、どうして先生が」
ぐるぐると思考がまとまらない頭を抱え、アスタリテは問うた。
ベーゼリッテは、けろりと答える。
――わたしの存在か、わたしの魔力に気づいたんでしょう。未熟だけど聡い子ね。使い魔として転生させてあげてもいいくらいには気に入ったわ。『わたしを従えるなど、未来永劫かなわないと知りなさい』と言ってやったの。フフ、見ものだった。
「!! そんな」
へなへなとしゃがみ込むアスタリテをあやすようにベーゼリッテは微笑む。
……艶然と微笑んだ気がした。
――そんなに気になるなら、今度からは意識を残してあげましょうか? いちいち聞かれるのは面倒だわ。おやすみ。
「え」
ぷつり。
繋がっていた線をむりやり断ち切るように途絶えた交信に、アスタリテは呆然とする。
「どうするのよ……明後日から」
答えのない問いは、当然ながら学園初年度の課題以上に難問だった。
カルマの遠回しな求婚をナチュラルに後回しにするアスタリテです。




