3.生徒会の顔合わせ
あれから数日。
アスタリテの心配をよそに、アローの態度は変わらなかった。
今朝もホームルームで名を呼ばれ、放課後は生徒会室に来るよう伝えられる。
場所は特別ホールのある奥棟の三階。ケープを授かった三名で行くように、と。
「わかりました、アロー先生」
返事をしつつ、アスタリテは胸をモヤモヤとさせた。
――ひょっとしたら杞憂かもしれない。
記憶がないだけで、何もなかったのかもしれない。
そうであれと願う。
だって、わざわざ『私は何かしましたか?』などと先生に聞けるはずもないのだから。
(ベーゼリッテのばか!)
アスタリテが悄気ながら怒っていると、左右から声をかけられた。セザール家の輝ける双子だ。
アスタリテの優れない様子も何のその、両隣からぐいぐいと声をかける。
「ひょっとして落ち込んでる? 面倒だものね、生徒会なんて」
「こう考えたらどう? 僕との時間が増える」
「……落ち込んでなんていません。カルマ様。シュラト様」
「「ふくれっ面も可愛いね」」
「煩いぞ、模範生! 時間だ。授業を始める」
「はーい」
「はい」
「……」
始業を知らせる鐘が鳴り、アローから叱られた双子はきちんと前を向いた。解放されたアスタリテは、ふうと息をつく。
シュラトとカルマはどちらも難のある性格をしているが、どちらも優秀。何ごとも余裕をもってこなしており、たしかに模範生である。
いっぽう、アスタリテは単なる成績優秀者。知識は巻き戻る以前のでものあり、要領じたいは良くない。
双子から『可愛い』と連呼されるものの、銀髪碧眼の取り合わせがちょっとばかり珍しいだけだ。
事実、他の生徒たちはアスタリテがセザール家の双子に絡まれるようになって以降、ちっとも声をかけてくれなくなった。
そのくせ『慎みがない』などと影口を叩かれているのだ。げんなりする。
(……こんなはずじゃなかったのになぁ……)
もし、過去に戻れるなら。
今度は絶対にベーゼリッテと契約なんかしない。
心に固く誓う。
黄昏る青い瞳を伏せ、教科書に視線を落とすアスタリテは――このとき、教壇のコレル・アローがじっと自分を見つめていることに気づかなかった。
代わりに挑戦的な笑みを浮かべた双子が、その視線を真っ向から受けていたことも。
***
学園の敷地は広い。アスタリテが暮らすディアブロ伯爵邸の、ゆうに五倍はある。
門から手前は式典用の大講堂。そこから左右に分かれて教室棟、旧館と呼ばれる教師棟が中庭を挟んで伸びる。そのさらに奥が社交ホールや貴賓室をそなえた奥棟。生徒会室は奥棟三階にあり、限られた生徒のみ使用可能なサロンを兼ねる。
すなわち、ケープを与えられた模範生や、外国からの高貴な留学生など。
現在は留学生がいないため、実質、生徒会役員となった模範生の専用階である。
ここには専属メイドと従者を実家から連れて来ても許されるほどだった。
「――そんなわけで、ようこそ生徒会へ。今年は三名か。いいね、きりきり働いてもらおう」
学舎とは思えない豪奢な内装のサロンで、深紅のビロードのソファーに生徒会長らしき上級生が腰かけている。
その横柄さを、すかさず隣に座る女性が嗜めた。
「殿下。いきなり何を仰るの。可愛らしいかたがお困りだわ」
「それは失礼レディ、ええと……アスタリテ・ディアブロ伯爵令嬢?」
「は、はい」
アスタリテはどもり、数日来の悩みごとが吹き飛ぶほど驚いた。
この年の生徒会長はレーゼ王国第二王子ファビアン殿下。
隣で彼をいさめたのは副生徒会長にして殿下の婚約者、ポーレット侯爵令嬢ビアンカ。
かつては遠巻きに眺めていたことを思い出す。接点はなかったはずだ。
――まさかそんな雲の上のかたから、名を呼ばれるとは。
恐縮したアスタリテは、深いカーテシーで口上を述べた。
「王国の若き星、ファビアン第二王子殿下とご婚約者のビアンカ嬢へ、ディアブロ伯が娘、アスタリテがご挨拶申し上げます」
「おお、すごい! きちんとして偉いね」
「〜〜もう、殿下ったら! ごめんなさいね、アスタリテ嬢。シュラトたちもごきげんよう。どうぞ、そちらにかけて」
「ごきげんよう、従兄弟の婚約者の君」
「今日もうるわしいね」
「ありがとう」
溜め息をついた美女は、肩にかかるつややかな栗色の髪を颯爽と払った。テーブルの上のベルをとり、ちりりと鳴らす。
すると、それを合図に使用人たちの給仕が始まった。まるで昼下がりのお茶会だ。
あれよあれよという間に紅茶や焼きたての菓子が運び込まれ、アスタリテは目を白黒させる。
その間にほかの執行部――おそらくは二年生の生徒たちも名乗った。彼らは正面のソファーの後方に控えている。
「初めまして。ハディート・ギュナスだ」
「いらっしゃい。ライドール・パーンです」
「……ハディート様、ライドール様。初めまして」
呟き、アスタリテはおぼろげな記憶を総動員した。
たしか――上背があって俊敏そうな体躯。短髪のハディートはギュナス将軍子息。
眼鏡をかけて理知的な印象のライドールは財務大臣のパーン伯爵子息。
全員が国の中枢をなす親を持つ。そうそうたる顔ぶれだ。
なお、シュラトとカルマは涼しい顔で会釈した。とっくに顔見知りということだろう――……
その証拠に、最初は居丈高だったファビアンはあっさり態度を和らげた。
曰く、セザール家の従兄弟たちに悪ふざけをしたかったのだという。
アスタリテは、とんだとばっちりだった。
とはいえ今回は顔見せだけであり、いきなり仕事を任されることはないと聞いて胸を撫で下ろす。
ビアンカは、初々しいアスタリテににこりと笑んだ。
「来月、前期のテストがあるでしょう? そのあとに剣術と魔法の大会があるの。三人に手伝ってもらうのはそこから。ひとまず学園に慣れてね」
「はい」
アスタリテが女神のようなビアンカにうっとりすると、左側のカルマがやれやれと首を横に振った。
「妬けるな、我が姫が女性に夢中だ」
「仕方ない。ビアンカは魅力的だもの」
「……殿下」
こほん、と咳払いをしたビアンカは、ちらりとカルマを睨んだ。次いでシュラトも。
「カルマ、シュラト。貴方がた、アスタリテ嬢に構いすぎではないかしら? わたくしのクラスにまで噂が及んでいてよ。お可哀想に。未来ある方に公爵家の双子が付きまとうなんて酷だわ。ほどほどになさいな」
「!?」
「お言葉ですが、未来の王子妃殿下」
今度は右側のシュラトが慇懃に申し出た。
「こうでもしないと心配です。何しろ、彼女は入学式の翌日、こともあろうにあの、アロー先生を負かしたんですよ」
「魔法でね」
「っ……!?!?!?」
アスタリテは言葉を失う。
双子以外の全員も、頭の上に巨大な疑問符を掲げたようだった。




