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鏡の檻のアスタリテ  作者: 汐の音


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11/11

11.魔女どのへ


「精が出ますね、ディアブロさん。ご苦労様です」

「ありがとう存じます」


 ――数日後。

 ライドールに連れられてからというもの、すっかり図書館通いが習慣となったアスタリテに、受付の司書の女性がにこやかに話しかける。

 女性は、アスタリテが返却を申し出た本の状態を確認し、手元の貸し出し表に照合してチェックを入れた。


「ここ数年分の大会記録ですね。お預かりします」

「あの、司書様のお手を煩わせることはありませんわ。今日も同じ記録を遡って調べますし。よろしければ、元通りにしておきます」

「まあ! ……じゃあ、お願いしようかしら」


 司書は、カウンターの脇に積まれた要補修本の山をちらりと眺めてから銀髪の女生徒に小声で応じた。


「ふふ。お任せください」


 模範生の証し(ケープ)をまとった一年生の令嬢は、にっこりと請け負った。



***



 宣言通り、アスタリテは資料をてきぱきと本棚に戻す。

 返却本はカウンターに出すだけでいいのだが、なまじ学生生活を卒業年次まで過ごした記憶があるため、司書たちが忙しいことは知っている。――というより、()()()()()

 図書館の業務態勢は、『知の宝庫』ともいえる膨大な蔵書数のわりに慢性的に人手不足なのだ。


「ええと、次はこれね」


 アスタリテは呟き、指で目当ての資料の上辺角を引っ掛けた。

 戻した資料の左隣が現存する大会運営記録の第一巻。これが最古となる。

 今年の書類はとっくに整え、学園長の裁可済みではあるが、ライドールからは「時間があれば過去の記録も見たら面白いよ」と言われた。


 じっさい、興味が湧く内容は多かった。一度目の学生生活では教科に関する本しか借りなかったからかもしれない。


 ――なにしろ、剣術大会では優勝者による公開告白が流行った時代があり、それにより意中の令嬢と婚約がまとまる事例が相次いだ。

 告白の言い回しは『勝利を捧げる』など。ロマンチックだし、まるで騎士道物語だ。


 わくわくとしつつ、古い資料の状態に気を遣いながら、アスタリテは最寄りの閲覧席へと向かった。





「ああ、面白かった!」



 二時間後。図書館の窓に差し入る光がオレンジになるころ、アスタリテは最古の大会記録を読破した。

 この時間帯になれば、試験期間でもなければ利用者はほぼいない。それを熟知したうえでの独り言だったのだが。


「……ディアブロ? 熱心だな。こんな遅くまで」

「――せ、先生!?」


 ふと、背後から声をかけられた。

 振り向いて思わずのけぞると、長時間同じ姿勢をとっていた体があっけなくバランスを崩す。


「きゃ」

「! 危ない」


 あわや、椅子から転げ落ちそうになったアスタリテはすばやく教師に支えられた。

 それこそ辞書より重いものは持ったことがなさそうな役職の手が意外に大きく、しっかりと自身の肩を掴んでいることに動転する。教師は、まさかのコレル・アローだった。


「あ、ありがとうございます」

「いや。突然話しかけた私も…………また、ずいぶんと古い記録だな。生徒会の仕事か? そのわりには夢中だったようだが」

「!?!? ご覧になっていたんですか!?」

「私も少し前から来ていた。高架から見えていたし」

「〜〜……っ」


 アスタリテは悶絶した。

 アローがいう『高架』とは、高架図書の意味。学園図書館は吹き抜けの壁一面が本棚である以上、上段は梯子でも危険なため、専用のタラップ車がある。椅子も備え付けられたそれで高い位置に納められた専門書を読んでいるうちに、残った生徒は自分だけになった――と、いうことだろう。

 現状、相手が素のベーゼリッテの接触者であるうえ、接触後はずっとセザール家の双子が一緒だった。

 それで、恥ずかしさやら気まずさがないまぜになってしまう。


 赤くなり、急いで体勢を直して立ち上がったアスタリテは礼をした。


「失礼しました。あの、帰りま――」

「もう遅いから門まで送ろう。本を返して来なさい」

「……はい」


 有無を言わせぬ紳士かつ教師らしい申し出には逆らう余地がない。

 アスタリテは、とぼとぼと指示に従った。



***



 通路を渡るのはふたりきり。すれ違う人影もなく日はどんどん落ちてくる。中庭に落ちる校舎のシルエットが青い闇に転じていくなか、話題は自然と大会のこととなった。


「なんだ。ディアブロは予選に出ないのか。てっきり出るものかと」

「!? 当たり前です。魔法実践学だって、まだ一度しか受けていません。一年生ですよ?」

「たしかに、慣例では二学年からだな」


 こくりと頷くアローは、教師棟や教室で見るよりも柔らかく、くだけた雰囲気をしている。

 そのことに戸惑いつつ、アスタリテは唇を尖らせた。


 そも、『二度目はできることをしよう』と決めたのは事実だが、そこまで目立つつもりはない。

 大会出場者は基本的に自薦である。とくに剣術は、総当たりトーナメントなどを組んだ暁には生徒会が忙殺される。皆が楽しみにしている夏季休暇だってなくなるだろう。

 ――在籍者数が少なかった創立当初は、そういうこともあったらしいが。




 やがて学舎の入り口にあたる講堂に近づき、建物の手前でディアブロ家の馬車の御者がそわそわと待つのが見えた。

 アスタリテは、ホッとしてアローに一礼する。


「送っていただき、ありがとうございました」

「ああ。待て、これを」

「はい?」


 コレル・アローは逡巡ののち、懐から小箱を取り出した。

 ぱち、と青い瞳を瞬くアスタリテをじっと見つめ、何かを探るように切れ長の暗緑色の目を細める。


「魔女どのによろしく」

「!!」


 いまいち感情を伺わせない、思いもかけないひと言に、アスタリテは言葉を失った。







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