75.エピローグ3
もう魔物が地上を自由に徘徊するようになってから
随分と時が経っていた。
一部の魔物はニンゲンとうまく共存し、
一部の魔物は地上に別の争いを齎し、
一部の魔物はその接触を避けた。
その新しい秩序は世界を一変させた。
それが世界の当たり前になる頃には人との交配が進んだ
一部の魔物たちや人に友好的な魔物たちは当然のように
人の街で暮らす様になっていた。
後にククルカンと総称され、その産まれながらに持つ
あまりにも強大な魔力から【魔王の子】として畏怖される存在となる
翼を持つ蛇の魔物はダンジョンの外で見かけることは少なかった。
一匹のククルカンが飽きもせずにじっとアリの巣を見つめていた。
こんなに取るに足らない程にちっぽけな存在なのに
自らの数倍もある獲物をせっせと運ぶ姿に
夢中になっていると遠く後ろから声が聞こえてきた。
「クク~、そろそろ散歩に行こ―――っ!!」
ククと呼ばれたククルカンにとって自らを呼ぶ、
ニンゲンの子は今の飼い主にあたる存在だった。
ククルカンはあまりニンゲンと積極的に関わりを持つ
種族では無く、ましてやその気高さ故に飼いならすことなどは
できないはずだった。
卵から孵った時、自らをこの世界に認識した時に目の前に在った
巨大な両親と、その側にいたニンゲンを認識した。
そのククと呼ばれた個体は刷り込み効果もあったのか
ニンゲンにもよく懐き、両親が地上でずっと一か所にいては
目立つからと旅立つ時に
『私たちの代わりにこの子たちを守ってあげてね』
お願いされたその言葉を人の何世代に渡って守り続け
当たり前にそのニンゲンの一族と共に時を重ね続けていた。
『さんぽ・・・』
機嫌よさそうにククは呟くと遠く聞こえる
声の主の元に向かった。
ククにとって散歩とはダンジョン探索だ。
魔物が地上で当たり前に暮らす様になってからも
その命の礎たる魔素を吸収しに定期的にダンジョンに
潜る必要があった。
地上で産まれたククにとってはむしろダンジョン内は
興味がそそられることばかりでその探索は
穏やかな日々を過ごす中で大きな楽しみの一つだった。
どうも飼い主一族は魔素にてきめんに弱い体質らしく
その為か身体が異常に周囲の魔素を吸収し蓄積してしまう。
本来なら魔獣化してしまいダンジョンに入ることなど
できるはずも無いことだったが代々一族に受け継がれてきたという
不思議な宝石がその身体を魔素から守り抜いた。
何代か前に急に一族を訪れた生者に友好的なアンデッドという
珍種すぎる魔物たちから
「おおっ!!随分と久しぶりじゃの~!!」
「産まれながらに未だ主人を守り続けるとはまさに騎士の鏡よ!」
「ふふっ、ちょっとだけ大きくなりましたね」
ククの優れた感知能力によって感じ取られた
魔力を抑えた状態でもその底が知れぬほどに内包する
そのアンデッド達の強大な魔力に
主人に仇なすものか!?と警戒心を露わにしていたククは
そのかけられた言葉にもうずっと遠い日に両親と仲の良かった
そのアンデッドたちのことを思い出した。
グルグルととぐろを巻くようにしてアンデッド達の周囲を
飛びまわって再会を喜ぶククの姿に何かを懐かしむ様に
アンデッド達は笑みを深くした。
そろそろリッチ式魔素バッテリーの魔素が溢れる頃かと
訪れたらしいアンデッド達からそれがいっぱいになる前に
その宝石から魔素を吸っておいておくれとお願いされた。
その熟成された魔素はとても味が良く、それを楽しむのも
百十数年に一度のククの楽しみのはずだった。
主と他愛も無い話をしながら共にダンジョンを目指すと
その入り口が近いことを表す様に周囲に青い花たちがまばらに
生え始めた。
地上をダンジョンの呪いから守る女神の聖花として
大事にされながらも、魔獣の呪いを癒す薬草として
摘まれてしまうその花々は基本的にダンジョンの
入り口に生えるものだった。
ニンゲンの子はいつもの様にその花に跪くと熱心に祈りを
捧げ始めた。
それはこの世界を守る女神への祈りであり
魔花への感謝の言葉であった。
ククもこの青い花は大好きだった。
傍を通るとほんの少しだけ身体の魔素を抜き取られてしまうが
それは大した問題でもなく、むしろその風に揺れるその
青の美しさはずっと眺めていたくなるほどに深かった。
当代の主はやんちゃで散歩と称してダンジョンの奥深くに
何日もかけて潜るのが大好きだった。
散歩が終わって帰るたびに両親からこっぴどく怒られて
涙ぐみながら反省するのに、それでもまたダンジョンの
奥深くを目指してククと共にダンジョンを散歩するのだ。
この新しい主は自分自身の身体を媒介として宝石に溜まる
魔素を利用して魔力を行使することが出来た。
その力は地上の魔物やこの世界で伝説の英雄たる
【女神の少年】が託された青い花が地上に戻ることで
魔素の吸収限界が跳ね上がったこの世界の中でも特に異質だった。
伝説の【女神の少年】はこの王都の暗く深いダンジョンで下層に
届くほどの力を振るったという。
小さくて弱くてアリみたいにちっぽけな存在だから自分が
守ってあげなきゃとククはずっとそのニンゲンの一族を
自らの使命であると守護し続けていたが、
この代を重ねて生まれた主人、もはや自分と肩を並べて
相棒とも呼べる存在となった主と共に
今度こそ伝説の英雄ですら届かなかった最下層を目指すぞと
ダンジョンに足を踏み入れた。
あと2,3話で終わる予定ですが
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