63.ゴール
シンプルなものには人の好き嫌いは関係なく、
むしろその余計な装飾を剥ぎ取った様にこそ人はその
美しさと洗練された美学を感じるものなのかもしれない。
せっかく創造した凝った外観をことごとく削ぎ落されて
リッチは少し不満だったが、こうやって完成した住居を
改めて眺めてみるとこの簡素な見た目も決して
悪くないのかもしれない。
周囲を彩る青に負けない様にと派手な住居を造ったが
主張し合うよりもいっそ片方を引き立たせることが
逆に、こうも双方の美しさを際立たせるものなのか・・・
成る程、これは勉強になった。
完成した皆の拠点となるだろう群れの巣に皆は目を輝かせた。
日も暮れて巨大なテラスに全員で集まりながら
これからの計画を話し合った。
こんな喜ばしい日に気が進まないことではあるが
喜んでばかりも要られない。
状況は刻一刻とあまり芳しくない方向に進んでいる。
少年と魔王の対峙は全力で避けなければならない。
もちろんそれに全力を注ぐつもりではあるが
こうなってしまっては対峙してしまった場合のプランBも
用意する必要があるだろう。
いっそのこと少年と合流してしまって魔王役らしい
飛竜と黒蛇をやらせ討伐しても良いんじゃないか?
よし、リハーサル・・・・
『ぎぃぃやぁぁあああっっ!!!』
『ぐあ~!!!やられた~!!!』
うん、無理だなこれ・・・
演技が始まった瞬間に皆にそう思われていたとは知らず、
そのあまりにも酷すぎる寸劇を最後まで披露して
最終的にばたりと大げさに倒れこんだ魔王ペアが
どうよ!?とこちらを見た。
即、没案となった。
魔王ペアは少し不服そうではあったが、皆がそれ以上に
遺憾に思っていたのはお前たちのその演技力だ。
が、発想は別に悪くないんじゃないだろうか?
やはりプランAで行くべきか?
別に少年では無くて、犬が王都の人々の目の前で
魔王を倒した風を装えばどうだろう?
対峙する必要も無ければ少年もこちらには来ないだろう。
遠巻きに女神の眷属が魔王を討伐する様を見せれば
演技力などは要求されないだろう。
魔王の強大な力が人々に被害を齎さない様に
女神はその身を犠牲にした。
その眷属たる獣がその仇討のために魔王を倒すのも
ストーリーとしては有りなんじゃないだろうか?
それでめでたしめでたしならそれに越したことは無い。
「わんわんっ」
どうやら難しい話が始まってしまって、
よくわからない犬は暇を持て余していたが
そんな中で皆が自分を見つめるので嬉しくなったのか
吠えながら全員の・・・
討伐するはずの魔王の顔すら舐めて親愛の情を示す犬の姿に
この案にも無理しかないことは直ぐに理解できた。
あまりにも長い時間話し合っていたからか兄妹は
いつの間にか犬に抱きついて寝息を立て始めていた。
犬も一緒になって寝息を立てていた。
その様を温かく見守る様に目配せした歌はその視界に
捉えたものに思わず感嘆の声を上げた。
ん?
そろそろ議論に集中力も切れ始めていた皆は一斉にその視線を追った。
そこには月明りに照らされた庭園があった。
月明りに照らされた魔花は太陽の下とはまた違った幻想的な
姿を見せ、その青の深さに思わず視線を奪われた。
しばらく議論は止まり、誰も言葉を発することなく
その情景に魅入った。
うん、この皆の巣となるこの拠点は本当に素晴らしい。
確かにこの巣の外観は簡素なものではあるが
ただそこからの景色だけで、こうも魅了してくるものなのか・・・
「そうじゃ!!」
リッチが弾かれるように言った。
「片方を引き立たせれば良いのじゃ!!」
対峙してしまえばいっそ少年の引き立て役に
全員で回ってみせるのだ。
少年はその正義の心によって魔王を説得し、
そしてその強大な力を見せつけることで、
その悪しき心を改心させた。
それから魔王は悪さをしなくなったという・・・
戦わずして魔王すらを収める少年ってやっぱりすごい!!
ってのはどうだろう?
『いや?』
『別に我はニンゲンに悪さなどした覚えは無いが・・・?』
そこは一旦置いとけと思ったが、意外といけるんじゃないだろうか?
魔王ペアの演技は酷いものだが別にただ言葉を交わすだけなら
何とか・・・それにあの少年のことだ。
戦いを避けられるのであればきっとそうしてくれるだろう。
別に飛竜と黒蛇からしたらニンゲンに意外と大したことなかったって
言われたところで別に構うものでもない。
友たる犬と猫の主人と戦うくらいならむしろ望むところと言えた。
それで少年の株が上がればそれで良いんじゃ・・・
・・・その後は?
猫はそして重要なことに気が付いた。
この旅のゴールは一体どこにあると言うのだろう?




