59.ガーデニング
「こりゃあ・・・」
その壮大な景観を前にリッチからは次の言葉は出てこなかった。
ゾンビの少女も言葉を発することなく、ただその情景に
目を奪われ続けた。
犬は見たことも無い景色に大喜びし、立ち尽くす二人を
置いて花園の中をはしゃぎまわっていた。
幾らかの日数がたって一行は兄妹の故郷に辿り着いた。
日課の様に皆で山頂の裂け目付近で地上のお散歩をしていたが
そこは森林限界線を越えていた。
植物の存在も乏しく岩肌が広がるのみであった。
冷静になってみれば地上の遠出などはしたことなかった二人は
その道中にある森やそこにある木々、ただの平原にも興味深いもの
ばかりで結果的にのんびりとした旅路となった。
「あやつも見せてやりたいのう」
騎士のことを言っているのだろう。
少女も今回は留守番となった友のことを思った。
「皆でピクニックに行くのも良いですね」
考えてみれば自分たちは産まれたダンジョンのことしか知らない。
知見を深める意味でも遠くに行くのも悪くない。
「そうじゃな・・・」
「落ち着いたら三人でピクニックに行くとしようかの」
恐らく本人も気づいていないだろうがゾンビの少女は
今まで実験以外の提案などはしたことが無かった。
少女の中でも幾つもの出会いを得て自我が成長し始めて
いるのだろう。
思えば犬が来訪してからずっと一緒にいたのに
知らなかった一面を騎士も見せ始めている。
どうやら意外と動物好きだったようだ。
死人とて存在しているだけで成長はしていくものらしい。
これからはそんな二人の成長を見るのも楽しみに
なってゆくだろう。
主人の同意に頬を緩ませつつゾンビの少女は
同じく嬉しそうな顔で遊び疲れて少女に身を寄せて
眠くなっている犬の頭を優しく撫でた。
兄妹の故郷は聞いていた通りの惨状だった。
打ち捨てられていた遺体を残らず村の外れに
丁寧に埋葬すると一行はその裏山に向かった。
そこにあった泉と魔花が織りなす群青の景色は
空の青さと合わさって本当に美しく、見る者を
立ち尽くさせるには十分だった。
花園をいよいよ散策してみるとその夢のような景色に
思わず感嘆の息が漏れてしまう。
この魔花に対する興味を差し置いてもこの情景は
保全するべきものであろう。
存外に広く群生するこの魔花の全てを転移させることは
わかっていたことだが難しい。
地上で魔力を使うことにはもう慣れたものだが
魔素の補充が地上ではできない。
【リッチ式魔素バッテリー】も満タンにしたものを
数個持ってきてはいるがそれでもこの全てを転移させるには
魔力が足りなかった。
ふ~む・・・
どうしたものかの・・・
思案に暮れながら散策を続けていると魔花たちが
自分の魔力を極わずかながら吸い取っているのが解った。
それはリッチから言わせれば本当にごくごく僅かな量で
気にも留めない程度のものだった。
魔花という存在にとって魔素は無くてはならないものだ。
ここはそれが本当に乏しく、本来であれば生きていくことが出来ない。
滅んだ村の者たちの援助が無ければとうに滅んでいただろうが
その援助によってここまで生息域を広げることが出来たのだった。
尤もその村人たちもそれによって恩恵を受けていた言わば
共生関係ではあったのだが。
リッチは魔素の扱いの専門家であり特に自らの
干渉を受けた魔素の扱いに関しては特に得手であった。
これだ!!
リッチは自らの魔力を霧状に立ち込めさせると
急に湧いたその魔素を魔花たちは一生懸命に自らの
身体に取り込んだ。それはその身体を通じて根にも
行きわたるとそれを介して大地にも浸透し始めた。
持ってきていたバッテリーを利用し、その濃霧が
維持できるように細工していると、ふと自分たちが
去った後にこの霧を不審に思うものが近づいてくる
可能性にも思い当たり山の中腹でも使用している
人の目を惑わす魔法を付与した。
「リッチ様?」
主人の不可解な行為に疑問の声をかける少女に
リッチはこれからの計画を説明した。
「さて、帰るとするかの」
「ともすれば、受け入れ側の準備の方が済んでおらぬ」
「それではせっかくですし、この泉も山頂に
再現してみませんか?」
「この本当に美しいこの景色が失われるのは」
「本当に惜しいと思ってしまいます」
主人の計画に目を輝かせた少女は新たな提案を
してみせた。どうやら本当に成長し始めたらしい。
そんな欲求は今まで僅かにでも無かったであろうに。
「それは良い考えじゃ」
無意識に無い頬を緩ますリッチはゴロゴロと花の絨毯を
楽しむ犬を呼び、少女とその背に乗った。
また数日かけて山頂に戻るとリッチは山頂の岩肌を
開墾した。地の魔法を使えばそれは一瞬のことだった。
少女から受けたリクエスト通りに泉のひな型も作り始めた。
もっとここに岬をこうとか言う細かい注文も孫娘から
可愛い駄々を受けるおじいちゃんの様に笑って答えた。
水魔法でそれを満たせば泉の出来上がりだ。
山頂には木は生育できなかったのでちょっと額縁が
味気ないが十分形にはなっただろう。
リッチは遠く離れた自らの魔力を操作し始めた。
濃霧に満たさていたその大地はその上で生育する魔花ごと
盛り上がるように浮き始めるとリッチの魔力のためか
もしかしたらその趣味故だったのかも知れないが頭骨の紋を
散りばめた羽を持つ巨大な蝶を形作った。
特にリッチは黒蛇の様に感知能力に優れていた訳では無かったし
地上で魔力を使える様になったとは言え、もはや感知できない程の
遠方にその魔力を行使することはできなかったのだが
開発した【リッチ式魔素バッテリー】はそれを可能とした。
加えて言えばそれは自らの干渉を受けた魔力だ。
操作することは容易い。
髑髏の紋を持つ蝶は山頂めがけて羽ばたき出した。
その距離もあって高度は高いものでは無かったが
ようやく山頂に到着した蝶を分解して開墾した山頂に広げてみれば・・・
魔花の花園の出来上がりだった。
「ワシにできぬことなどないわ」
その出来に満足そうにリッチは呟いた。




