54.鉢合せ
・・・ん?
リッチの研究室に映し出されたローブの視界では
王都買い出し組がそう時間も経っていないだろうに
早くも戻ってきていて、早く迎えに来てとジェスチャーしていた。
歌は大量の買い出し品を軽々と担いでいて、既にその姿が
ニンゲンの常識の欠如を物語っているものではあるのだが
そんなことは解らないアンデッド達はその姿より
あまりにも早い帰還を訝しんだ。
いや、流石にこんなに早く【リッチ式魔素バッテリー】の
改良は終わらないぞ?
それに、ついでに兄妹たちと王都観光でもしてくるはずだったのでは
なかったか?
ひょっとして何か問題でもあったのだろうか?
リッチは転移の魔法で皆を迎えに行った。
研究室に戻ると開口一番に
『ちょっとマズいことになったよ・・・』
猫から状況を聞かされた。
買い出し自体には何の問題も無かったらしい。
ただ王都は以前訪れた時とは違う空気を纏っていた。
そんな中でもローブはその存在をぼかす様に軽めに隠蔽した
その魔力は歌を我が子に買い物の経験をさせる姿を遠くから
見守る親の様に映すことが出来ていたらしい。
やはり歌の美貌もあってか多少の注目は浴びてしまった
らしいが問題は起きなかった。
「もっと練習して力の加減に慣れれば、犬殿の姿だって
隠すことが出来ると思います」
少し注目を浴びてしまったことで加減に失敗したかなと
へこむローブを慰める猫と歌の言葉に前向きになったローブの
その言葉は心強いものだった。
実は地上で魔力を自由自在に使える様になったローブの
隠蔽の力は完璧なものであった。ただ、その日用品を買い出す量が
常識外れで、そして大量となったことで重量がとんでもない事に
なっているはずの荷物を事も無げにひょいと担いで見せた
その姿の方が注目されていたことに買い出し組が気付くことは無かった。
『う~む・・・?』
『そんなこと言われてもねぇ・・・?』
魔王?なんだそれ??
皆のためにと張り切ってダンジョン内で狩りをして
戻ってきた飛竜と黒蛇は自分たちが【魔王】として
王都を恐怖のどん底に叩き落としていることを知った。
はるか上空を飛んできたつもりだったが、その姿は
その纏う魔力の量で存在感に溢れており、深夜と言うのに
王都中の注目を浴びてしまっていたのだ。
いつぞや【魔王】という存在を産み出してしまっていた
猫は王都に着いた時からその優れた聴覚で
「魔王が姿を現した!」
「これからどうなってしまうのだろう?」
という王都中の人々の不安気な声が聞こえていた。
ほ~う?ホントにいたのか・・・と最初はあまり気にも留めていなかったが、
その魔王とやらは昨日の夜に王都の頭上をまるで獲物を
品定めするかの様に飛翔し北の山頂の方へ消えたらしい。
その姿はまるで【双頭の竜】あるいは【双頭の蛇】の恐ろしい姿であったとか・・・
心当たりがありすぎる!!
状況を理解した買い出し組は観光を中止して戻ってきたのだ。
猫の話では他にも王都で聞こえてくる声はと言えば
「そういえば最近、確かに北のダンジョンがおかしい。」
「出てくる魔物の数がいつもと違いすぎるし
それに中層の魔物が浅い階層に出たり・・・」
ダンジョンの入り口近くでとんでもない力を纏った
恐ろしい獣の姿を見たものがいるらしい。
機転を利かせて転移のスクロールでその獣を飛ばして事なきを
得たらしいが、この全ては魔王が齎した災いでは無かろうか?と
ただただ恐怖に満ちた声が聞こえて来た。
いやいや、それうちの子だし。
それで飛ばされた犬が下層で大暴れしただけだし、
そういえばマンティコアの傀儡を中層に送ったこともあったっけな・・・
こちらにも全員に心当たりが在るものだった。
魔王という存在は兄妹の耳にも当然届いていて
きっと自分たちの故郷を滅ぼした悪いやつらに違いないと
怯えきって自分たちのヒーローであるトカゲさんとヘビさんに
助けを求める様に縋り付いていた。
それでも猫の話からそのヒーローが魔王と呼ばれていたことに
ようやく気が付いて、それに新しく出会った大好きな皆を
馬鹿にされたような気がして今度は怒りだしていた。
そっちを全員で宥めつつも猫は言葉を続けた。
『で、何か【魔王討伐隊】がすぐに組まれたらしい』
『なんでも王都で選りすぐった部隊なんだとさ』
『昨日から山頂に向かってるって』
「ニンゲンは山頂の入り口を知りませんから・・・」
『山頂にその魔王がいるとでも思っているんでしょうね・・・』
山頂の裂け目がニンゲンたちにバレるのはあまりよろしくない。
確かに実際はこのダンジョンの入り口は無数にあるとはいえ、
あそこは巨体の飛竜にとっては出入りできる唯一の入り口だし
アンデッド達からしても初めて地上に出た思い入れのある場所だ。
裂け目を崩落でもさせられたら、まあ実際のところ別に何とかなるとは
思うが面倒であることに変わりはない。
面倒ごとになる前にその魔王討伐隊とやらを潰してやっても良い。
王都で選りすぐったところで、もはやその高は知れている。
それと対峙したとしても壊滅させるのには秒もかからないはず・・・
なのだが、とは言えここにいる全員が食う以外での殺しを
好むものでは無かった。
魔素を持たないニンゲンなど狩っても持て余すだけだ。
それに少年や自分たちのために怒ってくれるこの兄妹の様な
ニンゲンの友だちだって出来てしまったのだ。
「まあ、考えがあるわい」
「地上で魔力を使えるならば山を登れぬ様にするだけじゃ」
隠蔽の魔力で道を消してしまうか、濃霧に包み込むか・・・
どんな方法にせよ目くらましで進めなくすることは造作も無いことだ。
「ニンゲンの脚では山頂にたどり着くまで、あと数日かかるじゃろう」
「わんちゃんが帰ってきたら早速行動するかの」
その頃、山の中腹には獲物を咥えた犬と油断なくその包囲を縮め始める
魔王討伐隊が対峙する姿があった。




